動きだせ10 (ニック視点)

「じゃあ、皆にもよろしくね。あ、今日迷宮で会うかしら。お互い頑張ろ」

「うん、リナちゃんありがと」


 漸く泣き止んだドニーは、いつもより少し幼い感じの話し方でリナにそう言うと手を振った。

 こうして見るとドニーって俺達よりもかなり年下なのかもしれない。

 いつもは生意気で自信満々な態度が目に付く奴なんだけど、リナに甘えてる様にも見えるのが意外過ぎて声も出ない。


「さて、行こうか。ごめんねニック付き合わせて」


 走り始めたリナは、今の説明をする気はなさそうだけど俺は気になって聞いてしまう。


「ドニーって昔から知ってたのか」

「え、ああ。ニック達はあの時はドニー達と話をしなかったんだっけ」


 あの時と言われても、全く覚えがないから俺は返事のしようもないんだけど、いつの事言ってんだろ。


「かなり昔にねナンタランでドニー達と会ったのよ。会ったというかあの子達無謀にもヴィオさんからマジックバッグを掏ろうとしたの。ヴィオさんも若かったとはいえ、凄いでしょ」


 くすくすと笑いながらリナは懐かしそうに話す。

 ナンタランってまだ俺達が下級冒険者だった頃に行った町だ。

 ここからだとだいぶ南に位置する町で、名無しの下級迷宮があった程度にしか覚えてない。


「ヴィオさんから掏ろうなんて、無理だろ。どこにそんな隙あるんだよ」


 ヴィオさんだって若かったけど、でも俺達が出会った頃にはもう凄腕の冒険者になってたってのになんでよりによってヴィオさんからなんて考えたんだろ。


「全く無くてすぐにヴィオさんが捕まえて、ドニー達皆ヴィオさんにお説教されたのよ。その後屋台で串焼き奢られてあの子達懐いちゃったの」

「えええっ」

「ほら、ヴィオさんってお腹空いてると良い事考えないって信じてるところあるでしょ。だからこれからの事考える前にまずは腹ごしらえだって言ってね」


 リナの話はすっごく納得な展開だった。

 俺達が落ち込んでる時も、まずは食えって言って屋台で串焼きや煮込みなんかを買ってくれるんだ。俺が好きなのは味を濃いめに付けたくず肉と野菜を煮込んだ煮込みで、ポールやジョンは串焼き、トリアやリナは小麦粉と刻んだ果物を混ぜて焼いただけの菓子が定番だった。

 辛くても悲しくても、腹一杯食ったら元気になれるんだぞって言いながらヴィオさんから買って貰ったそれらを食べて、弱々だった俺達はちょっとずつ強くなったんだよ。


「ヴィオさんらしいや」

「でしょ。ヴィオさんって息するより簡単に懐かせるのよね」


 息するより簡単に懐かせるって、なんだそれ。

 あんまりにもぴったりな言い方に、俺は思わず立ち止まって笑いだす。


「なんだよ、それリナぴったりだよそれ」


 笑いがやっと治まってまた走り出しながらそう言うと、リナはまたくすくすと笑う。


「でしょ。あの人、ちょっと目を離すと誰かを助けてるし、誰かを餌付けしてるし、誰かに慕われてるのよ。ドニー達もそうだったの、あの町の孤児院は物凄く貧乏で一日一食の食事も難しい環境だったから、ドニー達は思い余ってヴィオさんから掏ろうとしたんだけど、十歳になったかならないか位の子供が出来るわけないじゃない。それでドニー達の話を聞いたヴィオさんは皆を冒険者ギルドに連れて行って、ヴィオさんが保証人になって見習い登録させたのよ」

「ああ、子供は登録するのに保証人が必要だもんなあ」


 俺達は孤児院の院長が保証人になってくれたけれど、それすらしてくれない孤児院だったのかと思うと胸の奥が痛くなる。

 俺達も孤児だったから分かる。親のいない子供が無事に大人になるには何を食っても死なない丈夫な体とそれ以上に頑丈な心が必要なんだ。


「あの町には結構長く居たじゃない。その間ヴィオさんはドニー達のいる孤児院で戦い方を教えて、食料も衣服も何度も差し入れて、ドニー達以外の子供も見習いの登録が出来る子の保証人になったの。孤児院の敷地を耕して畑も作ったわ。森から腐葉土を沢山集めて畑の土に混ぜ込んだりして、ヤギと鶏も飼える様にして子供達に世話の仕方を教えたりしてね」


 そこまでしてたのか、なんで俺達気が付かなかったんだろ。

 あの頃はまだちゃんと朝の鍛錬だってしてたよな、俺達。


「ヴィオさん、私達が町から出た後も孤児院の子供達が飢えたりしないように色々考えて動いてたの。そんなことしたらさ、そりゃドニー達がヴィオさんに心酔しちゃうの当たり前でしょ。ドニー達、私達が町を出るって決まった時大泣きしちゃってね。その時に約束したのよ。いつかどこかの町の迷宮で会える事があったら、胸張って稼げる冒険者になったって報告出来る様になるって」

「それがこの町」

「そう。ヴィオさん、中級になったら経験積んで森林の迷宮に行くんだって、そして自分の夢は今のパーティーで天空の迷宮に行くことなんだって言ったのよ。だからドニー達は中級になってすぐにこの町に来たみたい」


 幼い子供、まだ十歳のやっと見習いに登録したばかりの子供にヴィオさんは夢としてそう語ったんだ。


「中級で初めてがここの迷宮かよ」


 それはなんていうか、無謀だ。

 中級の迷宮の中でも、森林の迷宮は難易度が高いっていうのに。

 でも、そうかあドニーにとってもヴィオさんは憧れの人だったんだ。


「そうよ、凄いよね。どんだけ急いで中級になったのか分からないけれど。必死に努力して森林の迷宮に来たんだもんねえ。あの頃からポールをライバル、ええとまあ意識してたけれど、この町に来たら露骨過ぎて笑っちゃった」


 リナはたまに分からない言葉使うけれど、ライバルってのもこの国の言葉じゃないよなあ。でも何となく言いたいことは分かる。


「嫌ってるんじゃなくて、ヴィオさんに認められたい同士で張り合ってたのか」

「そういう事。でもポールがあんまりにも落ち込んでるから、歯痒くなっちゃったのよね」

「なるほどなあ。それはポールは気が付かないよ」


 ポールはドニー嫌いだもんなあ。

 まあ、いい加減ポールも吹っ切っていい頃だと思うけどさ。昨日のあれは逆効果になってなきゃいいけど。


「でしょうねえ。ポールはどうしたらいいのかしらね、私達が怒るのも違うし、励ましても本人の気持ちが動かない限りどうしようもないでしょうし」


 話をしながらリナは何かを考えている。

 ヴィオさんがいなくなって、リナが何故か皆から頼られる立場になりつつある気がする。ヴィオさんがいた頃は、リナも俺達と同じ位置にいたと思うのに、今は俺達がリナに相談してリナが悩みを解決する手助けをしてくれるとか、そういう位置にいつの間にかなって来ている気がするんだ。


「ドニーの気持ちはありがたいけどさ、俺はポールが自分で立ち直るしかないと思うんだよ。俺達だってヴィオさんがいないの納得してないけれどさ、それって今はもうどうすることも出来ないだろ。俺達は俺達なりに強くなって、森林の迷宮を攻略して上級を目指す。それしかないだろ」


 走りながら会話する。

 リナが頼りになっても、頼り切らない。そうしないと今度はリナが潰れてしまいそうな気がする。


「そうね」


 リナは返事をして、走る速度を上げる。

 一ヶ月程で、この程度走っても息切れすることは無くなった。

 これで強くなる事は無いとしても、僅かな変化は俺の今を支えてる気がする。


「上級になったら、俺はヴィオさんを探したいけど。リナはどう思う?」

「私はそのつもり、ヴィオさんがどこにいても探して絶対にまたパーティーを組むわよ。これは絶対。あれ、ポール?」


 言い切ったリナが指さした方向から走って来る人物を、俺は戸惑いながら迎えたんだ。


※※※※※※

レビュー頂きました。

ありがとうございます。

誤字多くて申し訳ありません……、注意しているつもりなんですがなかなか無くならず……。

 

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