男のいない百合世界
阿賀沢 隼尾
男のいない百合世界
「ねえ、いい加減に起きようよ。休日だからって寝すぎだよ。百合恵」
目を開けると、目の前には恋人のアリアがいた。
濡烏色の髪が彼女の小さな陶器の様な白い肌に垂れ下がる。
彼女の細身のについ見惚れてしまう。
「むう。今何時なの?」
「もう十時だよ。そろそろ起きないとだめだよ」
「え~。起きないとだめ?」
「だーめ。朝ごはんとか食べないといけないでしょ。それに、貴方は何も作らないじゃない。声を掛けるだけでいいんだから」
「もう。分かったわよ」
渋々承諾。
「lily。電気を点けて料理をして」
生活補助システムlilyに話しかける。
『かしこまりました。百合恵様』
私の声を認識したlilyの機械音が部屋中に響き渡る。
「ほら。そうやってまた面倒くさがって機械にやらせる」
――――嘆息。
「だって、料理苦手なんだもん。しょうがないじゃん」
「でも、少しはしないとだめだよ。AI技術が崩壊する時があるのかもしれないんだから。そうなったら、百合恵ちゃんの今の生活能力じゃだめだよ。つまりね、なんでも科学技術に頼っちゃいけないってことよ。なんでもかんでも頼っちゃ生活が腐敗していく。野生の力って程でも無いけれど、科学技術が発達していくにつれて、人間の『生きる力』は低下していく一方だとボクは思うんだよね」
「分かったわよ。すりゃいいんでしょ。すりゃ。でも、この完全AI化した社会でそんなアクシデント滅多に怒らないでしょ。それに、そういう時はまた緊急用のAIが対応してくれるし……」
「だから、そういうのがダメなんだって私は言っているんだけどな。料理は楽しいよ? 多少はめんどくさいこともあるのかもしれないけれど……」
話が面倒くさくなってきたので、会話の方向性をずらすことにした。
「そ、そんなんことよりもさ、今日は記念日だよ?」
「記念日?」
アリアは首を傾げて、頭にはてなマークを浮かべる。
「そうそう。記念日。子供を産むって約束だったじゃん」
彼女は「ああ」と声を上げて、
「そういえばそうだったね。予約はしているんだよね?」
「うん。十一時から」
「それじゃ、早く用意しないといけないじゃない。この馬鹿っ!!」
怒られてしまった。
「ご、ごめ~ん」
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「気になったんだけど、受卵技術が開発される前ってどうやって子供を産んでいたんだろうね」
病院に行く途中に特に話すことも無いので、私は疑問に思ったことをアリアにぶつけてみた。
「そうねぇ。確かに言われてみればそうね。女性だけで子供を産まないといけないけない。でもそれはこの受卵技術が発達しないと不可能だものね。それまでは一体どうやって子孫を残していたのかしらね」
「分からないわ」
科学技術が発達し、何もかもが便利になった現在――――。
何か私達の知らない方法で子孫を残すやり方があるのかもしれないけれど、完全科学化した現在ではその方法を試すのは不可能だろう。
知った所で何も出来る訳でもない。
こんなことを考えるのは無駄なこと。
そうは思っても、この疑問を簡単に拭うことは出来なかった。
私達は元々一つ。
女性という一つの性しか持たない。
それが人間――――ホモサピエンス――――という生命体の特徴の一つだろう。
もしかしたら、ほとんどの哺乳類がもつように、私達もかつては二つの性を持っていたのかもしれない。
雄と雌というように――――。
争いもほとんどない。
戦争という目立った争いは無くなり、内戦も無くなった。
ただ、暗殺や毒殺といった力をあまり用いない殺人や攻撃方法はなくならなかった。
嫉妬、嫌悪、怒り――――。
そう言った負の感情も無くなることは無かった。
それは、人の中に棲み続け、精神を貪る虫として生き続けた。
人の暴力性や破壊性、欲望は別の形で現れることとなった。
ただ、それだけの話だった。
でも、それらはとうの過去の話。
歴史は消され、記録は愚か人々の記憶に残ることさえも無くなってしまった。
私達の歴史は『女性』の歴史しか存在しない。
それ以降の歴史は存在しない。
詮索はしないさせない。
それがこの世界の掟なのだから。
私達は病院へ行き、受卵手術を受けた。
結果的には成功だった。
あとは、培養液の中で細胞を育てるだけ。
まだ、何も見えないけれど。
それでも、この緑色の液体の中には私達の子供がいる。
「これが私達の子供なんだね」
「うん。これが私達の大切な子供」
私達は自分たちの性染色体が半分ずつ入ったその溶液をいつまでも見つめ続けていた。
男のいない百合世界 阿賀沢 隼尾 @okhamu
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