一日ギルドにいたら、昼位一緒に食うだろ
子供達は元気だ。
ギルに頼まれた剣の講習会は有料だというのに、申込みが殺到し一日四回の講習はどれも予定数を超えた人数で行っている。
下級も下の方だと魔法使いでも魔力量が低い者が多いから、物理攻撃の基礎程度は出来ないと迷宮で死にかける。
そんなわけで講習を受けに来たのが剣士や盾役だけでは無かったのも、講習人数が増えた理由だろう。
まあ、魔法は無理だが弓も槍もそれなりには使えるから基礎程度は教えられる。
今迄自己流でやっていた奴らには、初めて的に矢が当たったと喜んでいる者もいて、内心お前ら死ぬなよと心配になったのは内緒だ。
「ヴィオ先生!」
鍛錬場で子犬が跳ね回っている幻が見える程子供達は元気だ。
講習を受ける生徒、冒険者、そう思っていたのは一瞬ですぐに子供達とひとくくりになったのは、言動の幼さ故だった。
「お前ら素振り休むなよ」
「先生、俺どうっ?」
「俺どうとかいう段階じゃない、しっかり両手で握るんだ。おい、腰が引けてるぞ、下っ腹に力を入れて踏み込むんだ」
講習なのかなんなのか分からない、この程度で疲労困憊なのは何故なのか。
迷宮に入っている方がどれだけ楽か分からなかった。
「ほらそこ、そんな握り方じゃ剣が飛んでくぞっ、あぁっ」
言ってるそばから、剣がすっぽ抜けて飛んでいく。
「うぇえっ!」
うえぇじゃない。
剣の持ち方から教え直して、漸く形になってきた頃昼になった。
「今日はここまで」
「ありがとうございました!」
礼をして、木剣を片付けゾロゾロと鍛錬場を出ていくのを見送り、疲れたとため息をついていたらクスクスと笑い声が聞こえてきた。
「ユーナ」
「ヴィオさんお疲れ様です」
手提げ型の籠を持ち笑顔のユーナが扉のところに立っている。
今日は髪を左側に一つに纏め、耳の少し上辺りで結っている。顔周りは編み込んでいて手が込んでいる様に見えるが、ユーナは朝僅かな時間で結ってしまうから器用だなと俺は眺めるだけだ。
「お弁当、こちらで食べますか?」
「あぁ、そこに座るか」
壁際にある休憩用の長椅子を指差すと、ユーナから籠を受け取り歩いていく。
二人分の弁当が入った籠はそれなりに重い。
「今日は塩漬けにしたオークキングの肉を揚げ焼きしたものを、パンに挟んでみたんですよ」
椅子に座り二人の間に籠を置く。
「へえ、美味そうだな。これは?」
「これは人参の酢漬けです。こっちは鶏肉で野菜を巻いて煮込んだものです。卵焼きとこれはお芋を薄切りにして揚げ焼きしています。生のお野菜にはこっちのタレを掛けてくださいね。これは食後の口直しの果物と焼き菓子です」
宿で料理が出来る時間はそう長くないのに、ユーナは何品もの料理を作っている。
籠に入っていた以上の物は、ユーナの収納から出てきたんだろう。
「豪華だな」
「講習で疲れているみたいなので、沢山作っちゃいました」
「ありがとう、食べようか」
「ええ、どうぞ」
ユーナが差し出した皿に色々盛り付け食べようと口を開いた時、勢いよく扉が開いた。
「ヴィオさぁんっ、もし良かったらお昼どこかに……あ」
「なんだ?」
受付担当のターニャが、扉の前で呆然とこちらを見ていた。
「お昼用意されてるんですか? 外には行ったりしないんですかぁ?」
「ああ、昼はユーナがいつも美味いものを沢山作ってくれるからな」
なんだろう、ユーナから彼女と仲良くなったとは聞いていないんだが、約束していたんだろうか。違うだろうな、そうならユーナの名前も呼ぶはずだ。
「そうなんですか、じゃあ夜飲みにとかどうですか? 葡萄酒の美味しいものが揃ってるお店があるんですよ」
「悪いが酒は飲まないんだ」
「ええっ、そうなんですか?」
「あぁ。悪いが午後も講習が入っているから他に用事がないなら、食事させてもらっていいかな」
笑顔を作りながら皿を見せると、ターニャは少し怒ったような顔でユーナに視線を送った後扉を閉めて去っていった。
「ヴィオさん?」
「ユーナ、今迄昼は資料室で食べてたんだろ。彼女とかに誘われたことは?」
「無かったですね。ライさんはお昼は食べないみたいで、一人で資料室で食べていました」
そうなんだろうと思ったら、予想通りでガックリくる。
買い取り係のチャールズは、基本あの場所で昼を食べているらしいし、見習いがギルマスと一緒になんて普通はしないだろうから、基本一人だったんだろう。
とすれば、彼女は俺だけを誘いに来たのだ。
「ヴィオさん、お酒飲まないですね」
「付き合いでどうしてもという時は飲むが、自分からすすんで飲むことはないな」
「お酒弱いんですか?」
「いや、多分それなりに強いとは思うが、好きではないんだよ。ああ、でもユーナが飲みたいなら夜に宿で出してもらえるぞ。麦酒か葡萄酒だな」
酒は次の日体が怠くなるのが嫌で、自分からは飲もうとは思わない。
ポール達は普通に飲んでいたが、俺は水か茶ばかりだった。
「私飲むと頭が痛くなっちゃうので」
「それなら飲まないほうがいいな」
話しながら生野菜から口に運ぶ。
ユーナは生野菜があるとまずそれから食べるので、いつの間にか自分も同じ様に食べるようになっていた。
「このタレ美味いな」
「ふふふ、胡麻があったんですよ! すり鉢は無かったですけど調剤用の乳鉢があったので試しに使ってみたらいい感じに胡麻すり出来たんですよ」
「胡麻? 油にする奴か」
確か胡麻の油で料理する地域があった筈だ。
あれはどこだったかな。
「胡麻油使うんですか? 女将さんは知らないって言ってましたけど」
「ああ、ここからだいぶ離れた東の国だな」
話しながら思い出していく、確かリナが米とか醤油とか騒いで喜んでいたんだよな。
でも確か米は想っていたのと違うとかで、ガッカリしてたんだ。
「もしかしてお米とか醤油とか?」
「あるにはあるが、多分想像してるのと違うんじゃないかな」
「そうなんですか?」
生野菜を食べてから、焼いた肉と葉物野菜を挟んだパンに齧りつく。
噛んだ瞬間口の中にじゅわりと肉の味が広がり、こんがり焼かれたところが香ばしい。
「うん、何ていうか一粒が長くてパッサリした感じのものなんだ」
期待していたのに、リナががっかりしながら食べていたのを思い出す。あれは、可哀想だった。
「ああ、それはタイ米とかに近いのかもしれないですね。私が食べていたのはどちらか言えばモチモチした水分が多めのものですから、少し違いますね」
ユーナの言うタイ米が分からないが、求めているものとはやはり違うらしい。
「そうか、それでもいいなら王都の商業ギルドなら買えた筈だ」
「お米は食べたら余計に郷愁を誘われそうですが、醤油とか味噌とかあると料理の味付けが楽になるので嬉しいです」
味噌とか醤油か、マジックバッグの中にあったかな?
「ヴィオさん、なにか?」
「ええと、これか?」
リナは料理に醤油を使うのが好きで商業ギルドに取り寄せて貰っていたんだが、確か旅先でも使えるようにと俺のマジックバッグに預かっていたものがあった筈だ。
「ほらこれ」
「開けても?」
皿を膝にのせ、ユーナは醤油が入った壺を両手で持つと俺の顔をじいっと見つめる。
「ああ、使えそうならユーナが持ってていいから、味見てみろよ」
「はい……お醤油です」
蓋を開け、クンクンと匂いを嗅いで匙で少し掬って味見をした後、ユーナは卵焼きに醤油を何滴かたらして食べた。
「食べ慣れた味ではありませんが、これお醤油です」
「使えそうか」
「はい、王都に行く楽しみが増えました」
喜ぶユーナに頷いて、俺は美味い弁当を堪能したのだった。
※※※※※※
ギフトありがとうございます。
話が進んでいないので、お礼小話のネタに困っていたりしています。
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