迷宮攻略とユーナの魔法1

「ヴィオさん、どうしてこんなに明るいんですか? ここ、迷宮の中ですよね」


 転移の門から十層に向かい守りの魔物を狩って階段を上った先に広がっていた景色に、ユーナは歓声を上げた後首を傾げながら振り返った。

 この迷宮は十一層から十六層まで外の昼間の様に明るいし、見た目も洞窟の様ではなく壁際までいかなければ草原と言って良い風景だ。

 日差しがないのに植物が育つのかという疑問は残るだろうが、そもそも十層から下も薄暗くはあっても真っ暗闇ではなかったのだからユーナの疑問って実はちょっと的外れでもある。


「そうだな。でも今までもそれなりに明るかっただろ」

「あ、そう言えばそうですね。あの灯りってどこから? でも、ここって迷宮から出たって言われても信じちゃいそうな位明るいんですもの、ほら雑草もこんなに……あ、薬草。ヴィオさん採取してもいいですか?」

「良く見つけたな」


 話しながらもきょろきょろと周囲を見渡していたユーナは、目敏く薬草を見つけた様だ。

 ユーナが指さした地面に生えていたのは、魔力草と毒消し草と薬草だ。

 下級冒険者に取って、迷宮に生えている薬草は怪我した自分を助けてくれるし貴重な収入源でもあるが、いかんせん採取する余裕がない場合が多いし、比較的買い取り額が高い魔力草は雑草との見分けが難しい。

 ユーナは今まで毒消し草と薬草しか採取して無かったと思うんだが、魔力草も見分けられたのか?


「はい。これはまだ採ったことがないものですけれど、葉の裏に赤い筋がありますし魔力回復薬に使われる魔力草じゃないかなと。うん、やっぱりそうです」


 ぷちりとユーナは葉を一枚採取すると、そのままユーナの収納に仕舞う。

 ちゃんと魔力草の葉裏の赤い筋に気が付いて雑草と見分けていたのは流石だ、資料室でかなり勉強してたんだろう。

 魔力草は毒のある雑草と似た葉の形をしているから、初めて魔力草を採取する者は大抵その雑草を大量に採取してしまうんだ。


「収納で分かったのか」

「はい、やっぱり収納に入れるとそれが何なのか分かる様になったみたいです。何故なんでしょう。不思議です」


 不思議ですと言いたいのは俺の方なんだが、ユーナは自分が元々持っていた収納の能力についてはあるがままに受け入れている様で、急に知らないものを収納してそれが何なのか分かる様になったというのに、「何か急に分かる様になっちゃったみたいです」で終わらせていた。

 今までは自分が元々向こうの世界で持っていた物と、それがどういうものか分かって収納した物だけの名前と数量が分かるだけで、それ以外、例えばユーナがこの世界で何故か狩れた魔物である角兎は※※死体(一)としか分からなかったらしい。


「ヴィオさんヴィオさん、私試してみたい事があるんですけれど今この層って私達だけですよね」


 何かを思いついたのか、ユーナはぴょんぴょん飛び跳ねる様にして俺の近くを歩きながら聞いて来た。歩く度にお下げにした髪も揺れる。

 今日のユーナは長い髪を二つに分け、それぞれ耳の下辺りで三つ編みに編んでいる。

 今朝ユーナが髪を結っていた時、毎日結い方が違うのは彼女なりのこだわりなのだろうが器用に結うものだなと感心しながら見ていたら「ヴィオさん、そんなに見られてると恥ずかしいです」と怒られてしまった。

 厭らしい意味で見てたわけじゃないが、不快に感じていたならそれは俺が悪い。

 窓辺に座り櫛で髪を梳いている様子が何だかいいなとか、内心思っていたと気付かれていたらかなり気まずいし、オッサンにそんな風に思われてたら気持ち悪すぎるだろうと謝ったら、何故か俺の髪を結わせてくれたら許すと言い出した。

 俺の髪は癖があり短すぎると鳥の巣の様になるから、肩につくかどうかという辺りまで伸ばしている。その方が手櫛で何とかなるから楽なんだが最近不精して切っていなかったから、結おうと思えば後ろで一つ結び位は出来る長さになっていた。


「ん? ううん、そうだな。少し離れたところに魔物がいるだけだな」


 ユーナに一つ結びに結われた髪になんとなく触れながら、周囲の気配を探る。

 ざっくりとしか俺は分からないが、人と魔物の気配は分かる。

 今は魔物の気配がするだけだ。


「じゃあ試してみますね。魔力草だけ収納。あれ? 駄目みたいです」

「ふっ。何がしたかったんだ」


 迷宮の中だというのを忘れた様に、呑気に首を傾げながら地面を見ているユーナに苦笑しながら確認する。

 収納の何かを試したくて考えこんでいるのは分かるが、ちょっとユーナは雰囲気がおっとりしているというかのんびりしている様に見えるんだ。


「昨日、沢山散らばっていた素材を一度に収納出来たので、例えば魔力草だけ採取出来ないかなあって思ったんですが」

「出来なかったか」

「落ちてるのも、生えているのも変わりないと思ったんですけれど」


 呑気に出来ない理由を考えているユーナは、ブツブツと何かを呟きながら地面をじいっと見ている。

 昨日、地面に落ちた大量の素材を一度にまとめて収納したのには驚いたが、あれを生えた状態の薬草にもやろうとしたらしい、その発想力に驚く。


「うーん、色々試してみましたが駄目見たいです。ヴィオさんちょっと待っていて下さいね。採取します」

「ああ、いいぞ。周辺に魔物もいないし」


 俺が反省している間、ユーナは何かを試していたみたいだったが結局上手くいかなかったらしい。諦めた様子のユーナはしゃがみ込み薬草を採取し始めた。


「魔力草って迷宮の中でしか生えないって本当ですか? あ、これは雑草、魔力草って見分けが難しい」


 ちゃんと区別がついているんだから十分だ、とは言わずに周囲を警戒しつつユーナを見守る。

 魔力草がどこに生えているのかも、ユーナはちゃんと調べていたらしい。


「そう言われているな。魔素が濃いところに生えるんだろうっていうのがライの考えみたいだが」

「魔素が濃いですか、それなら確かに外では生えそうにないですね」


 うんうんと頷きながら、ユーナは手早く採取している。

 資料室で仕事をしていたのは無駄では無かったらしく、ユーナはこの迷宮についてそれなりに知識を持っているようだ。

 魔法の練習も熱心な上、勉強熱心で、料理は美味いし頑張り屋だしと非の打ち所がない様に見えるユーナの欠点は、辛いのを一人で我慢してしまおうとする所だと思う。

 怖がりだし、魔物に怯えて泣いたりもするが言っても仕方がない事は一人で抱え込んで話さず我慢してしまう。そういう印象がある。


「魔力薬を沢山採取出来たら、一つ依頼達成扱いになりますよね。迷宮用の常設依頼に確か魔力草の採取があった気がします」

「よく見てるな。魔力草は十枚一束として、五束で依頼一回分だ依頼料も銀貨五枚だからそこそこの稼ぎだな」

「迷宮の中は沢山採取しても次の日には戻っているんですよね。遠慮せずに採取していいですよね。他の薬草もあるみたいですし頑張らなくちゃ」


 無理にはしゃいで話している様に見えるユーナの小さな背中に、何か励ます言葉をと考えても上手い言葉が浮かばない。

 今朝、収納の中を確認していたユーナが一瞬見せた表情が忘れられなかった。

 昨日俺達が食べた『おむすび』は、俺が一つ食べきってしまった分だけ戻っていなかった。ユーナが食べた物では無かったのは、箱に残っているおむすびの形で判断出来た。俺とユーナが一つずつ食べて、後はそれぞれ半分を残して箱に戻した。

 結果、俺が食べた一つ分箱に空白が出来ていた。

 理由は分からないが、分かりやすい結果だ。

 ユーナ以外が一つを食べきってしまうと次の日になっても戻らないが、食べきらなければ何故か戻る、らしい。

 これも収納の能力の内なのか、それともユーナの別の能力なのかは分からない。分かっているのは、その空白を見つけたユーナが一瞬だけ顔を歪めた後、その後俺の方を見て「なんで戻るんでしょうね、不思議です」と今にも泣きそうな顔で笑ったという事だけだ。


「ユーナは薬草採取が丁寧だと、チャールズが褒めていたぞ」


 まだ残りはあるし、自分が食べるだけならこれ以上減らないかもしれない。

 多分そんな風には考えられなかったんだろう。


 一緒にこの世界に来たものが、減ってしまった。


 あの箱の中の小さな空白が、ユーナにそう感じさせたのかもしれないしもっと他の感情を与えたのかもしれない。


「本当ですか? やったあ。私採取方法頑張って覚えたんですよ。毒消し草は根本ギリギリ取らないといけないとか、魔力草は茎が長めなのは駄目とか」

「ライの資料を読みまくって覚えたんだな。ユーナは努力家だ、というか頑張りすぎというか」

「頑張りすぎ、ですか?」

「ギルが呆れていたぞ、迷宮入って初日に中級魔法覚えられる程、魔法の熟練度を上げている奴なんて初めて見たってさ」


 中級魔法は一つの下級魔法の熟練度を最上まで上げると、一つ覚えるらしい。

 つまりユーナは火球の熟練度を中級魔法を覚える位上げていたから、昨日あの場で使える様になったということだ。

 昨日一人で魔法を使いまくっていたとして、使いまくっていた魔法が火球だったとしても熟練度なんてそんなに急に上がるものじゃないから、ギルドの練習場でそれだけ練習しまくっていたってことだ。


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