22.見逃してしまった兆候

 新生活の始まりから約半年が経ったある仲秋の頃。普段よりもだいぶゆっくりと、予鈴と共に登校したショーコ・Aの様子がおかしいことに逸早いちはやく気付いたアシュレイは、隣の席に腰かけた友人の顔を見て、思わず驚愕の声を上げた。


「あ、おはよう――どうしたのショーコちゃん!」

「あら、おはよう、アッシュ……。どうしたのって?」


 ショーコは、やけにのっそりした動作で席に着くと、隣の親友に向かって力なく微笑んだ。いつもの、満面の笑みとは明らかに違う。笑うちからもないのに、無理をして笑顔を作っているような感じだ。


「なんだか、顔色が悪いよ。それに、急に痩せた……というより、やつれたように見える。具合悪いの?」

「……そうかしら。そんなことはないわ。とても元気よ」


 弱々しい否定の言葉を裏切るほどのショーコの変りようといったら、いくら鈍感な人間でも口を揃えて彼女の安否を心配しないではいられないだろう。それほどまでに、ショーコのやつれようは凄まじかった。


 瑞々しく張りのあった頬はこけ、青白く乾燥して粉を拭いている。

 しっとりと艶やかで、椿の香りがしたロングヘアもパサパサに傷んでまとまりが無く、永遠と見ていても飽きないと思えるような美しい瑠璃色の瞳も、心なしか靄がかかっている。

 まるで幽鬼のように様変わりしてしまったショーコは、自分の向けられた心配の視線にうっそりと微笑みながら、


「……そうね、ほんの少しだけ寝不足かしら。最近ね、とてもいい夢を見るの」

「良い、夢……?」


 アシュレイは、よく耳をすませないと聞き逃してしまいそうな親友の声に、オウム返しに訊ねた。


「ええ……迎えに来てくれるのよ。あの人が」

「……あの人って?」


 それきり、ショーコは恍惚の笑みを浮かべたまま、まるでアシュレイのことなど興味を失ったとばかりに、黒板の上の虚空を見つめた。


 この日からだった。日に日に彼女の顔から活発さが失われていったのは。

 翌日、翌々日……日を重ねるごとにショーコは痩せ細り、言葉少なになり……そうして、彼女は失踪したのだ。

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