茶会で暴露はやめてください
王妃様のいるサロンへ行くと、そこにはちゃっかりエレノアもいた。
私以外の四人はエレノアと初対面で、「王太子様の婚約者がいる!」とこの事態に動揺が走る。
そんな大層な子じゃないわよ、と私は思うけれど、何も知らない人たちからすると怯えるのも仕方ない。
私は先頭に立ち、王妃様に挨拶をした。
「お久しぶりでございます」
「ふふふ、元気そうで何よりよ。フォルレット、新婚生活はどうかしら?マティアスは……会話とかするの?」
ん?
どういうことかな?マティアス様って普段全然しゃべらないの?
私が首を傾げていると、「お座りなさいな」と着席を促された。
私たちは席に着くと、甘いキャラメルの香りのする紅茶をいただく。
「これはね、エレノアが見つけてきた紅茶なの。こっちのパイも……この子ったら何にもできないけれど、おいしいものだけは知ってるのよねぇ」
意外に仲良くしているみたいで、少しホッとする。
さすがフードファイター、食べ物で王妃様の心をつかんだみたい。エレノアは私の方を見て、うるうると涙を浮かべている。
「お久しぶりですっ……お会いしたかったです!」
「まぁ、それは残念だわ。もう今年は会わずに済むと思っていたのに」
全然久しぶりでもないし。この間うちに来たじゃないか。
エレノアが我が家に来ると刺客もついてくるので、あの事件以降、マティアス様が「絶対に来るな」と言いつけてある。
うちの出禁リストに載っている唯一の名前が、王太子の婚約者という滑稽な状態が生まれていた。
王妃様は紅茶を優雅に飲み、私たちにスイーツを勧める。どれも一流の菓子職人が作ったもので、色とりどりのスイーツに私たちは心が躍った。
食べ始めてしばらくすると、マティアス様とイザルド様、それにもう一人の筋肉質な騎士がやってきた。この方はめがねっ娘のサシャ様の夫だ。筋肉ムキムキで野性味あふれる殿方で、マティアス様の部下にあたる。
ちなみにこの世界の価値観では、さすがにボディビルダーレベルのゴリマッチョはモテない。明るくていい人なんだけれど、お見合いでは連敗に継ぐ連敗で諦めていたところ、たまたま夜会で足をくじいたサシャ様をお姫様抱っこで颯爽と馬車まで運んでくれたことで結婚に至ったのだとか。
さすがはゲーム世界。そんなことがあるんだなぁ、と驚いた。
私としては陰のあるマティアス様一択なんだけれど、こういう陽気な人は一緒にいて楽しいだろうなとは思う。
「フォルレット、来るなら来ると教えてくれてもよかっただろう?」
こっそり見学する会を催していた私に、隣に座ったマティアス様が苦笑する。
教えちゃったら、席を設けられて安全なところから見学できるけれどちょっとそれは目的と違うんだよね。
「だって秘かに見たかったんです」
「今度はちゃんと教えてくれ」
「……」
私が返事をしないと、彼は呆れたように笑った。頬を指でむにっと押されてしまったけれど、私は絶対に頷かなかった。隠密見学でなければ見られないシーンがあるのだ。
「それよりマティアス様、お友達のレオリー様です」
夫大好き奥様ギルドのメンバーを紹介すると、マティアス様はめずらしく優しい笑みで挨拶を交わす。社交は苦手な人なのに、いつもみたいな殺気がなく、穏やかな顔をしている。
それには王妃様が一番驚いていた。
一体、普段どんな顔つきで働いているのだろう……。
「人間味がないのがマティアスなのに」とまで言われてしまい、さすがに彼も首を傾げていた。本人にはその自覚はないらしい。
それはそうと、私はお友達ができた喜びをマティアス様に伝える。
「今度、レオリー様のお茶会に招待されたんです!」
私に友達が……!ワガママ娘と悪評の高かったフォルレットに友達ができたのだ。クラハ以外に友達ができるなんて、画期的なことだと思う。
ちなみにエレノアは「エレノア」というジャンルであり、友達ではない。
「邸に招かれるとは、随分と親しくなったのだな」
「はい!とっても気が合うのです。お互いを高め合える存在と言いますか……」
ええ、あなた方のすばらしさを語り合っています。
私とレオリー様は、目を合わせて笑い合う。私たちは夫のすばらしいところを報告し合い、より素敵な観察スポットを教え合う、いわば戦友でもあるのだ。
「フォルレットの良さをわかってくれる友人ができて何よりだ」
あぁ、今日もマティアス様が優しい。感動で涙が出そう。
「全部マティアス様のおかげです。皆さんとは、夫が大好きだという共通点がありますから……」
「そうなのか。では、彼女たちも絵や彫刻、ドウジンシを」
「それは私だけ!」
あやうく暴露されそうになり、慌ててマティアス様の言葉を遮る。ここにはレオリー様たちだけでなく、王妃様や皆の夫もいるのだ。オタバレは厳禁!!
マティアス様は心が広すぎて、夫の絵や彫刻をつくる妻が気味悪がられるという概念がない。私にとってはありがたい話だけれど、ナチュラルに暴露しそうになるのはドキドキして心臓に悪い……。
「随分と仲が良いこと……マティアスが結婚すると聞いたときはどうなることかと思ったけれど、これなら大丈夫そうね」
王妃様が扇を広げ、満足そうに頷く。
「とても優しい、素敵な夫です。私には尊すぎて毎日幸せですわ」
幸せ自慢をするようだけれど、これはもう新婚だから許して欲しい。
マティアス様は私の言葉に困った顔をしていたけれど、本当のことしか言っていませんよ?
「今度はぜひ、マティアス様も我が家にいらしてください」
レオリー様は優しい笑顔でそう言ってくれた。
しかしマティアス様が答える前に、絶対にいらない人が先に返事をする。
「私もフォルレット様とお茶会したいです!絶対に参加します!」
「エレノア。あなた城から出ちゃダメだってレオナルド様に言われてるんでしょう?」
伯爵令嬢らしからぬアグレッシブさが、この状況ではとても憎い。歩くトラブルメーカーなんだから、じっとしておいてくれないか。
冷ややかな目線を送ると、エレノアはきょとんとして言った。
「フォルレット様がいるところなら行ってもいいと、レオナルド様からは聞いています」
「なんですって!?」
衝撃的な言葉に、私は耳を疑った。これじゃあ平和なおでかけができないではないか。
扇子を折る勢いで握っていると、マティアス様がそっと私の手に大きな手を添えた。
「そんなに力を込めると、手を痛める」
大丈夫です。込めた力はエレノアを殴って霧散させます。
そんなことが言えるわけもなく、私は黙って扇子を下ろした。
結局この日、私はレオナルド様宛の抗議文を王妃様にしっかりと手渡し、王城を後にするのだった。
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