第24話「異世界居酒屋」



「エビピラフ3つ」

「チキンカレー頼む」

「私ナポリタン1つね」

「ごちそうさん。会計頼むよ」

「おーい、そこの姉ちゃん。水持ってきてくんね?」


 お店が開いた。私達は手伝いを約束したことを後悔してしまうような、とてつもない忙しさに翻弄される。私と哀香ちゃん、エリーちゃん、他のウェイトレスさんの仕事は主に接客。お客さんから注文を聞き、料理を運ぶことだ。


「かしこまりました!」


 二分に一回は必ずその返事をした。一目で見るのも嫌になる程のお客さんの数。わずか十分でテーブルは満席となった。そして、濁流のような勢いで人の注文がやってくる。もはやわざわざ席まで行って、聞きに行くようなことはしなかった。

 注文を聞いたり、料理を運んだり、あっちこっちぐるぐる。もはや、少々肌を露出させたスミルの恥ずかしさを感じる余裕すらなかった。


「エビピラフ3つ、チキンカレー1つ、ナポリタン1つお願いします!」


 注文を確認したら、キッチンで働いている人に向けてそれを伝達する。「了解」と短く返事して、シェフの人達は食材をまな板の上に転がす。まだ注文を聞くだけなら簡単な作業だ。本当に辛いのは彼らだろう。


「蓮太郎君はナポリタンを頼む! 材料はそこの冷蔵庫にあるから。作り方は教えてる時間はない。悪いが体で覚えてくれ!」

「はい!」


 キッチンは比べ物にならないほどの忙しさだった。各々が急ぎ急ぎで食材を切ったり、焼いたり、煮込んだりする。特に蓮君はいきなり料理を任されたのだから、さぞかし苦しいことだろう。


 バラバラバラ

 お湯を張った鍋に麺を入れ、素早くソーセージやタマネギ、ピーマンをまな板に並べ始める蓮君。全部一人で進めていて、一つ一つの腕の動きに迷いが見られない。

 そういえば、私達が開店作業をしている間、蓮君はメニューの料理のレシピが書いてあるであろうメモを見ていたけど、どうやらある程度覚えてしまったようだ。あんな短時間で……すごい。


「はい! デミステーキ。9番テーブルね」


 私はハッと我に返った。シェフさんが目の前の棚に、デミグラスソースのハンバーグステーキが乗ったお皿を置いた。シェフさんはすぐさま次の作業へと走っていく。ジューと肉汁が溢れ出す音が、私を現実の忙しさへ連れ戻してくる。

 そうだ、ぼーっとしてる暇はない。料理を運ばなきゃ。私はデミグラスソースのハンバーグステーキを、9番テーブルに急いで運んだ。


 ガッ


「お待たせしました! ご注文の料理でございます!」


 私は目の前の忙しさにぶつかり合った。






 午後3時を差し掛かる頃から、お客さんの数が減ったように感じた。どうやらピークの時間を切り抜けたようだ。それでも、お客さんが一人もいなくなった訳ではない。私はもう一度気を引き締め直す。


「……」


 私は改めてホール中のお客さんを見渡す。みんないかつい格好をしているけど、あのギャング達と比べたら、表情はおおらかな人達だ。

 どうやら、このバーはここら辺の街の住民のほとんどが利用しており、旅人もしくは仕事の合間を練って来た武器の職人や商人達で、密かに賑わっているらしい。昼間は比較的温厚なお客さんで席が埋まっていた。


 昨晩のようなむさ苦しいギャング達しか来ないのかと心配だったけど、安心した。むさ苦しいと思うと失礼かもしれない。でも、向こうもこっちにいやらしいことをしてきたのだから、十分むさ苦しい。


「凛奈」


 エリーちゃんが話しかけてきた。


「人もだいぶ少なくなってきたことだし、休憩しよ♪」

「あ、うん……」


 よかった。こういうのは自分から休憩しに行くのは、罪悪感を感じてついためらってしまう。私はエリーちゃんの後ろを付いていって、更衣室へ向かった。どうやら更衣室は休憩室とも兼ねているようだ。




「あぁぁ……疲れたぁ~」

「はぁぁ……」


 哀香ちゃんはおじさんのように大股に足を開いてベンチに座った。私はその横にちょこんと座り、大きなため息をつく。確かに疲労がが尋常でない。


「どう? 楽しい?」

「うーん、楽しくなくはないけど、すごい疲れるわね」


 哀香ちゃんは苦笑いで答える。楽しさと忙しさが半々で、良くもなく悪くもなくという感じだ。これでもまだお昼過ぎまでしか働いていない。


「夜になるともっと忙しくなるわよ~?」

「うへぇ……」


 哀香ちゃんの眉が垂れ下がる。何か苦いものを口にしたかのように顔が歪む。注文を受けたり、料理を運んだりといった単純な作業でも、何度も繰り返し働くと疲れがどっと溜まる。これを夜まで続けるのか……。


「あ、一応言っておくけど、夜は気を付けてね。昨日のギャング達がまたやってくるから」


 エリーちゃんが警告するように言う。どうやら、ギャングは午後6時からラストの時間に集中して押し掛けてくるようだ。怖い……。昨日のことが再び起きたらどうしようかと、不安に狩られる。


「そうなんだ……」

「大丈夫よ。何か言われても適当にあしらっとけばいいから」


 簡単に言ってくれる。どれだけ失礼な人間でも、やっぱりお客さんだ。従業員という立場であるために、行き過ぎた行動はできない。反対に、向こうはお酒に酔って、昨日みたいな変なことを平気でしでかしそうだ。


「まぁ、何かあったら助けを呼んでちょうだい。ユタさんか他の人がなんとかしてくれると思うから。頑張って!」


 笑顔で励ましてくれるエリーちゃん。この仕事に随分慣れてるみたいだ。まだまだ不安が残るけど、とりあえず頑張ってみよう。私はスミルのスカートの上に乗せた手を握り拳に変え、力を込める。






「ちっ、ブァンフかよ。一回休みだから、次お前だろ」

「よーし……お♪ ツァローだ、ラッキー♪」

「あ?」

「これで上がり~♪」

「なっ……マジかよ!?」


 時刻は午後6時48分。案の定ギャング達がやって来て、お店の席を占領してきた。よく見てみると、タコスやケバブを片手で食べながら、仲間同士でカードゲームのようなもので遊んでいた。

 よく分からないワードが次から次へと口から放たれる。昨日のような卑猥な行為をしてこないことはいいけど、もう少し大人しくできないのかなぁ。


「おいお前、水持ってこい」

「あ、はい!」


 ギャングの一人が荒々しい声で水を要求する。私は渋々空のコップを受け取って水を汲みに行く。


「おい料理まだかよ! こっちは腹減ってんだぞ!」

「はい! ただいま!」


 料理が出されるのが遅いと、ウェイトレスさんに乱暴に注意する別のギャング。ウェイトレスさんは怒りを抑えながら返事をする。こういう自分勝手なお客さん、現実世界にもたまーにいるよね。


「……チッ」


 返事の直後に舌打ちも聞こえたような気がする。やっぱり、みんなギャング達の態度に迷惑しているみたいだ。私だって、内心あんな横暴な態度をとられたら黙っていられない。


「グーガー」


 机に伏して寝ているギャングを見つけた。お酒の飲み過ぎで寝てしまっているらしい。こんな酔っぱらいオヤジみたいな人、初めて見た。


「ねぇお嬢ひゃん……可愛いねぇその服ぅ~♪」

「ひいっ……」


 数々のギャング達の様子を見ていると、私のすぐ後ろにまた別のギャングがいた。鼻の下を伸ばしながら、顔中真っ赤でニタニタと気持ち悪く笑っていた。細かく指を動かしながら、私の体に手を近づけてきた。このギャングも酔っぱらっているらしい。


 ピーーーー バーン

 エリーちゃんがとっさに笛を鳴らした。秒でバーの入り口が開き、騎士達が入ってきた。


「おい! そこのお前!」

「またこの店? 勘弁してくれよ……」


 騎士達は呆れながら、私に近づいてきた。どうしようもない酔っぱらいギャングは、戸惑いながら騎士達に連行されていった。


「へ? ほら、なにをふるぅ~。はわるなぁ~」


 絵に描いたような酔っぱらいの仕草をしながら、馬車らしきもの乗せられるギャング。


「はいはい、幽閉場で酔いを覚まそうな~」

「どうもすみませんでした、俺達はこれで失礼します」


 一人の騎士が頭を下げ、すぐにきびすを返して店を出ていった。ギャングと騎士を乗せた馬車は、すぐに城の方角へと走り去って小さな森の中へと消えていった。

 捕まってから連行されるまでの一連の流れが、まるで漫才コンビのやり取りのようにコミカルだった。笑ってしまいそうだ。いや、笑い事ではない。一方間違えれば危険な目に遭っていたかもしれないんだから。


「……」


 この世界で生きていくには、ギャング達に気を付けよう。あの人達に目をつけられなら、殺されるより恐ろしい目に遭いそうで不安だ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る