寄り道



 ジェイミーがアルの店に来ていないとすると、次の候補は街で一番大きなショッピング街の『ノースランド・モール』という事になる。


 最近はよく、人の集まる場所で起こる危ない事件のニュースが耳に飛び込んでくる。私は娘が一人でここに来るのを許していなかった。けれど、他に行くあてが思いつかなかった。


 いくらモールが広くても、私たちが買い物するエリアは限られている。特にジェイミーがねだる場所となると尚さら少ない。


 私は巨大な駐車場に車を残した後、トイストア、アミューズメントコーナー、アイスクリーム屋とフォーエバー42の子供服売り場の順で歩いた。合計で2周半してみたが、ジェイミーらしき少女とは出逢えなかった。


 見落とした可能性は無いだろうか。そもそも、私は何をもってジェイミーを探していたのだろう。あまりにも見つからないので、そんな考えが浮かんだ。今日ジェイミーがスクールバスに乗った時、どんな洋服を着ていたっけ。ハッキリと思い出せと言われると難しい。


 分かってる。苦々しげに自分を諭した。私が駄目な・・・母親なのは十分に知っている。けれど今日は仕方ない。頭痛薬が効かなくて、記憶がやばいだけなんだから。


 私はトヨダのドアを閉めるなり運転席に背を預け、深い溜め息をついた。行くあてを考えてみたのだが何も頭に浮かばず、途方に暮れてしまった。


 アイドリングのまま5分間考えて、私は再び車を走らせた。



 ヘスターストリートを60マイルで流しながら、普段あの子と行く場所を考えてみる。思い出せるのはひとつ、ふたつが精一杯。十数年も常に一緒に過ごしてきたのに、我ながら情けない記憶力だった。


 今もあわてて子供を探しているが、本当に愛情からなのか。別れ際にブライアンに吐いた『私が面倒を見る』という言葉は、もう着火剤の役目を果たしてくれない。自分の力で燃えられなくなった心の種火は、黒い煙を吐いて胸の奥でくすぶっていた。


 まずい。ハンドルを握る手が汗ばんでくる。私は生唾を飲み込んだ。短い間に不安が重なったせいで、暗い気持ちが溜まり過ぎた。どうしても耐えられない『渇き』が私の脳の報酬系のドアをノックする。


 我慢できていたはずなのに、いちど目を覚ました欲望が一気に膨れ上がろうとしていた。このままだと娘を探すどころではない。『頭の中から娘のことが抜け落ちてしまう』。そんな恐怖がせり上がってきた。


「まずい、落ち着かないと……」


 私は最優先で行き先を決め、アクセルを強く踏んだ。実際にはすでに欲望に捕らえられていたのだと思う。けれど心はまだ言い訳をしていた。大丈夫、買うだけ。いますぐやる・・つもりじゃないから、って。



 着いたのは『X-Lanes』という看板をかかげるボーリング場だった。正直いえば、ここにはあまり立ち寄りたくなかった。


 車を停めた後、私は助手席のサイドボードを開き、その中から一丁のむき身の銃を取り出した。女性にも使いやすい小柄なサイズ。銃身にグロックのロゴと『43X』という文字が彫られていた。私は温度を奪う肌触りを感じながら、弾がこめられている事を確かめた。


 使う為じゃあない。持ってはいくが護身用なのだと口の中で何度か唱えた。暗示をかけておかないと、パニックになった時に本当に撃ってしまうからだった。


 私は車のドアを開け外に出た。銃はシャツとパンツの間に突っ込んでおいた。


 ボーリング場はマイノリティの巣窟だ。ここを尋ねてみればすぐわかるが、白い肌の私の方が珍しい存在だった。店内には常に、ブラックミュージックとアジアのイカれたラップのミックスが流れていて、空間はノイズにまみれていた。


 遊技場の奥にはVIPヴィー・アイ・ピーのみが入れるバーエリアがあって、ガラス越しに中の客の様子が透けて見えた。ただし、そこにいるのは高貴な人種でも金持ちの客でもない。昼間から酒とドラッグに浸るゴロツキどもだ。


 特にソファ席には様々な人種が座っていた。大抵の場合、男女が二人づついればノーマルな性交の組み合わせは試せるものだ。だがそれは学校で習う正解であって、ここでは違う。ソファの上ではあらゆる趣味を持つラリった人間たちが、腕や足や舌を使って絡み合い、新しい社会のマンダラを描く実証実験を行っていた。


 だが私がここに立ち寄ったのは、あの団体に加わる為じゃない。時間もないから、さっさと用事を済ませて娘を探さないと。


 ボーリング場の受付の前に行くと、つまらなさそうな目をして座っている真緑の髪の男に声をかけた。


「久しぶりね、ネオ。商売しにきたわ。前に頼んでた例のヤツを頂戴」


 そういって青いプラスティックの皿に、50バックスを投げ置く。


 ネオはその札束をじっと眺めた後、私の方を見て言った。「何のことかわかんねえが、お嬢ちゃんには売れねえな」


「はぁ? あんた、ってんのかい? それとも足元を見ようって言うなら、私以外のやつにするんだね!」


 ここではどうしても口調を汚くしなければナメられてしまう。


「帰んな。お嬢ちゃんに売るようなモノここには置いてねえんだ。ボウリングをするなら一時間12ドル。靴代は別で5ドルだ」


 ネオは自慢のカラーヘアを手で弄りながら、ニヤニヤと言った。


 ちきしょう……こいつ、こっちがイライラしてるのを見抜いてる。理由はわからないが、私に時間がないことも知っていて、足元を見ているに違いない。


 私はさらに追加で20を放り投げ、これ以上は出すもんかという意思を込めた目で、相手を睨みつけた。


「……ふん、持ってるじゃないか。パパの小遣いかい。まあいいや」


 ネオは足元からガサガサと袋を取り出すと、輪ゴムで止めた錠剤の束を引き抜いて、こちらに投げてきた。私はそれをキャッチして数を数えると、パンツのポケットに滑り込ませた。


「こんな売り方をするんなら、次は別の薬局うりばを探すからね。このくそ野郎マザー・ファッカー」捨て台詞を吐いて車の方に歩いていく。


「帰り道にはせいぜい気をつけな、お嬢ちゃん。ここでの取引きはみんな見られてるからな」


 心配そうな台詞のくせに声はやけに下品に響いた。私は振り向かず歩きながら、背中のガンを取り出して、バイバイするように見せつけてやった。背後から返事の代わりに感心したような口笛が聴こえた。

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