Think before you make a hateful.(邦題:後悔の忘れ方)

まきや

始まり



 急に、用事を思い出した。


 今日は娘のジェイミーの授業が午前中で終わるから、自宅のピックアップを繰り出して、ヤコブ・ウィスミラー小学校エレメンタリースクールまで迎えにいく予定になっていたんだ。


 頭がクラクラする。白銀色アッシュグレーの髪の上から、あかぎれのひどい指を通して、ぐしゃぐしゃと頭を掻いた。さっき飲んだアセトアミノフェンが、頭痛に効いていないくせに意識には働きかけてきて、んだ気持ちを引き起こしていた。


 私はソファから起きあがって部屋を見回した。自宅のリビングなのは間違いないが、どうしてここにいるのか分からない。机の上に読みかけのタブロイドが広げられている。私、新聞なんか買っていたかな。


 電話の横の置き時計で時間を見た。一日がそこそこ経っている。でも今より前の事が思い出せなかった。今日が突然、ふっと息を吐いたこの瞬間からスタートするような感覚――ひどい二日酔いから覚めた午後とも違うから、その日を無駄にしたという後悔すらおきない。


 そんなどうしようも無い虚無から逃げる時、私はワンショットのウィスキーに頼る。キッチンに歩いて行き、戸棚の奥に手を伸ばして、五十度の樽出しカスクの瓶を引っ張り出した。こいつは少しの量で気持ちに活が入るので、愛用している。どこの国で蒸留したとか、銘柄も判らない、汚いラベルの貼られたインポート品。3ブロック先のグロッサリーストアに行けば、山になって売り払われている安酒だ。


 一杯飲んで喉を熱くしてから、私はブラなしのキャミソールとバミューダショーツ、普段履きのサンダルというラフな格好で自宅を出た。


 古いトヨダは黒い煙を吐き出して、すぐに私を街に続く幹線道路へと運ぶ。立ち並ぶ飲食店、並走する旧車たち、オーディオから鳴る入れっぱなしのボサノヴァ。何も新しい刺激はない。全てがいつもどおり、神のおぼし召すままに。この世は善も悪もなく安定していた。


 途中、橋の出入り口で少しだけ渋滞にはまったが、それでも予定より5分早く、娘の通う小学校に着いた。車は保護者用パーキングエリアの白線の中に収めた。


 エンジンを切る前に窓を開け、8ドルで買った東洋産ウィンストンの一本に火を灯した。何度か吸うと吐くとを繰り返す。子供を待つあいだ立っていられるだけのエネルギーを補給すると、車を出て駐車場の出口に向かって歩いた。


 途中、乗ってきたピックアップとそっくりの車とすれ違う。こんな型遅れを好んで選ぶ変わり者、私の他にもいるんだと感心した。


 いや女では私だけに違いない。特にバツイチで子持ちで薬物中毒の経歴を持つ女の中では。

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