不穏な空気を感じながら2

「ふっ」


 気が付いた事実に、つい笑ってしまう。

 こういうの、何ていうか嬉しいよな。

 ポール達は最初は俺と一緒に鍛錬をしていたものの、戦う能力が上がっていくにつれ一度さぼり、二度さぼりして最後にはとうとう朝の鍛錬を止めてしまった。

 一人減り二人減りしていくのを俺は諫めることはせず、子供じゃないから本人の意思に任せると言いつつも寂しさを感じていた。


 最後まで一緒に鍛錬していたのはリナだったが、彼女は本当は冒険者は向いていないと思っていたし、実際魔力は多くても攻撃魔法は使えず剣や弓等も苦手だった。

 リナは鍛錬を続けてはいても求めているのは強さじゃなくて、朝俺を一人で出て行かせるのか嫌だったんだろうと、今なら分かる。

 本気で冒険者として、俺達と一緒に迷宮攻略は出来ない。

 トリアだって戦う能力はリナと殆ど同じ、だが回復や補助魔法が主な能力の彼女がいればいい、自分は後方支援で頑張るからと言い切った。

 それは悪い事じゃない、そういう考え方もあると理解していた。


 迷宮に入り続けていけば、上の迷宮を目指して入り続ければ戦う力はついて来る。ポール達はまだ若くて、そもそも俺と違って才能があるんだ。地道な鍛錬なんて必要ないと思っても仕方ない。

 俺のやり方とポール達のやり方は違う、俺はもう冒険者人生の折り返しに来ている人間で、ポール達はまだまだ登り坂の途中、それがそもそも違う。

 それでも淋しかったんだ。

 俺は、多分寂しかった。

 

 俺は自分勝手だった。

 朝の鍛錬を止めたことも、守りの魔物を一人で狩るのを自分もやってみたいとドニー以外の誰も言い出さなかったことも、出ていくと言った俺を止めなかった事も。

 自分勝手な思いだと分かっていながら、寂しかったんだ。


「どうしたんですか、ヴィオさん」

「いいや、ユーナは似て来たなって俺も思っただけだ」


 今更考えても仕方ない苦い思いを無理矢理飲み込んで、俺はユーナに笑い掛ける。

 魔物が怖いと泣いていたくせに、たった一ヶ月でユーナは強くなった。

 強くなって、こんな発言をするまでになった。

 ユーナは、二人なら大丈夫だと言い、強くなって一緒に迷宮に入り続けるとまで言ってくれたんだ。


「えええ、似てきましたか? どの辺りですか」

「その、ちょっとでも依頼達成出来ると考える辺りかな」


 まだまだ格上の魔物のトレントキングとでさえ、ユーナは俺が戦っているところにいる為なら覚悟を決めると言う。

 俺が年を理由に弱気な事を言っても、まだあがける筈だ方法はある筈だと励まして二人なら大丈夫だと笑って見せる。


 十以上も年が離れているっていうのに、俺の方が励まされてるんだ。

 こんなの、初めての経験だ。


「えぇっ。似てますか? ううん、そうですねヴィオさんなら同じこと言いそう」


 嫌そうな顔でユーナは、自分の発言が俺の考え方に似ていると認めてしまった。


「うわぁっ。ヴィオさんだけでもとんでもないのに、ユーナちゃんまで」

「何か文句があるのか」

「無いですけど、肉余ってますから、買い取り出来ませんから大量の持ち込みは勘弁してください」


 チャールズはぺこぺこと頭を下げて、おどけてみせる。

 肉は大量に余っているだろうな、俺が今まで売り過ぎていた。

 でもお陰で市場でも魔物肉の串焼きを売る店が増えたし、悪い事ばかりじゃない筈だよな。


「肉が余っているのは分かってるさ、必要ならいつでも言ってくれ」

「はい、ありがとうございます。こちらの都合で申し訳ありません。他のギルドで大量に依頼があれば回してくれる様伝えていますので」

「ああ、ありがとう」


 売っても売らなくてもどうでもいい、売らないなら今後の食料にすればいいだけの話だ。

 今後ユーナが精霊の台所で料理を作る時、もしかすると肉を大量に使うかもしれない。それに、ユーナは探求心があるから、大量に食材があればそれを使える料理はないかと考えそうだし。


「買い取り額はこちらです。どうなさいますか」

「ユーナ、どうする?」

「ええと、とりあえず口座に全部預けます」


 ユーナが殆ど狩ったから、買い取り金額は全部ユーナの口座に預け俺達は手を繋ぎギルドを出た。


「わあ、すっかり夜ですね」

「そうだな、だいぶ雰囲気が違って驚いたか」

「そうですね。市場でも感じましたが別の町みたいです」


 飲み屋が立ち並ぶ通りは避けて宿へと向かうが、それでもこの時間は酔って気が大きくなっている奴らが多く町を歩いている。


「ヴィオさん」

「ん?」

「あの」


 ユーナは、少し離れた場所からこちらに向かい歩いて来る男達を見ている。

 まだ時間的にはだいぶ早いんだが、すでに泥酔している様で大声をあげつつ周囲に絡みながら歩いている。


「俺いるから大丈夫だ、視線を合わせない様にだけしていろ」

「はい、あのヴィオさんもう少くっ付いてもいいですか」

「不安ならしがみ付いてろ」


 ユーナと一緒に店に入る時でも、俺達が入るのは定食屋ばかりで飲み屋にはいかない。外見的に目立つユーナを連れてそんな店に入るには、ユーナがまだこの世界に慣れていない。


「はい」


 町で男達に追いかけられた事でも思い出したのか、ユーナはギルドの中で見せていた元気よさはすっかりとどこかに消えてしまい、繋いだ手ほどき俺の腕にしがみ付く。


「そう怯えるな。不安なら一旦ギルドに戻るか」

「大丈夫です、でもちょっと魔物より苦手かもしれません」


 その言い方ってどうなんだ。

 つい笑いそうになりながら、まだ少し遠くにいる男達を見つめる。

 冒険者には見えないが、この町の住人にも見えない。


「なんだあ、この町はしけてんなあ」

「本当だな。ここは迷宮も大したことないらしいが、町も駄目だな」

「いい店もないし、いい女もいねえと来てる」


 酔っぱらっい特有の大声で町を馬鹿にしながら歩くのは、見るからに柄の悪そうな男達だった。

 なんていうか、小物感漂う感じだ。

 まだ距離があるというのに、ここまで何を話しているのか聞こえる。


「あ、ヴィオさん。今帰りですか?」

「ああ、あんたは仕事終わったところか」


 怯えるユーナが気の毒でなるべく目立たない様に早く宿に帰ろうとしていたら、運悪く声を掛けて来る奴がいた。

 

「そうなんですぅ。私仕事終わりですごぉくお腹空いていて。ヴィオさんもしよかったらこれからどこか行きませんか」


 相変わらず隣にいるユーナが視界に入っていないかの様な態度で話しかけて来るのは、ギルドの受付嬢ターニャだった。

 悪気という程では無いにしろ少し嫌な気配に、とっさにユーナを背に庇おうとして男達の声に思い直しユーナの肩を抱きよせる。

 

「悪いが俺達はもう食事を済ませてるし、今日は迷宮に長くいて疲れたからもう宿に帰って休むつもりなんだ」

「ええっ、そうなんですか? やっぱり新人のお世話が大変なんですか」


 もう一人の受付嬢アリアはユーナにもそれなりに好意的だが、ターニャの態度は露骨だ。露骨過ぎて分かりやすいが、どうにも面倒だ。


「嫌、そういうのは無いな、攻略も順調だしな」

「そうなんですかぁ。なんだか他の人達も彼女を気遣い過ぎというか、そういうのどうなのかしらって私気になっていて」


 なんていうか、こういう女性はどこの町にもいるが、ターニャは自分に自信があるのか余程ユーナと合わないのか悩むところだが、仮に俺と仲良くなりたくてユーナが邪魔なんだとしても、一緒にいる女性に攻撃的な人間に好意を持つと思う方がおかしいって俺は思うんだが。どうなんだろうな。


「他の奴らの考えは俺には分からないが、皆が気にかけてくれるのは有難いし俺は嬉しいが」

「そうなんですか? 他の人達に媚びてるから周囲が気にしてるとか思いません?」

「思わないな、そういう子じゃないって分かってるからな」


 こういうのは相手にしないで流す方が良いとは思っていても、悪く言われるのが嫌でついついユーナを庇ってしまう。


「ヴィオさんがいないところで、とは思いませんか」

「思わないな、そんな器用に態度を変えられる子じゃないからな。もういいか、俺達は疲れてるんだ」


 笑顔で言いながら、でも口調は少しばかりきつくなる。

 どうにもこういうのは苦手だな。


「じゃあ、えええ。帰っちゃうんですかぁ」

「明日も早いからな。じゃあ、気を付けて帰れよ」


 ひらひらと手を振って、別れる。

 男達はターニャと話す俺達を見ていた気がしたけれど、いつの間にかどこかの店へ入って行ったのか姿が見えなくなっていた。



 


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