ユーナと下級迷宮1

「こ、ここが迷宮の入り口なんですね」


 ごくりと唾を飲み込んで、ユーナは両手で杖を握りしめながら迷宮の入り口を見つめていた。

 ポポを精霊王に預けてから三日目の朝、俺はユーナを連れて迷宮にやって来た。

 ユーナが資料室の仕事を終えたのがポポを預けた次の日だから昨日迷宮に来ても良かったんだが、ユーナの守りの魔石をこの町にいる細工師に首飾りに加工して貰う時間が必要だった。

 ユーナの守りの魔石は、俺が持っていたミスリルとドラゴンの皮を使い首から下げられる様に加工して貰った。魔石を細長く加工したミスリルで籠の様に編み込んだ中に入れ、ドラゴンの皮を鎖状に長く編んで長さを調節し真ん中に魔石を取りつけただけの簡単な物だ。

 ユーナの鞄に付与を付ける為その内王都に向かうつもりだったから、それまでの間に合わせだ。

 

「緊張してるか」

「大丈夫です。お守りがありますから」


 ユーナの顔を覗き込み顔色を確認すると、無理はしていなそうな笑顔と共に左手を見せて来た。


「ユーナのお守りはそれじゃないだろ」

「両方お守りです」


 笑いながらポンと胸元を叩く。首飾りは行動の邪魔にならない様服の中にしまってある。


「そうか、まあ思うのは自由だな」

「もう。大事なお守りですよ。茶化さないで下さい」


 ユーナが左手首に着けているのは、俺の守りの魔石を加工して作った腕輪だ。

 ユーナの守りの魔石を加工するついでに、俺の魔石も加工した。

 こっちは小さな魔石だから、腕に着けていても邪魔にならないだろうとミスリルで作った腕輪の土台に魔石をはめ込んで貰ったんだ。

 効果は何もついていないが、一応魔石だから何か付与してもらってもいいかもしれない。


「悪かったよ。ほら行くぞ」

「はい」


 まだかなり早い時間だから、迷宮の入り口は門番が立っているだけだった。

 剣の講習で顔見知りがかなりの人数出来てしまったから、声を掛けられてユーナの邪魔にならない様にと早い時間に出て来たのが良かったみたいだ。


「ここが入り口、十層毎に転移門が使えるからその場合はこの奥にある魔法陣を使って中に入るんだ。今日は初めてだから一層ずつ攻略していくぞ」

「はい」


 ギュッと杖を握りしめながら、ユーナは恐る恐るといった感じに足を進める。

 杖を使って魔法を使うのはユーナには向いていないらしいが、下級迷宮で魔法使いが杖無しは目立ちすぎるから誤魔化しの為に杖を持っている。


「空気が違いますね」

「分かるか」

「はい。境い目の森はあまり感じませんでしたけれど、ここは空気が違います」


 迷宮の入り口から中へと入ると、一層目は薄ぼんやりとした明るさの洞窟っぽい場所になる。灯りがあるわけではないが迷宮の中はそれなりに明るい。場所によっては昼間の様に明るく植物が外と同じ様に生えている場所もあるし、ごつごつした岩ばかりの場所もある。迷宮は不思議な場所なんだ。


「これが迷宮独特の空気だ。所謂魔素って奴が濃いからこそらしいが、迷宮がなぜこうなのか理由は誰も知らない」

「魔物を狩っても残るのは魔石と素材だけで、魔物そのものは消えてしまうんですよね。資料で読みましたが不思議です」

「あの森のトレントは全部残っていたが、あれは稀だな」


 トレントは他の迷宮ではあんな残り方はしないというのに、あの森のトレントもトレントキングも狩った後そのままの姿で残っていた。

 お陰でチャールズが大喜びして買い取りをしてくれた。トレントの枝も葉も根も需要があるらしい。


「じゃあユーナ、一層目に出る魔物は」

「迷宮鼠と迷宮兎の二種類で、明るい場所に薬草が生えている。で合ってますか?」


 合っていますかと聞きながら、ユーナの答えに迷いはない。

 資料室で仕事の合間に迷宮の資料を読み込んでいたというのは本当らしく、しっかりと覚えている様だ。


「合っている。迷宮鼠も迷宮兎も外の奴らより大きいから魔法も当たりやすいし、動きは目で追える程度の速さしかない。もし魔法を外したら俺が狩るから、現れても落ち着いて魔法を使えばいい」

「はい。落ち着いて、落ち着いて」


 言いながら中をゆっくりと歩いていく。

 今日は様子見だから、一層をのんびり攻略していく予定だ。

 見習い期間中体力作りも頑張っていたが、迷宮の中は独特の疲れ方をするから焦らず攻略を進めていくつもりだ。

 問題は三十層の壁に出るあの文字をいつユーナに見せるかだ。

 まだ一層目だというのに、あれを見せたらユーナが攻略を焦りそうだしあれの出現条件は大量の守りの魔物である一つ目熊を狩ることなんだから、ユーナが魔物を狩るのに慣れないと三十層に向かうのは難しいだろう。

 まあ、どうしてもすぐに見たいと言うならユーナを背負って三十層まで駆け抜ければいいだけなんだが。


「所詮鼠と兎だ。火球一発で倒せる。トレントに比べたら簡単だ」

「そうですね。トレントに比べたら……比べるものが間違ってる気がしますよ」


 じろりとユーナが恨めしそうな顔で俺を睨む。

 なんていうか、ユーナってどんな顔しても可愛いんだよなあ。だからつい笑ってしまう。


「なんで笑うんですか」

「いや、怒ってても可愛いなと思ってさ」


 俺は油断していたらしい、ついそんな事を口走ってしまった。


「え、あの。え?」

「……緊張はほぐれたか?」

「ヴィ、ヴィオさん! そういう揶揄い方は良く無いと思います!」


 緊張が吹き飛んだ様子のユーナは、両手を腰に当てた後大袈裟にため息を吐いてみせた。


「お蔭様で緊張が無くなりましたけど、そういうほぐし方は良く無いですからね」

「可愛いのを素直に言って何が悪いんだ」


 つい口走ったなんて死んでも悟られたくない俺は、真顔で誤魔化すのに必死だ。

 本心が口に出たなんて、いいオッサンがしていい事じゃないだろ。何やってんだ俺は。


「もお。可愛いって言われるの慣れてないんですから、揶揄わないで下さいっ!」

「本心本心。ほら、魔物が出て来たぞ。油断はするな」

「誰が油断させてるんですか! ええと、あれは迷宮鼠? ……火球!!」


 拗ねた様な声が迷宮鼠の姿を見た途端、真剣な声に変わる。

 ユーナは杖を両手で持ち、迷宮鼠目掛けて火属性の下級魔法である火球を放った。


「よし。上手く倒せたな」


 下級冒険者になったばかりとはいえ、ユーナは十分な魔力を持っているしギルが自ら教えただけあって魔力の込め方も上手くなってきたらしい。

 ユーナが放った火球一発で、迷宮鼠は魔石に姿を変え本体は消えてしまったんだ。


「倒せましたか?」

「ああ、ほら魔石が落ちてるだろ。拾ってみれば実感するか?」

「はい。行ってきます」


 少し離れた位置に落ちた魔石を、ユーナは速足で取りに行き嬉しそうな顔で戻って来た。


「ヴィオさん、魔石です!」

「うん。魔石だ。この迷宮の初討伐だな。そうだギルの渡してきた魔道具も見てみるといい」

「はい! あ、迷宮鼠って出ています!」


 嬉しそうにユーナは返事をして、魔石をマジックバッグに仕舞った後ギルが今朝寄越した魔道具を確認している。

 下級迷宮に初めて入る者達と同行者に貸しだしている魔道具で、何を討伐したか記録されるらしい。


「ちゃんと仕舞ったな」

「はい。大丈夫です」


 人前で収納から素材を出すわけにはいかないから、俺が昔使っていた収納量はそれなりしかないマジックバッグをユーナにあげたんだが、これなら無駄にはならなそうだ。


「この調子でどんどん進もう」

「はい。頑張ります」


 怯えた様子の無いユーナに内心安堵して、俺は次の獲物を探して周囲を見渡したんだ。


※※※※※※※※

ギフトありがとうございます。

毎日暑いですね。

皆様、熱中症に気をつけて下さいませ。

私は今日出先で熱中症になりかけました。

水分補給大事……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る