第32話「厳しい特訓」



 バスタは二日幽閉された後、解放された。ズガズガと森を歩いてアジトまで戻り、怒れる手でドアを開けて入った。


「おっ、堪忍袋かんにんぶくろのお帰りだ」

「うっせぇ!」


 同じく幹部であり、黄土色の髪のギャングのザックが、帰ってきたバスタをからかう。彼らはリーダーではなく、上の者に仕える幹部のようだ。彼らは直接部下を束ね、戦闘や略奪行為全般の役割を担っている。


「ったく……お前まで何をやっているんだ。手下共に示しがつかないだろ」

「俺のせいじゃねぇ! アイツらが悪ぃんだ!」


 同じく幹部の白髪ギャングのフェルニーが、呆れ顔でバスタを見つめる。戦闘力は随一だが、思考が弱く怒りっぽいバスタ。武器や防具を製作するなど、細かい作業が得意なザック。冷静沈着で、頭の回転が早いフェルニー。この幹部三人で、下っ端のギャング達は統率されていた。




「……」

「わっ! ガ、ガメロ様!」


 暗い廊下から、リーダーのガメロが姿を現す。荒くれた性格のバスタも、彼の前ではただの小童こわっぱだ。ザックとフェルニーも気をつけをする。

 ボサボサの赤髪といかつい戦闘服、恵まれた屈強な体格と恐ろしい眼光。彼が荒々しいギャング集団を束ねるボスだ。


「すんません! この度は誠に……」

「そのことはもういい。さっさと仕事に戻れ。武器の手入れを怠るな」

「へ、へい!」


 ガメロは端的に指示を出す。バスタは駆け足で暗い廊下の奥へと走る。


「バスタ……」

「はい?」


 突然ガメロがバスタを呼び止める。


「先程言っていた“アイツら”とは誰だ?」

「へ? あぁ、あのバーで働いてた奴らで……そういえば!」

「どうした?」

「あいつら、騎士を追いかけてました。もしかしたら、王族の奴らに接触するつもりなんじゃあ……」

「……そうか」


 ガメロは手に持っていた本を本棚に戻した。


「ザック、お前に任務を与える」

「え? 俺?」


 ギャング達の極秘の策略が動き始めた。






 翌日、開店時間である午前10時になっても、バーのドアに「CLOSE」の看板が掛けられていた。その下には赤い文字で「臨時休業」と書き加えられていた。客が誰一人と入れない店内で、凛奈達は作戦会議なるものを開いていた。


「君達が探している友達は、騎士団にいることが分かった。それが分かれば、後はもう乗り込むだけだ」


 ユタが街と城の間に挟まれた森の地図を指差し、説明する。自分達の行く先は、山の上からも見えたあの城だ。


「これがクラナドス城。名前の通り、クラナドス家が暮らしているんだ。彼らは一週間くらい前には、よく街の方まで下りて姿を見せていたんだ。でも、この頃は全く城から出ようとしない。ちょっと怪しいよね」


 このフォーディルナイトは一応王国であるため、クラナドス家の王という最高級の国の権力者が存在する。

 しかし、国民が国王の姿を見て崇めるような様子は見られない。こちらの世界に来てから、王族関係者は街を巡回している騎士しか見ていない。王族の者達は国民に影一つ見せないのだ。それを不思議に思う凛奈達。


「確かに……」

「きっと何か秘密を隠してるんだわ」

「あぁ……」

「とにかく城に行って、王族の人達から話を聞いてみよう。何か分かるかもしれない」

「よし! 早速乗り込みましょう!」


 ガタッ

 哀香が元気よく席を立つ。すぐさまユタが制止させる。


「待った待った。王族がどんな人達なのか、僕達はよく知らないんだ。もし誇り高い連中だったら、城に入るのを許可してくれないかもしれない。最悪の場合、騎士団を使って僕達を攻撃してくるかもしれない」

「えっ……」


 凛奈達の背筋が凍る。特に、凛奈は先日陽真の態度を思い出して恐怖する。騎士達も多くの武器を携えており、戦闘慣れした特殊部隊だ。自分達のような平民が簡単に太刀打ちできる相手ではない。


「でも、だからといって、何もしないわけにはいかないですよね?」


 哀香が尋ねる。騎士団を恐れていては、王族からは何も情報は得られない。


「もちろん。そこでだ……」




 キー

 裏口が開いて、中から青髪の女性が入ってきた。


「ユタ、話って何?」

「おぉ、来たね。ケイト」

「ケイトさん!」


 エリーは驚いて席を立つ。ケイトという名前の女性に歩み寄る。


「もう風邪は治ったんですか?」

「エリー、久しぶりね。もうすっかり治ったわ。早速明日から仕事に復帰させてもらうわね。ん? そちらにいる方々は?」


 凛奈達は各々自己紹介をし、自分達の事情を話した。ケイトは「ユタが信じるなら自分も信じる」という流れで凛奈達を受け入れた。このバーでのユタの地位の高さを実感する凛奈達だった。

 ケイトも続けて自己紹介をした。彼女はエリーと同様にバーで働いているウェイトレスで、近頃風邪を引いて勤務を休んでいたようだ。ちなみにウェイトレスの中で年長者らしい。


「違う世界からやって来た……不思議ねぇ……」


 こんなにすんなりと信じてもらえることは助かる。しかし、人が良すぎて悪人に騙されたりしないか心配になる凛奈達だった。


「それで、ユタ。話って何なの?」

「あぁ、ちょっとお願いがあってさ……」






 特訓一日目。

 凛奈達は特訓を始めた。城に乗り込んだ際、騎士との戦闘に備えるために。ユタはケイトに凛奈達の特訓を指導するよう頼んだ。どうやらケイトは日頃から武術や剣術をたしなんでおり、自慢の体力で店の経営を支える有力な人材らしい。

 ユタが最初に凛奈達に店の手伝いを頼んだのは、ほとんど経営を支えていた彼女が風邪を引いて休んでいたからという理由もあったようだ。


「ほらほら、頑張って~」


 腹筋、腕立て伏せ、背筋を100回ずつ行った。元の世界で陸上部の人達が毎回やっているのを、マネージャーの立場で呑気に見ていた凛奈。

 まさかこんなに辛いものだとは思わなかった。陽真も同じ努力を繰り返して強くなったのだと理解する。殴られた傷がまだ痛むが、凛奈は必死に耐えて食らいついた。




 特訓二日目。


「今日はこれを練習しようね」


 ケイトは凛奈達に剣を渡した。さぞ当たり前のように手渡すため、反応が少し遅れた。


「……え?」


 まだ二日目であるというのに、早くも素人に剣を握らせるケイト。剣は思ったよりも重く、まるでダンベルを抱えているようだった。ただ持っているだけで、腕の筋肉が鍛えられそうだ。とりあえず、凛奈達は素振りから始める。


 ブンッ ブンッ


「しっかり握って、腕を大きく振る。簡単でしょ? 剣術ってあなた達が思うよりも結構単純なものだから、きっとすぐ慣れるわ」


 非常に簡単に言ってくれる。蓮太郎や哀香は筋がよく、すぐに形が身についた。しかし、凛奈は動きがいつまでもおぼつかなかった。運動音痴が嫌なタイミングで発揮されてしまった。

 剣という物騒な物を振り回す経験など、この17年の人生の中で一度としてない。しかし、この世界の人々は、少しでも力を身に付けるために習っているのだ。


「はぁ……はぁ……」


 とにかくやれるだけの範囲で、凛奈は体を動かした。




 特訓三日目。

 三日目はバーの営業を再開し、通常通り料理と配膳を手伝った。凛奈達はバーでの仕事をこなしていると、自然と体力が身に付くことに気がついた。

 それに加え、客の無理難題な注文の連続にも早くも慣れてきた。手伝いを始めたばかりの頃よりも、格段と動きが機敏になった。


「お嬢ちゃんビール!」

「はい! 少々お待ちください」

「テレンスロールを……」

「かしこまりました!」

「お待たせしました。カリバンステーキ、ミックスグリルです!」

「おっ、うまそう! ありがとね~」

「ごゆっくりどうぞ~」


 幸いなことに、今日はギャングが一人も来なかった。それだけで仕事が不思議と捗る。凛奈達はダンスをするように、ホール内を動き回った。




   * * * * * * *




 特訓四日目。


「今日が最後の特訓よ」

「え?」


 「もう最後? 早くないですか?」というのが、率直の感想だ。まだ全然自分が強くなった気がしない。そんな私達に構うことなく、ケイトさんはズボンのポケットから一枚の紙を取り出す。


 ペラッ

 折り畳まれた紙を広げる。そこに描かれていたのは、猪のような巨大な生き物だった。毛深い茶色のボディに鋭く尖った牙、風船を詰め込んだような肉付きの厚い足首、そしてギロリとした恐ろしい赤い目。

 その絵の上に、黒い文字で大きく猛獣注意と記されている。確かに、猛獣と呼ぶのにふさわしいほど猛獣じみた猛獣だ。


「なんですか? これ……」

「アンドレスホーン。ホーリーウッドの森に生息していると言われてる猪よ」

「ホーリーウッドの森?」

「あそこよ」


 ケイトは街を見下ろすかのようにそびえ立つ山の森林地帯を指差した。ちょうど私達が霧を潜って、こちらの世界にやって来た時に下りてきた山だ。あの辺りの森は、ホーリーウッドの森と呼ぶらしい。

 最初はあの森の中を迷ったこともあったけど、そこにこんな恐ろしい猛獣が住んでいたなんて……襲われなくてよかった。


「こいつが最近街に下りてきて、畑の農作物を食い荒らすのよ。それで農家達が困ってるって話を聞いてね」

「はぁ……」


 それは困った話だ。街に下りてくるということは、ここにいても襲われる危険性が十分にあるということ。森には立ち入らない方がいいだろう。死因が猪に襲われるなんて嫌すぎる。


「というわけで、今日の特訓は、あなた達にこいつを退治してもらうことです!」




「……はい?」


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