第51話 最後の締めなんですが。

「じゃあね。達者で暮らすんだよ。

 ……そのうち、招集するかもしれないからそのつもりで」

 私の我儘を許してくれた朱鷺トキさんが、手を振りながら建物の中へと戻って行く。

 招集……ホントに遠慮なくされそうで後が怖いけど。身体、鍛えておかなくちゃ。

「たまには顔見せろよ」

 朱鷺トキさんの後を追い、ゲンさんが背中越しに手を振っていた。


 二人が建物の中に入ったのを見届けて視線を戻すと、ルリさんが私の事を穴のあくほどジッと見つめていた。

「……アカネさんは馬鹿なんですかー?」

「これまた直球の悪口だね」

 ルリさんの言葉に思わず苦笑い。もはやディスりですらない。

アカネさんは非日常的出来事がないと生きられないアドレナリンジャンキーになってますよー? 私の毒舌がないと物足りないとか思っちゃうドMに開眼しちゃってるんですよー? それでも──」

「今度さ、普通にご飯食べに行こうよ。エスニック好き? 美味しいのに手頃な値段のお店見つけたんだ」

 ルリさんのディスりを遮って、私は違う話題を振る。……支局に残るか否かの話題はもう終わった、そういう意味で。

「……そこ、パクチー追加とか出来ますー?」

 ルリさんは自分のつま先を見つめながら、ポツリとそう返事した。

「確認してみるよ。じゃあ、お店予約して今度連絡するね」

「仕方ないですねー。待ってますよー」

 視線をバッとあげ、彼女は私の顔を見ると、朗らかにニッコリ笑う。

 そして、クルリと背を向けて建物の中へと戻って行った。

 振り返らずに。


「じゃあ、僕ももう戻りますね……」

 残された織部オリベさんも、ルリさんの後を追って行こうとしたが

「待って」

 私はその袖を掴んで引き止める。

 身体をギクリと硬直させて、織部オリベさんは恐る恐る振り返った。

 私は無言で、斎場の裏までその腕を引っ張って歩く。

 ……というか、口を開くと『いて』とか『ぐぅ』とか痛みを堪えてる声が漏れてしまいそうだからだ。

「なっ……ななっ……なんですか?!」

 織部オリベさんが声を裏っ返して焦る。

 取り敢えず誰にも見られない場所までたどり着いた時に、私は真っ直ぐに織部オリベさんへと向き直った。

「渡すものがあるよ」

 そう伝えると、顔を真っ赤にして焦る織部オリベさん。……何を勘違いしているのだ。

 私は、両手を合わせて集中する。

 そして、離した手の間に赤い光を生み出した。

 蘇芳スオウさんの能力──童子切どうじぎりのコアだ。

「今までタイミング逃しちゃってたから。今渡すね」

 そう伝えて、彼の前に赤い光を差し出した。


 なのに、彼は受け取らない。

「これは……僕には──」

 そう言いかけて、ハッとした表情をする。

 そう、自分を卑下するのは良くない、見出してくれた蘇芳さんを貶めてしまう事になるから。私から伝えたその言葉を思い出したのだろう。

 光に触ろうとして、その手を引っ込め、やっぱりおずおずと手を伸ばし、またちょっと躊躇ちゅうちょして──を繰り返す。何の踊りだ。催眠術か。

 押し付けてしまう事も可能だったけれど、私は彼が自ら受け取るまで根気よく待った。


 どれぐらいの時間、織部オリベさんは逡巡しゅんじゅんしていたのだろう。

 意を決して、彼は赤い光にそっと触れた。

 その瞬間、光が彼の手の中へと吸い込まれていく。


 やっと──本来の持ち主のもとへと、戻ったのだ。


 これで、私の役割はおしまい。

 長かった……。


 私は、手に浮いてきた文様を複雑な顔でジッと見つめる彼にぐいっと顔を寄せた。

織部オリベさん。もう少し自信持ってね。貴方がもともと持ってる能力は素晴らしいものだし、私はその力にとても助けてもらった。織部オリベさんの能力がなかったら、童子切どうじぎりも取り戻せなかったんだし。

 胸張って! そうすりゃ、更にもっといい男になるんだしさ!」

 激励の為に、そう言って彼の腕をバシっと叩いた。……逆に私の腕に響いて、思わず息が止まるほど痛かった。


「だから……これからも、頑張ってね」

 そう告げて、私は一歩下がる。

 驚いた顔をしている織部オリベさんに、ふっと一度笑いかけて、私は彼に背を向けて歩き出した。

「あ……アカネさん!」

 私を呼び止める声。

 振り返って、呼び止めてきた織部オリベさんの顔を見た。

 口を開けたまま次の言葉が継げない彼は、ただ、大きく息を吸って──吐いて終わった。

「じゃあね」

 手を振って、私はまた歩き出した。

 もう、振り返らない。


「ヘタレ」

 私はこっそりと、そう呟いて笑った。

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