第35話「新しい仲間」
それは、陽真が失踪した日から丁度一週間後の土曜日だった。花音は七海町が開催するプチクラ山星空観察キャンプに参加していた。元々キャンプが好きだった彼女は、興味本意で応募していたのだ。
偶然にも当選し、参加者として足を運んだ。その日は流星も見られると聞き、彼女は心が踊った。空が見渡せる絶好のポジションで、なおかつ周りに人がいない場所を真っ先に占領し、テントを張ってスタンバイした。
そして、時刻は午後9時に差し掛かる頃となった。ちょうど流星が見られるピークの時間帯だ。彼女はスマフォで時刻を確認する。
「そろそろかしらね……」
花音は“手帳”をジャージのズボンのポケットにしまい、テントから出て空を見上げた。
「うわぁ~♪」
空には無数の星が、砂浜に広がる砂粒のように光り輝いていた。手を伸ばせば届きそうという言葉がふさわしい程に、幻想的な空間が広がっていた。
しかし、この光景は晴れた夜ならいつでも見られるもの。花音の求めているものとは、また別だ。
「あっ! 出た!」
スッと一筋の線が現れては消える。流星だ。まるで一つの生き物のように素早く流れる星は、花音の目を釘付けにした。
「綺麗ねぇ……あっ!」
花音はハッと思い出した。すぐさま手を合わせ、目を閉じて祈る。
“どうか私を生徒会長にしてください! 神様仏様もう一度神様~”
流れ星が消える前に願い事をすると、その願いが叶う。小さい頃に、子ども心を大事にしていた大人から得た言い伝えを信じ、祈りを捧げた。
「あれ? 三回祈らなきゃいけないんだっけ? そもそも、声に出さないといけないんだっけ? あと、流れ星が消える前に言いきらなきゃいけないんだっけ? 分かんなく、なっちゃった……。まぁ、いっか♪」
花音は昔から“リーダー”と言う存在に対し、強い憧れを抱いていた。一つの目標へと仲間を導き、多くの人々から信じられ、頼られる存在。すなわち、リーダーとは力を持つ者の証。その勇ましい響きに心酔し、気がつけば自分は副会長になっていた。
しかし、花音は更に上を目指す。一番になりたい。一番偉くなって、仲間を正しい道へと導きたい。生徒会長になって、学校のみんなに幸せな高校生活を実現させてあげたい。強い思いで花音は目指した。
“神様……どうかお願いします……”
シュー
「?」
後ろから音がした。振り向くと、森の奥から霧が立ち込めていた。花音はそれを、誰かのキャンプファイヤーの煙だと判断した。自分より上の方に、テントを立てていた人がいるのか。
だが、この煙の量は尋常ではない。早く消火しないと、森が火に覆われて山火事になってしまうかもしれない。彼女は霧の中へと走り、発生源を探った。しかし、見つからないうちに霧はみるみる晴れていった。
ザザッ
しばらく走った後、開けた草原に出た。遠くには城がそびえ、手前には小さな森と街。七海町ではない、花音が知らない場所だ。
「ここ……どこ?」
彼女はこうしてフォーディルナイトにやって来た。
ひとまず街の方に下りた花音。人々の服装や建物の外観を見ただけで、ここは自分の知っている世界ではないことをすぐ実感する。
しかし、彼女は臆することなく探索を続けた。彼女も異世界系のライトノベルを少々たしなんでおり、すぐに状況を把握できた。
とりあえず最初に宿泊できる場所を探した。暗闇に飲み込まれた街の中を一時間程さ迷ったが、泊めてもらえそうな家はなかなか見つからなかった。
「はぁ……お腹すいたぁ……ん?」
花音はふと足を止める。とある民家の庭の真ん中に切り株が生えており、その上に一本の弓と5本の矢が置かれてあるのを発見した。
「……」
彼女はこっそりと庭に忍び込み、弓矢を盗んで出ていった。
「ごめんなさいね」
花音は再び森へと向かった。小さな小川を見つけ、そこを拠点とした。落ち葉や草木をかき集め、簡易的なベッドをこしらえた。寝床を確保すると、弓矢を持って小川と向き合った。
「おっ、いるいる!」
小さな魚が水中を悠々と泳いでいた。試しに弓を引き、魚目掛けて矢を放った。
バシャッ
「やった~!」
矢は見事魚の腹を貫いた。信じられない。一発で成功した。魚はしばらくピクピクと暴れた後、絶命して動かなくなった。花音は夜空の月へ、高らかに突いた魚を掲げた。魚のつやつやとした鱗が、月光を反射していた。
魚を捕まえた後、石と木の枝をうまく使って火を起こした。火起こしのしかたは、小さい頃からキャンプの経験で体に叩き込まれている。青黒かった森は、すぐに温かなオレンジ色に照らされた。突いた魚を火で焼いて食べた。
「美味しい♪」
やはりキャンプの醍醐味は、この苦労の先にある達成感だ。元の世界の生活でもなかなか味わうことができない。花音はしみじみと心に刻んだ。その夜、彼女は小川の近くで野宿したという。
翌日は食料調達のために再び街まで下りた。
「うーむ……」
偶然道端で小型のナイフを拾った。誰かの落とし物だろうか。交番らしき施設が見当たらないため、どこに届けてよいかも分からない。数十分考えた後に、自分のものにした。何かに役立てることはできないかと、ナイフを見つめながら歩く。
「よぉ♪ そこのお嬢ちゃん、見ねぇ格好だな。俺達と一緒に遊ばねぇか? 楽しいことしようぜぇ~?」
そして、奴らに出くわした。街の平和を脅かすギャング達だ。相変わらずの気持ち悪い顔と性格で、目に留まった女性に言い寄ってくる。何度騎士に連行されても懲りない連中だ。
「おぉっ、目と目が合ったらいざ勝負ってやつね。いいわよ!」
「は?」
花音はその男達がナンパ目的で寄ってきたことに気づかず、ナイフを構える。
「レッツファイト!!!」
「うぉっ!?」
彼女は素早くナイフを振り回し、ギャング達を追い詰める。対するギャングも、いきなりナイフを突いてきたおかしな少女に慌て、武器を出すのが遅れた。
「クソッ、何だこいつ!」
ガキンッ ガキンッ
負けじとナイフで対抗するも、花音のナイフさばきは実に卓越しており、ギャング達を後退させる。男のギャングの方が圧倒的に背が高く、筋肉質で恵まれた体格をしている。
しかし、小さな女の体から、花音は凄まじい力を発揮した。可愛い見た目とは裏腹に、かなり戦闘慣れしている。誰がどう見ても、優勢なのは彼女の方だ。
「覚悟ぉ~!」
「ひぃぃぃぃぃ……」
珍しくギャング達が恐れをなして縮こまる。花音は振り下ろすナイフを、ギャングの頭寸前で止める。あっという間に決着がついてしまった。
「なんてね♪ 本気で刺したりしないわよ」
「お、俺達が悪かった! 頼む! 騎士は呼ばないでくれぇ……」
「騎士?」
ギャング達は花音の前で土下座する。完全に弱腰だ。自分より背丈の大きい男がひれ伏し、彼女は女王様になったかのような優越感に浸る。
「許してくれぇ! 何でもするからぁ……」
「ん? 今、何でもするって言ったわよね?」
花音は腕を組み、ひれ伏すギャング達を見定める。
「へへっ♪ 臨時収入貰っちゃった~」
騎士に連行してもらうのを見逃す代わりに、ギャングから金品を貰った。花音はその金で新たな武器を買ったり、服や食料を買ったりした。
また、森で落ちている木を拾い集めて自作の武器を作ったり、その武器で野生動物を狩ったり、食べられる木の実や野草を摘んだりした。森を拠点とした自給自足の生活を続けていたという。その生活は約二週間続いた。
* * * * * * *
「そういえば、最初にここに来てから、今日でちょうど二週間ね」
花音ちゃんはパピヨンの最後の一欠片を頬張って言う。
「たった二週間でここまで人間は変わるものなのね……」
「流石だね……」
「当たり前よ! 生徒会長を目指す者として、これくらいのことはできなくちゃ!」
「生徒会長は関係ないと思うけど……」
哀香ちゃんと蓮君は感心するが、私達はついツッコミを入れてしまった。とにかく、花音ちゃんが元の世界の記憶を保持していたことは安心だ。
「あ! そういえば、あなた達はこの世界で何してるの?」
花音ちゃんが聞いてきた。それと同時に私はやるべきことを思い出し、花音ちゃんに協力してもらうことを決めた。今の彼女なら間違いなく私達の戦力になってくれるはずだ。
「ねぇ、花音ちゃん。お願いがあるの!」
エリーちゃんに馬車を用意してもらい、猪を荷台に乗せて街まで運んだ。一体何台保持してるんだろう……。とりあえず私達は後ろから馬車を押しながら、さっきの話の続きをする。
「……なるほど、あの浅野陽真君もこっちに来てるのね。しかも記憶喪失になってると。でも、どうやって戻すつもりなの? 方法分かってるの?」
「分からない……。でも、まずは城に行ってみて、実際に陽真君から詳しく話を聞かなくちゃ! ここで悩んでたって仕方ないから……」
「考えるより先に行動すべし……か。まぁ、それも一つの手よね」
「うん……」
「よろしい、協力してあげましょう! 未来の生徒会長のこの私が!」
「ありがとう!」
私はますます花音ちゃんのことが気に入った。とても心が大きい女の子だ。やっぱり全校生徒から慕われるだけのことはある。
「ただし! 元の世界に戻ったら、次の全校朝会の選挙演説の時、あなたに推薦者になってもらうわね♪」
「え? 私? いいけど……」
抜け目ないなぁ……花音ちゃんは。そこまでして生徒会長の座を狙ってるのか。まぁ、彼女のような人間になら、生徒会長を任せても問題はないかな。
出会ってからまだ数時間しか経っていないのに、彼女のことがよく理解できたような気になった。彼女が生徒を束ねるようになったら、一体どんな学校生活が待っているのだろうか。なんだか楽しみになってきた。
そのためには、絶対に元の世界に帰らなくちゃ。みんなで一緒に。もちろん陽真君も一緒だ。
「本当にありがとう! 花音ちゃん」
「どういたしまして♪」
彼女のメガネがキラリと輝いた。その夜、ケイトさんと花音ちゃん、いつもより二人増えたメンバーで食べたアンドレスホーンの姿焼きは格別だった。
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