第59話「最終決戦」



「うぉら!」

「あっ!」


 ギャングの攻撃に圧倒され、体勢を崩すエリー。腹を剣で殴られる。


「ぐふっ」

「エリー!」


 ユタが叫ぶ。エリーは倒れたまま立てなくなる。絶体絶命だ。ギャングは更に攻撃を続ける。


「これで終わr……ぐへっ!」


 ギャングが剣を振りかざした直後、別のギャングが空中から落ちてきた。そのまま下敷きになって倒れる。どうやらユタがギャングを投げ飛ばしたようだ。


「お前ら……僕の同僚に……手を出すなぁ!!!」


 ダッ

 ユタは凄まじい形相でギャング達に襲いかかる。軽く数人のギャングを殴り飛ばす。


「くそっ、なかなかやるな……」


 ユタは剣やナイフなどの武器を持っていない。ギャングから奪った鉄製バンテージを装備しているのみで、ほぼ肉弾で戦っている。

 それで剣やナイフで攻めてくるギャングを、5,6人同時に相手しているのだ。袖から見える肉付きのいい腕には、まだ血が固まっていない切り傷が何本も刻まれている。


「ユタさん……」


 ユタは命からがらエリーを守っている。彼女は剣を杖にして立ち上がる。


「負けて……たまるか!」


 エリーは剣を構えて駆け出す。全て守るのだ。仲間も、この国も。






「はぁ……はぁ……はぁ……」


 陽真達は最上階へと続く階段を目指していた。ガメロを探すためだ。ギャング集団の親玉であるガメロを倒すことができれば、幹部や下っ端達も戦意を失って降伏するかもしれない。この戦いを終わらせるには、それしかない。




「……!」


 ガメロは足音を感じ取る。足音の聞こえる方向を確認し、立ち上がってその場へ向かう。どうやら最初に城に潜入した時から、ずっと屋上に続く階段の手前の廊下で留まっていたようだ。


「いた!」


 陽真達とガメロが対面する。


「お前がギャングの親玉か……」

「すぐに俺に追い付くかと思ったが、随分と遅かったな」


 ガメロは剣の柄に手をかける。


「さて……後ろにいる女王様を差し出してもらおうか」


 陽真は背中のマントと広い肩幅で、女王の金髪と青白いドレス姿を隠している。しかし、既にガメロは女王の存在に気づいていた。陽真の額に冷や汗がつたう。


「……」


 ダッ

 陽真は唐突に女王の手を引いて駆け出す。そのまま屋上へと続く階段を駆け上がる。


「バカめ……その先に逃げ場は無い!」


 ガメロは二人の後を追った。哀香達はガメロが陽真達に気をとられている隙に、階段を下りる。




「あの二人、うまくやってるかしらね……」


 長い廊下を走りながら花音が呟く。正門前で繰り広げられている戦場へと、再び戻っているのだ。


「きっと大丈夫よ。何が相手だろうと、最後に勝つのは愛なんだから!」


 哀香が走りながら答える。


“アーサー…………頑張って!”


 茶色の長髪カツラを被り、凛奈の私服で変装したアンジェラは、二人の健闘を祈る。






 陽真達は城の最上階に行き着いた。元の世界で言うヘリポートのような開けた場所。ただ、地面がコンクリートで敷き詰められている。陽真は立ち止まって振り返る。

 女王の着ているドレスがひらりと翻る。青白い清楚なドレス。アンジェラがいつも着ているものだ。


「はぁ……はぁ……」

「大丈夫か? 凛奈……」

「うん、大丈夫」


 陽真が手を引いていたのは、アンジェラではなく凛奈だった。凛奈とアンジェラは衣装を交換して入れ替わったのだ。敵の注意を引き付け、アンジェラが狙われる危険性を失くすために。

 アンジェラの方はは凛奈と髪色が似ているため、髪色で自分が王女だと気づかれないよう、茶色の長髪カツラを被ったというわけだ。そして凛奈はアンジェラの青白いドレスを身に纏っている。背丈もほぼ同じであるため、彼女の体にぴったり合った。


「もう逃げ場が無いようだな、女王様よぉ……」


 ガメロはまだアンジェラの顔を知らない。予想通り、今のガメロは完全に凛奈のことをアンジェラだと信じ切っている。ひとまず敵の注意を引く作戦は成功と言えよう。ガメロは再び剣の柄を握る。


「こいつに手を出すな! 俺が相手になる!」


 スチャッ

 陽真は凛奈を背中に隠し、素早く剣を引き抜いて構える。


「お前が女王の専属の騎士か。噂は聞いている。腕は確かのようだな」


 ガメロは剣の柄を握ったまま、陽真に近づく。


「潰し甲斐があるといいな」

「戦いをやめろ! 今すぐ城から撤退するんだ!」

「悪いがその頼みは聞けないな。俺はギャングのリーダー、そしてもうすぐこの国のリーダーになる者だ。降参して逃げ帰るわけにはいかないんだよ」

「テメェなんかにこの国を治められてたまるか!」


 陽真はガメロにひたすら吐き捨てる。


「フンッ、その無駄口も二度と開けぬようにしてやる」


 ブォンッ!!!

 ガメロは勢いよく剣を引き抜いた。引き抜いただけで突風が発生し、陽真の前髪を揺らした。


「凛奈、下がってろ」

「うん」


 陽真は小声で凛奈に後退するよう促した。


「行くぞぉ!!!」

「来い!!!」


 ダッ

 ガメロは陽真目掛けて駆け出した。陽真は剣を一ノ字にして振り下りてくる攻撃を防ぐ。キーンと鈍い金属音が、晴れた空に響き渡る。それが勝負の始まりの鐘の音となった。


「蹴りをつけようか……この国の運命をな」

「くっ……」






 城の入り口付近ではエリーとユタ、ケイト、ロイド、ヨハネスらが苦闘していた。そこへ哀香達が合流する。


「うわぁ~、派手に大乱闘してるわね」


 戦況を見渡す哀香。花音は剣を構えた。


「アンジェラ、もうあなたも戦えるわよね?」


 哀香はアンジェラの小さな肩に手を乗せる。


「えぇ、もう逃げるのはやめるわ」


 口で言っていることとは裏腹に、その肩はまだ震えていた。哀香の目には、今すぐにも逃げ出したくてたまらないように見えた。


「別に、アンタは逃げてなんかいないわ」

「え?」


 アンジェラは哀香の顔を見る。今までより一番真剣な顔をしていた。彼女はリュックから包丁を取り出す。


「ただ、運命に抗っていただけよ!」


 ダッ

 哀香は勢いよく駆け出した。すぐさま剣と包丁がぶつかり合う金属音と、ギャングの断末魔が合わさって聞こえる。


「いっちょ暴れてきますか」


 花音も剣を握りしめ、戦場に飛び込んだ。


「私だって!」


 アンジェラも花音達の後を追った。ついに女王自ら戦場に足を踏み入れた。


「オラオラ~! とっとと失せなさい! このロリコン共~!」


 哀香は包丁を振り回しながら、ギャング達を蹴散らしていく。花音も見事な剣さばきで敵を倒していく。倒れたギャングの剣を拾い、アンジェラが構える。


「私の力を見せてやる!」


 アンジェラは近くにいたギャングに斬りかかる。ギャングは剣で押し倒され、すぐに負ける。次から次へとギャングを斬り倒していく彼女に、哀香達は度肝抜かれた。彼女の剣術の腕前は本物だ。


「なんだ、アンジェラもなかなかやるじゃない!」


 横目でアンジェラの活躍を見るエリー。そのまま剣を一振りし、相手の剣を弾き飛ばす。勇ましい女戦士達が、戦場を美しく駆け抜けていった。


「やっぱり、女の子って不思議だねぇ」


 ユタはギャングを投げ飛ばしながら、戦う乙女達を微笑ましく眺めていた。






 ガキンッ ガキンッ

 ガメロと陽真はまさに“神”レベルの斬り合いを繰り広げていた。剣と剣がぶつかり合う度に軽い暴風が発生し、凛奈の長髪を揺らした。陽真はガメロの攻撃を一つ一つ受け止める。


「どうした? さっきから守ってばかりだぞ。攻めてこないのか? さっきまでの余裕はどうした?」


 ガキンッ ガキンッ

 陽真は自分が攻撃を受けないようにするのはもちろん、凛奈も狙われないよう細心の注意を払っている。そのため、防御で精一杯のようだった。息を切らす陽真。


「……」


 戦う陽真の姿を見て、やるせなくなる凛奈。そもそも、なぜギャング達は今になって城に攻め、アンジェラの命を狙うのか。


「こんなことして何になるの!?」

「凛奈?」


 後方に下がっていた凛奈が、ガメロに向かって叫ぶ。ガメロは彼女を睨み付ける。


「あぁ?」

「戦争なんかして何が面白いの!? ただ人を苦しめて困らせてるだけじゃない!」


 凛奈は思いを叫ぶ。城に入った時に見えた傷つけられた騎士達の苦しむ顔が、鮮明に頭に浮かぶ。彼女は必死に戦争の非道理性を訴える。


「戦争……? いや違うな」


 ガンッ

 ガメロは剣を地面に突き立てる。


「これはクーデターだ。俺達は俺達なりの正義を持って欲望を貫き通し、傲慢なる権力者を滅ぼして真の平和を立てる。一方的に苦しめてると思ってもらっちゃ大間違いだ!」


 ガメロの言葉には誠意があった。彼の口からは、彼とその他ギャング達の正真正銘の本音が放たれていた。彼らは長年王族の能力の存在を知らなかった。

 まさか、今まで自分達が記憶を奪われて支配されていたとは思わなかっただろう。衝撃の事実を知らされ、心の底から怒りを表したのがこの戦いだ。


「反感を持つ国民の記憶を無理やり消して、思い通りに操る国。果たしてそれは平和な国と呼べるのか?」

「そ、それは……」


 核心を突かれた。この国の弱点をダイレクトに狙われ、凛奈は何も言い返せなかった。陽真の口からも言葉は続かなかった。


「この国は呪われたんだよ、アデスにな。神なんていなけば……こんなことにはならなかったんだ!」


 ガメロも思いを叫ぶ。彼の叫び声が陽真と凛奈の鼓膜と心を揺らす。




「……でも、かみさまがいなかったら、あなた達だって今ここにいない」


 凛奈は必死に言葉を絞り出した。何とかガメロの気持ちを抑えられる言葉を。


「この世界は、そのアデスってかみさまが作ったんでしょ? あなた達人間も……。かみさまは私達を助けてくれるけど、たまには悪影響も与える。良くも悪くも、私達の世界はかみさまに支えられてるんだよ。かみさまが私達に与えた苦しみは恨んでもいいけど、私達に与えてくれた恵みは絶対に否定しちゃだめだよ!」


 ガメロは凛奈を静かに見つめる。彼なりに凛奈の説得に耳を傾ける。


「……何が言いたい」

「今こうして生きていることに感謝するのよ! こうして生きていられるのはかみさまのおかげよ! かみさまが創ってくれたんだもの、この世界を……あなた達を……」


 ガメロは剣の柄を握る。


「……わかった、感謝してやるよ。とりあえず神を恨むことはやめてやる」

「うん……」




「ただし……」


 ザッ

 ガメロは地面に突き刺した剣を引き抜いた。そして叫んだ。


「お前のことは恨み続けてやる! 俺達から何度も記憶を奪いやがって! 絶対に許さねぇ!!!」


 ガメロは恐ろしい形相で凛奈を睨み付ける。彼女は言い知れぬ恐怖を感じる。


「この小娘がぁぁぁぁぁ!!!」


 剣を掲げて凛奈へと駆け出すガメロ。


 ガッ!!!

 すかさず陽真は彼の攻撃を受け止める。ぶつかり合った剣と剣からは、今までになく強い暴風が発生し、凛奈はその衝撃にバランスを崩して倒れる。


「お前達の全てを否定してやる!」

「ぐぬぬ……」


 再び陽真とガメロの激しい斬り合いが始まった。


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