不穏な空気を感じながら3

「かなり面倒な性格してるな、彼女」

 

 宿に帰ると言ってもしつこくついて来ようとするターニャにウンザリしながら、ユーナの肩を抱いた手をそのままに歩く。

 慎重に周囲を気にしていると、何となく嫌な気配が少し離れてついて来ていると気が付いた。

 ユーナは気付いているんだろうかと横目で見ると、青い顔をしながら俺の方を見ていた。


「どうした」

「なんだか、嫌な視線が気になって。どうしたんでしょう私」

「ユーナ、迷宮でも魔物の気配を察していただろ」

「はい」

「もしかするとだが、ポポが覚えた精霊の眼をユーナも覚えているんじゃないかと思うんだ。ギルが言ってただろ、ポポが覚えたものを覚えて使える様になるかもしれないって」


 ユーナが元々そういう気配に敏感なら、最初の町であんな風に男達に追いかけられたりしなかっただろう。

 ユーナは繊細だし怖がりだが、ここまで敏感では無かったと思う。

 魔物探知の能力は俺は中途半端に分かる程度で、冒険者の経験でそれを有効活用出来ているだけだが、ユーナは頭の中に魔物の位置をはっきり思い浮かべているような話し方をしていたから、今はあまり使いこなせていないのかもしれないが実は精霊の眼っていうもの程はっきりした能力では無くても、探索能力としてはかなりのものじゃないかと思うんだ。


「そうなんでしょうか」

「ああ、ギルは今すぐは無理だけれどと言っていた気がするが、ユーナはもしかするとギルが思っている以上にポポとの絆が強くなっていて、だから能力も覚えているんじゃないかって気がするな」

「そんな事は……。ポポちゃんの事は大好きですけれど」


 戸惑う様なユーナの口調に、少し気が逸らせられただろうかとホッとする。

 今日はラウリーレンの件で色々あったと言うのに、迷宮を出ても憂鬱な事が起きるのは避けたい。

 俺は兎も角、ユーナは繊細だ。

 それを考えると、さっきターニャと会ったのも運が悪かった。

 今までもああやって親しくしたいと積極的に関わって来るのは何人もいたが、大抵は適当に流して深く関わらない様にして終わらせていた。

 なにせああいうのは、本人に言おうが周囲の誰に助けを求めようが、自分の都合が良いように言葉を受けとり態度が変わらないのが多い。

 自分に自信があるのか、自分だけは特別扱いをされる存在だと言わんばかりに時間も都合も気にせずに話しかけて来るから厄介なんだ。


「ポポちゃんと仲良くなればなる程覚える事が増えていくっていうなら、それこそがポポちゃんとの絆みたいで嬉しいですね」

「そうだな。ポポはユーナが好きだから、契約の精霊と親しくなるのが条件だとすればユーナとポポは条件を満たしているんじゃないかって思うよな」


 それにしても、さっきのユーナの怯え方は少しおかしかった気がする。

 ターニャの気配を感じていたというよりも、あの騒がしかった酔っ払い達を過剰に警戒していた様に感じたんだが何か理由があるんだろうか。


「なあ、ユーナ。もしかして酔っ払いがかなり苦手なのか?」

「え、いいえ。こちらに声とか掛けてきたら嫌ですけれど、ヴィオさんと一緒にいる時なら特には。あの、私の勘違いなのかもしれないんですけど、だから黙っていようと思っていたんですけれど、笑わないで聞いてくれますか」

「なんだ」


 ユーナは何故か声を低くし、周囲を警戒する様に視線を泳がせながら体を寄せて来た。


「さっきの人達、あの町で追いかけて来た人達に似ていた気がして。そう考えたら怖くなってしまって」

「あいつらが?」


 ユーナが言っているのは、ヤロヨーズの町でユーナを娼婦と間違えて追いかけて来た男達の事だ。

 遠目だったし暗いから、顔はそこまではっきり見えなかった。

 ユーナは俺よりも目が良いのか? まさか。


「気配の区別がつくのか? 顔がはっきり見えたわけじゃないよな」

「はい、暗いので顔ははっきり見えたわけではなくて、どう説明していいのか分からないんですけれど、あの人達を肉眼で確認する前に何か嫌な気配を感じたんです。それで嫌な気配の方を見たらあの人達がいて、その姿を見たらあの町で私を追いかけて来た人達の気配に似ているって分かったんです」


 気配が分かった。それは何となく理解出来る。

 迷宮や町の外で、魔物が近づいて来る気配は俺もはっきり分かるし、迷宮で感じる気配が魔物なのか人なのかの区別も着く。

 街中で今察している様に、変な視線等も勿論分かる。

 だが俺は、あいつらが以前の奴らだとまでは判断出来ない。


「安全地帯」

「え」

「ポポの精霊の眼にそういうのがあるのか分からないが、ユーナは元々安全地帯という能力を持っているだろ」

「ええ、あります。使い方が把握出来ていませんが」

「もしかして、精霊の眼か安全地帯の能力のどちらかで、過去に何かあった相手の気配を覚えていてそれが近づいてくると分かるんじゃないか?」

「そうなんでしょうか」

「分からないが、そういう能力を持っているなら、普段からそれを意識していれば上手く使える様になるかもしれない」


 ヤロヨーズで会ったあいつらのユーナの印象は、露出過多な派手な色の服を着て化粧をした女というものだろう。

 もしかしたら服の印象が強くて顔を覚えていない可能性もあるが、ユーナはこの国では目立つ外見をしている。

 顔立ちもこの辺りの人間では無いと分かるものだが、遠目でも印象が残りそうなのは、艶があり長い黒髪だ。そもそもこの辺りで黒髪は殆ど見ないしこれだけ真っ直ぐな髪も見ない。

 なにせ宿の女将が貴族の娘か何かかと誤解した程の、丁寧に手入れされたと分かる髪なんだ。

 

「以前も話したかもしれないが、この町は比較的安全だがそれでも注意は必要だ。スリはいるし人さらいだっている。一人歩きしている時は特に周囲で変な動きをしている奴がいないか警戒しながら歩くのは、ユーナに限らず当たり前のことだ」

「はい。私、どうしてもそういう警戒心が薄いですよね」

「そうだな、ユーナはなんていうか、スリに狙ってくれといって歩いてる様な感じはするな」


 リナもそうだったから、もしかするとユーナやリナが住んでいた世界は物凄く安全なところだったのかもしれない。

 なにせ、すぐに人を信じるし警戒しないし、なんていうか考え方の根本が善人過ぎると見た目で分かる感じがするんだ。

 何か落としものや忘れ物をしても戻って来ると思い込んでないか? なんて思う程出会ったばかりのリナは警戒心が無かった。

 リナ程では無いにしても、ユーナにもその傾向がある様に見えるんだ。


「そこまで酷くは、あるかもしれないです」

「だから、身を守る術は一つでも多く持っていた方がいい。この町にいるのは長くても半月程のつもりだったが、迷宮もあと十層だ。それが終ったら何度か迷宮攻略の講習の講師の仕事を受けて終わりだ。この町を出て他の場所の迷宮に向かう」

「つまり十日程度で出発するんですね」

「そうだ。あいつらがユーナの思っている相手だとしても、今の見るからに魔法使いの姿をしているユーナを攫おうとはしないとは思うが、警戒するに越したことは無いだからその間町を歩く時はフードを被って目立たない様にして、一人歩きも絶対にしない様にする。その程度の注意で問題は無いはずだ」


 ヤロヨーズで会った印象だと、碌な仕事には就いていなそうな感じの男達だったし人を攫い売るのを日常的にしている可能性も無くはないが、それを言ったらユーナは怯えて町を歩けなくなってしまうだろう。


「明日、ギルにポポがどれくらいで戻るか確認して、講習の話もしよう。それで具体的にいつ町を出るか決める。いいか」

「はい、ヴィオさん私、ヴィオさんに迷惑を」


 不安そうに俺を見上げるユーナに、意識して俺は笑う。


「ユーナのは迷惑なんてものとは違う。それに一緒にいる仲間を守らなくて何を守るんだ?」

「……ありがとうございます」


 それでもまだ不安そうなユーナの肩を抱く手に、俺は大丈夫だと力を込めたんだ。

 

※※※※※※※※※

ギフト&コメントありがとうございます。

小話読んで下さり、ありがとうございます。

リナ不憫です。

リナとユーナが仲良くなれる未来は無いだろうなと思いつつ書いてました。


レビューありがとうございます。

追放系の話沢山ありますが、自分から能力不足と判断して出てしまうのはあまり無いかもしれません。

カクヨムにもう一つ載せてますファンタジー「勇者パーティーをクビになったので、一人で魔王と戦うことにした」も一応追放系ですのでこちらも読んで頂けたら、幸いです。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る