ポポを迎えに3

「ユーナさすがに頑張り過ぎじゃないか。もう二十五層まで来たぞ。魔力回復しないで本当に大丈夫なのか」


 さすがに二十層を過ぎたんだから、俺も一緒に狩ろうと思っていたんだがユーナはまだまだ一人で大丈夫だと二十層の守りの魔物をあっさりと狩ってしまうと、二十一層も二十二層も一人でざくざくと狩りまくっていた。

 そう、まさにざくざくだ。

 風属性の魔法で一体だろうと三体だろうと、狩ってしまう。

 この迷宮はまだ罠なんかもないから、その辺りを気にする必要はない。

 出てくる魔物も動きが単調なものが殆どで、不意打ちに出て来るなんてのも無いんだが、ユーナは魔物がどの辺りにいるかも分かっているからそもそも不意打ちが無いんだ。


「あの、実は魔素を使っているので、魔力は全然減っていないんです」

「魔素を使う?」

「はい。昨日トレントキングさんが魔素を使って魔法を発動出来るって言っていたので試してみたら出来ました」


 試してみたら出来たって、トレントキングはユーナが慣れてきたら普通の魔法も精霊魔法と同じく魔素を使って魔法を発動出来る様になるって言っていたんじゃなかったか? エルフはそうやって魔法を使うとも言っていたが、ユーナは人族だろ?


「慣れてくればじゃなくて、無理矢理自分で使える様にしたってことか」

「えええと、そうとも言いますか? へへ」


 頬に手を当てて、へへとか、何なんだこれ。

 他の人間がいないから今はフードは被っていないユーナは、今日は髪を編み込んで後ろでくるくると丸めて髪紐でまとめている。

 額は綺麗に出しているが、耳の辺りだけ少し髪を結わずに残して垂らしているのはユーナのこだわりらしい。

 結い方をころころ変えるのもユーナのこだわりらしい。

 その日の気分で髪型を変え、気分を上げるんだと言ってるのが若い女性らしくて可愛らしい。


 なんか俺駄目だな。


 ユーナの何を見ても可愛いとしか思えないもんな。

 こういう俺、なんだかよく考えると気持ち悪いよな。


「どうかしましたか、ヴィオさん」

「いいや、魔力が減らないのはいいことだな」


 ユーナって、使えるものは何でも使って自分の力にしようとしてる感じがする。

 教えられたら、それを生かしてどんどん自分のものにしようとするというか、慣れたら出来るって言われて即やってしまおうとする勢いがあるというか。


「そうですよ。魔力減らないんですよ。いくらでも私戦えちゃうんですよ」

「そうだな」

「つまり、好きなだけ魔法が使えちゃうんです。つまりですね、ヴィオさん」

「なんだ」


 キラキラした目で俺を見つめるユーナの顔は、何かを思いついた顔をしている。


「魔物寄せの香があるじゃないですか」

「あ、ああ、あるな」


 あるなって、あれはユーナが俺に使うなって怒って無かったか?


「時間が短いもので、そんなに力が強くない魔物とかなら私も出来たりしないかなって思うんですけど」

「はっ?」


 ユーナ、今なんて言った?

 俺、今物凄く驚いた顔してないか、驚いて間抜けな顔してる多分。

 

「ユーナ、迷宮攻略今日で三回目だって自覚はあるか?」

「あります。すぐ近くに沢山出て来るのは無理だと思うんですけどね、ちょっと離れたところに香を置いて発動させて、それを遠くから魔法で狩るのは出来るんじゃないかって、今日攻略しながら考えてたんです」

「トレントキングさんは昨日、ヴィオさんは自分の目的の為時間を使う。私はその間無駄に見ているだけでいいならそれでもトレントキングは構わない、けれど人の一生は短いぞって言っていました」

「そんな事言ってたか?」


 ユーナがトレントキングと話をした後やる気になっていた覚えはあるが、そんな話をしていたか?

 思い出そうとしても覚えていない。


「その時に私は私で能力を上げた方がいいという話になったんです。それはヴィオさんがトレントキングさんと戦っている時に私は精霊の台所を使い続けて熟練度を上げるという事でしたが、でもそれはおまけみたいなもので、私も冒険者の端くれですし戦う能力を上げるのが必要だなって思ったんです」


 それは確かにそうだが、それでいきなり魔物寄せの香を使おうと思うものか。


「今日、五体まで一度に出てきましたけど、十分一人で対応出来ました。ヴィオさんみたいに常識外れに一刻なんて無理ですけど。一番短いのなら私にも出来るんじゃないかって思うんです」

「ここでやるってことか?」

「はい。それに三十層で文字を見る為にはあそこで魔物寄せの香を使わないといけないんですよね」

「そうだな。でも、俺がやってユーナは見ていればいいんじゃないか」


 さすがに一つ目熊は初心者にはキツイ魔物だと思うし、見た目も怖いと思うんだがなあ。

 だが、ユーナはちゃんと三十層であの文字を見る為に何をしなきゃいけないか、覚悟を決めていたんだな。


「そうなの駄目ですよ。それじゃ仲間って言えません。戦うなら一緒にです」


 ぎゅうと拳を握り、ユーナは「私だってやろうと思えば出来るかもしれないんですよ」と言い切った。

 言い切った? 出来るかもしれないは、言い切ったとは言えないか。


「怖いなら壁に張り付いてていいんだぞ」

「だ、め、で、す。もぉヴィオさん。折角私がやる気になってるのに、気持ちが揺らぐ様な事言わないで下さい」


 むうと頬を膨らませている様子は小動物の様だ。

 違う、そうじゃない。

 俺何か目をそらそうとしてないか、ユーナは無理をしようとしてるんじゃなくて、本当に自分の能力を上げる為にしようとしてるんだよな。


「一度やってみて無理だと分かったらすぐにそう言えよ。一人でやらなくてもいいんだがからな」

「大丈夫です。二十五層の魔物はゴブリンとコボルトが両方一度に出て来るだけですから、どちらも単体は狩れてますし、動きも分かってます」


 ぎゅっとユーナは両手をぎゅっと握っている。


「ユーナのこれは癖なのか?」

「え」

「最近、よくやるだろ。この手」

「あ、ファイティングポーズっていうものです。私の世界で格闘技で闘う際の 姿勢になるのかな。よしやるぞって感じの気持ちを表してるんですよ」


 よしやるぞって気持ちを表すか。

 胸の当たりで拳を握るのが、それなのか。


「まあ、本当は顎のあたりに拳を置いて脇をしめて、こんな感じ?」

「それでどんな戦い方をするんだ?」

「ええと、あまり私格闘技見てなかったので詳しい説明できないんですが、大きなグローブ、手袋に綿が入ったみたいなものを付けて殴り合うんです?」


 最後何だか疑問の様な口調で説明されても良く分からない。

 そもそもグローブというのが想像出来ない。


「上手く説明出来ませんが、私がこれをした時はユーナがやる気になってるなって思ってくれたらいいと思います」

「成程」

「こうやって、シュッ、シュッってパンチを出して戦う感じですよ。私の脳内でこれをやろうとしてるって思って下さい」


 ユーナが握りこぶしを前に左右交互に突き出しているけれど、何ていうか子猫がじゃらけている様にしか見えないんだが。

 本人は真面目なんだよなあ。


「ユーナ」

「はい」

「ユーナは腕力が無いんだから、そんな戦い方は間違ってもしようとするなよ。ナイフの使い方はおいおい教えていくが、それも戦うんじゃなく防御の為に使うんだ」


 まさかこれで戦おうとは思って無いよな。

 不安になって、そう言うとユーナは本格的に拗ねてしまった。


「そういう話をしてるんじゃないですっ。私は自分のやる気を表明しているだけなんですよ。もお、ヴィオさんはぁ。もう、攻撃しちゃいますよっ」


 拗ねてるんだが、怒ってるんだか分からない態度でユーナは俺に向かって拳を突き出して来たんだ。

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