迷宮攻略とユーナの魔法5

「分かりました。ヴィオさんありがとうございます」

「ん?」


 なんで礼を言われたのか分からずに、ちらりとユーナに視線を向けると真面目な顔でこちらを見ていた。


「ヴィオさんは、色々私のために考えてくれるから、だからありがとうございます」

「そんなの、礼を言われる話じゃない。ユーナと俺はパーティーを組んでる仲間だろ。仲間のユーナが困るって事は俺も困るって事なんだから、俺がやってることなんか当たり前のものばかりだぞ。むしろ気遣いが足りてないだろ」


 何せ俺は基本的になんでも雑なんだ。

 雑な俺と繊細なユーナの組み合わせなんだから、どちらかと言ったらユーナが俺に気遣ってる方が多いくらいだ。


「気遣い、うーん。ヴィオさんに足りないのは気遣いじゃなくて、言葉かなとは思います」

「言葉」

「後々考えるとヴィオさんが心配してくれていたんだなとか、私のためにしてくれていたんだって分かりますけれど。ちょっと戸惑う時があるので、出来たらその場で教えて欲しいです」


 そんな時があったかな、自分ではよく分からないがユーナはそう感じてたって事は、俺が無意識に何かしてたんだろうか。


「そうか、気をつける。気をつけるが、いっそ聞いてくれた方がありがたいかもしれない」

「え、どうしてですか? あっ、風の刃っ、風の刃っ!」


 かなり離れているどころか向こうはこちらに気がついていないであろう距離にいる魔物を、ユーナは難無く風魔法で狩ってしまう。

 魔物の存在に気が付いてすぐに魔法を放てるのも、この距離で魔法を外さないのも流石だが、この癖が付くのはちょっとだけマズいかな。


「ユーナ、今は他に人がいないから問題無いが離れている場所にいる魔物は他の冒険者が狙っていたり戦っている場合もあるから、そこは気を付ける様にしていた方がいい」

「他の冒険者ですか?」


 何を言われているのか分からないと言う顔でユーナは聞き返す。

 まあ、実際今はいないと分かっていたからの行動かもしれないが、意識をするのは大事だから教えておく必要はある。


「そうだ、この迷宮はそもそも攻略パーティーが少ないからあまり神経質にならなくてもいいが、迷宮によっては俺達の近くに他のパーティーがいることだって無いとは言えない。離れた場所から魔法が当てられるのは凄いが、例えば見通しが悪いところでユーナが同じ様に遠距離から魔法を放って、それに気が付かず魔物に近付いた冒険者がいたとしたらどうなる?」


 そもそも魔法使いが素早く魔法を放てるなんて滅多にある話じゃないから、普通なら詠唱途中で冒険者に気がつくし、そもそもあんなに距離がある魔物に攻撃魔法を放つことはしないんだが、ユーナは詠唱短縮のお陰で魔法を立て続けに放ててしまう。

 どの迷宮もここみたいに見通しが良いとは限らないから、万が一が起きないとは言えないし、そもそもここも見通しが良いとはいえ、遠くには岩もあるし木も生えているんだから、見渡す限りの平原というわけではない。


「離れた距離から攻撃は駄目ですか」

「この距離から攻撃出来るならむしろ安全だが、ユーナの場合は魔法の発動がはやいだろ。だから見つけて即魔法を放つんじゃなく周囲に人がいないか確認する癖を付けておいた方が良いというだけだ」

「人がいないか確認する、ですか?」

「そうだ。魔法を放つ際普通は長い詠唱が必要になるが、ユーナの場合は詠唱短縮でかなり発動が早いだろ」


 これだけで分かるだろうか。

 全部教えるんじゃなく、考えさせるのも必要なんだが俺はこの辺が苦手で全部教え込もうとしてしまうし、考えさせようとすると逆に必要な事も言わずにすませてしまうんだよなあ。

 あれ、これがユーナが言った言葉が足りないという部分なのか?


「あ、そうか、普通は詠唱しながら周囲を見渡せるんですね」


 さっき魔物を狩った方角へ歩みを進めながらユーナは暫く考えた後、やっと口を開いた。

 ポール達とユーナではこういうところが違う。

 あいつらは考える前に「それどういうことですか」と聞いて来た。

 俺がわざと説明を省いても、そうでなくても分からなければすぐに聞いてくる。

 ユーナも疑問を口にはするが、自分の考えを言ってその答えを求めて来るんだ。

 最初から「それはどうして」とか「教えて下さい」で終わらない。

 

「……そうだ。俺みたいな剣士ならそもそもあんな遠くに攻撃は出来ないから、魔物に近づくまでに周囲の確認が出来るが、今みたいに遠距離で攻撃を周囲の確認無しにしたら万が一という事もある」

「人に当たるかもしれないし、間違って人を攻撃するかもしれない、ですね」

「それたけじゃなく、獲物を横取りしたと言われかなねない」

「横取り、ギルさんに魔物は最初に攻撃したパーティーのものだと教わりましたけれど、実際には攻撃の前に見つけたが付くってことですか?」

「そうだ。魔物を見つけて、すぐに攻撃出来る場合ばかりとは限らない。例えば岩陰に隠れて攻撃の機会を計っている場合もある。それに気が付かずユーナが魔物を狩ってしまうと揉める原因になる」

「どちらが先に見つけたなんて判断しようがありませんけれど、自分達が狙っていた獲物だったと言われたら反論できないかもしれないですね」

「そういうことだ」


 自分で考え答えを導き出す。

 ユーナは常にそうしている気がする。

 依頼を受けてライと共に資料室の仕事をしていた時もそうだ。

 ユーナは、依頼された内容以上の事を考えライに提案していて、その結果資料室を利用する者が増えたんだ。


「確かに今の私の攻撃の仕方じゃ相手が剣士だった場合反論も出来ませんよね。多分普通ならここから攻撃するとは思わないですもんね」

「この距離で下級の攻撃魔法が届くとは俺も思わなかったからな」

「結構届いちゃうみたいなんですよね。練習場私の貸し切りみたいになってた時も多かったので、色々検証したんですよ的と自分の距離を変えたり的の大きさを小さくしたり。ほら、詠唱苦手だったし魔物怖いし、なるべく離れて攻撃したいなって思ったので」

「的を小さく?」

「ええ、あの魔道具から出る的って出る位置も変えられるって知ってましたか? どういう仕組みか分からないですが、練習場の天井って物凄く高くなっているので的を天井ギリギリにまで飛ばしてそれを狙って攻撃魔法を放つんです」


 そんな練習方法聞いたことがない。

 ユーナはそれを自分で考えたのか、魔物から離れて攻撃出来る様に練習するとか初心者が思いつくものか。


「凄い練習の仕方だな」

「ふふふ、そうですよね。ギルさんにも呆れられました。魔物が怖いからって離れて攻撃しようと考えるのは私位だって。でも出来ないなら出来ないなりに工夫しようとするのは良い事だとも言われましたよ」

「そうだな。そういうのは大事だな」

「ですよね。ふふふ、私だって出来ないままじゃないですよ。この世界についても魔物についても迷宮についても素人ですけれど、知識は努力で増やせますし分からない出来ないなりに工夫だって出来ますもん」


 ユーナは得意そうに笑うけれど、俺は頭を殴られた様な衝撃を受けていた。

 ああ、そうかこういうのが積み重なっていたんだ。

 俺はポール達が「なんで、どうして」と聞いてくる事に答えるばかりで、自分で考えさせようとはしなかった。

 俺は別に師でもなんでもなく、ただ年が上なだけの同じパーティーの仲間だったというのに。

 パーティーが毎日の迷宮攻略で使う薬や道具の補充も、パーティー資金の貯め方も攻略の進め方や迷宮の情報を集めるのも、指示するより考えさせるより自分が動いた方が楽だったから俺はあいつらに先んじてそうしていた。

 パーティーのリーダーはポールだと言いながら、俺がそうして何でもしてしまい何でも答えてしまうことでポールが考える機会を奪っていたのかもしれない。

 そして同じようにニック達の考える機会も俺が無くしていたのかもしれない。

 俺にとってポール達はいつまでも出会った頃の幼いままで、俺が常にあいつらを引っ張り導く。仲間だと言いながらそうじゃなかった。

 俺は自分が何でも判断して、何でもやって当たり前だと思い込んでいたのかもしれない。

 自分はあいつらよりもかなり年上で、だからあいつらより何でも勝ってないといけなくて、だから弱いところなんて見せられない。

 いつの間にかそれが俺の中で絶対になっていて、だからこそ自分が老いて動きが悪くなったと感じた時に絶望した。

 絶望して、だが誰にもそれを言えなかった。

 仲間だと思っていた、下に見ていたつもりは無かった。

 だが、俺は仲間だと思いながらどこかでずっとあいつらの保護者の様な気でいたんじゃないのか? だから、自分の不安を言えなかった。

 弱いところをあいつらに見せて、不安を吐露して見捨てられるのが怖かったんだ。

 俺があいつらをちゃんと仲間だと認識して、自分の弱いところを不安を打ち明けていたら変わっていたんだろうか。

 俺は、そうしていたら今でもあいつらと共にいられたのか? 今でも?


「ヴィオさん?」

「ユーナは凄いな、ユーナのそういう工夫しようとするところ、本当に凄いと思うぞ」

「え、そうですか。ふふ、褒められちゃった」


 無邪気に喜ぶユーナを見ながら、俺は自分の情けなさに後悔していたんだ。

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