第36話「とってもいい人」
アンジェラはベッドの上で大の字になり、何もない天井を見上げていた。何もない……まるで自分の現在の状況のようだ。アンジェラは退屈していた。
コンコン
部屋のドアがノックされた。
「アンジェラ、入るぞ」
はっきりと聞き覚えのある若い男の声だ。アンジェラは跳ね起きた。
「アーサー!」
ガチャッ
「声だけで俺が分かるようになったか」
「ア~サ~! 退屈だよぉ~、外連れてってよ~」
「くっつくな。暑苦しいだろ……」
アンジェラはアーサー……陽真に抱きつく。それを優しく引き剥がす陽真。このやり取りも日常的になった。すっかり彼はアンジェラにとっての安定剤となっていた。凛奈や現実世界での自分のことを忘れながら。
「じゃあ、いつものお出かけのこと、教えて?」
「お出かけって……軽く言うなよ。見廻りだっての」
陽真は街でギャングに襲われそうになった農家を助けたことを、アンジェラに面白詳しく話した。アンジェラはしっぽをピンと伸ばした猫のように、ウキウキしながら耳を傾けた。
「すごいわね、アーサー。四人かがりで攻撃してきた相手を、一気に全滅させたなんて……すっごく強いのね。私が危険な目に遭った時も、そんなふうに助けてよ♪」
自分の肩を陽真にくっつけるアンジェラ。オフショルダーのドレスで肌を見せつけ、完全に性的に誘惑している。しかし、冷静さを欠くことなく、彼はアンジェラを押し退ける。
「お前は外に出ねぇんだから、危ないことなんてねぇだろ」
「分かんないわよ? 私が退屈に耐えられなくなって、外を飛び出したらどうする? それでギャング達に襲われたらどうする?」
誰かとくだらない話で盛り上がるのは久しぶりであり、陽真も内心楽しんでいる。アンジェラと話していると、日々の戦いの疲れを忘れられるのだ。相手が女王であるというのに、口調が自然とタメになる。
「お前にデコピン一発食らわして説教する」
「えぇ!?」
予想以上の答えが返ってきた。アンジェラはひっくり返る。だが確かに、アンジェラはうかつに外を出歩くことを禁止されている。原因は当然、街で好き勝手に暴れ回っているギャング達だ。
一国の女王の身に何かあった後では遅い。そんな高貴な女王様に、堂々とデコピンを食らわすと豪語する陽真。しかし、一番アンジェラと行動を共にする者であるために、その従属精神は人並みではない。
「アーサーったら酷い~」
「もちろん説教するに決まってんだろ。……お前を襲ったギャング共をぶっ潰した後でな」
「え?」
女王の護衛。つまり、自らの身をなげうってでも女王の安全を守るのだ。その誓いで陽真の心は満たされていた。
「お前を酷ぇ目に遭わせてんだぞ。当然だろ。お前を守るのが、俺の仕事だ」
頬を赤く染めるアンジェラ。クラナドスナイツ一番の最強イケメン騎士が、自分の護衛をしている事実に改めて感謝した。
「アーサー……///」
「いつかあいつらを全員倒して、お前の望む自由な世界を取り戻す。それまでは、俺がお前を守ってやる。だから安心しろ」
陽真がアンジェラの小さな頭に手を置き、優しく撫でる。アンジェラのザラザラとした心がまた一つ、磨り減って丸みを帯びていく。
「ありがとう、アーサー……」
アンジェラは頭を撫でてくれた陽真の大きな右手を顔に近づけ、そっと甘い口づけをした。二人が密接な関係にいることを、街にいる凛奈は知るよしもなかった。
* * * * * * *
「それにしてもさ~、異世界なんだから、スライムなりゴブリンなりドラゴンなり用意してほしいわよね。森歩いてても出てくるの熊とか猪ばっかりだもん。がっかりだよ」
「がっかりなんだ……」
「そうよ。やっぱり雰囲気が大事だと思うわ」
花音ちゃんはタオルで頭を拭きながら、異世界とはどうあるべきかを熱説している。こういう時って「ライトノベルの読み過ぎだよ」ってツッコミを入れるべきなのかな?
「それと魔法! 異世界だから魔法くらいあるかと思ったら、全然ないじゃない! 物体浮かしたり、魔物召喚したりできないの?」
「花音……この世界を何だと思ってるのよ……」
エリーちゃんが反応に困っている。花音ちゃんのラノベ脳に、異世界の住人も困惑させられている。そんなことを責められても仕方ないよね。事実できないんだから。
「魔法なんてファンタジーの世界のモノだよ」
「ここがそのファンタジーの世界でしょうが!」
花音ちゃんが叫ぶ。話が盛り上がるのはいいけど、こんなに騒いだら迷惑になるかもしれない。隣の部屋で寝てるユタさんと蓮君が起きないか心配だ。
「女の子って、どうしてお喋りだけであんなに……」
「女の子だからだって」
起きてた。
「剣が使えるだけマシでしょ」
「うぅ~、もっと異世界っぽいことしたい~!」
「はいはい、静かに。明日は忙しくなるんだから、もう寝るわよ」
哀香ちゃんが花音ちゃんの手を引っ張ってベッドに誘導する。花音ちゃんって、こんなに子供っぽかったんだ。何だかんだで頼もしい人だと思っていたけど、なんか可愛い。
「それじゃあおやすみ」
エリーちゃんが部屋の電気を消し、みんなそれぞれのベッドで眠りにつく。花音ちゃんもバーに泊めてもらえることになったのはよかったけど、彼女が寝るベッドが足りない。今夜は私のベッドに入れてあげることにした。
「はぁ……魔法……」
「まだ言ってるの?(笑)」
「もっと楽しいことしたいのに……」
「うん、私も」
花音ちゃんがなかなか眠らないため、私は彼女の気が済むまで話を聞いてあげることにした。布団を被りながら向かい合ってお喋りをする。こういう修学旅行の夜のような雰囲気が、私は大好きだ。
「こっちの生活にも慣れてくると、退屈って思っちゃうのよね。毎日やること同じだし。だから何か刺激がほしくて……」
「確かに、何か面白いことがあるといいよね。でも、それはこの世界にいても叶わないんじゃないかな?」
「え?」
私は花音ちゃんの相談に乗ってあげることにした。私みたいな弱い人間の意見が役に立つか分からないけど、私なりに精一杯彼女の心と向き合ってみた。
「花音ちゃん、生徒会長になりたいんでしょ?」
「えぇ、まぁ……」
「だったら元の世界に帰って、私達の学校で面白いことを見つけようよ。生徒会長になったら、きっと知らないことがたくさん見えてくるよ」
「凛奈……」
花音ちゃんの黒い瞳が、枕元のランプの光を反射して輝く。メガネを外した彼女は、野生児なんて言うには失礼なほど可愛くて、凛々しくて、人間味に満ち溢れていた。とても綺麗な女の子だ。
「生徒会長になって、生徒のみんなを楽しませてよ。みんなが楽しいって思えるような、学校生活を実現しようよ」
「ふふっ、凛奈……あなたって面白いわね♪」
すると、花音ちゃんは突然布団を上げて起き上がり、ランプの横に置いてある茶色い手帳とペンを手に取った。
元の世界から、たまたまこっちに持ってきていたものらしい。だから片身離さず持っている大切なものなのだろう。学校でも大事そうに持ち歩いている姿を見たような気がする。彼女はペンで手帳に字を書き始める。
サラサラサラ……
「『清水凛奈は、とってもいい人』っと…」
「え?」
「これ、私の宝物よ。全校生徒全員の情報がまとめてあるの。凛奈の情報、書き加えておいたから♪」
私は思わず笑顔になった。花音ちゃんは生徒一人一人のことをしっかり理解していて、こんな私も魅力ある人間として認識してくれている。彼女と関われば関わるほど、彼女が生徒会長としての器にふさわしい人間に見えてくる。
「花音ちゃん……ありがとう」
「私……絶対生徒会長になって、みんなが楽しいと思える学校を作ってみせる!」
「うん。その気持ち、忘れないようにね」
「えぇ!」
その後、私は花音ちゃんと手を繋ぎながら眠った。熱くなった気持ちが冷めないように。
「忘れないように……か……」
誰もが眠りについた部屋の中で、エリーちゃんだけが一人真っ暗な天井を見つめていた。明日はいよいよ城に向かう日だ。
* * * * * * *
冷たい空気が肌を刺す。翌日の早朝、凛奈、哀香、蓮太郎、花音、エリーの五人は馬車に乗った。ユタとケイトは、店の前で凛奈達を見送る。
「店の方は私達がやっておくから心配しないで」
「城の連中は何をしてくるかわからない。くれぐれも無茶はしないように」
「はい、行ってきます」
パシンッ
エリーが手綱を振り下ろし、馬がワゴンを引いて歩き出す。ユタとケイトは、馬車が森の中に入って見えなくなるまで、遠ざかる凛奈達を見届けた。
「奴ら、動いたな……」
建物の影から遠ざかる馬車を覗き込んでいたザック。すぐさまユタ達に見つからないよう、ギャング達のアジトに戻る。
「それは確かか?」
「はい。話の内容から察するに、城に向かったと思われます」
ザックは凛奈達の行動をガメロに報告する。ガメロは椅子から立ち上がる。
「尾行しろ。奴らを逃がすな」
「はっ!」
ザックは複数の部下を引き連れ、アジトを出ていった。
「アイツら、まさか城の関係者か? だとしたら……」
ガメロは窓から外の景色を眺める。その目線の遥か彼方には、あのクラナドス城がそびえ立っていた。
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