ヴィオと下級冒険者たち1

「こんなに沢山、こちら頂いても?」

「ああ、いつも同じで悪いな」

「とんでもございません。ありがとうございます。あなたにイシュル神からのご加護がありますように」


 質素な服を着た女性神官が、俺に向かって祈りの形を取る。

 この町に来て半月、ユーナが見習いの仕事としてギルドの資料室で働いている間、俺は毎日迷宮に入ってた。

 一つ目熊の熊の手、皮に続き最上位品まで領主からの指名依頼になってしまったから、三十層でひたすら熊を狩りまくる。

 最初は躊躇いながら使っていた半刻効果の魔物寄せの香も、今は一刻効果のものに変えた。

 骨を得るにはその方が効率が良かったのもあるし、一つ目熊の動きに慣れて来て大量狩りが容易になり、半刻では物足りなく感じる様になってきたのだ。

 


 領主からの指名依頼は順調に数を稼ぎ、昨日で骨の方も必要数が揃った。

 揃ったのはいいんだが、余っているものがある。それが肉だった。


「オークキングに一つ目熊、貴重なものばかりです」


 女性神官の笑顔に、俺は苦笑で返す。

 これは信心からの寄進ではなく、ただの在庫消費なのだ。


 十層の守りの魔物は、ホブゴブリンだから肉は落ちない。ゴブリンより少し大きいだけのそいつは、通常魔石とホブゴブリンの棍棒を落とすんだが、上位で何故か弓、最上位は毒の短剣を落とす。

 資料室のライに頼まれて毒の短剣を集めたけれど、これは一回で必要数を揃えられた。

 それはいいんだが、問題は一つ目熊の肉だった。

 迷宮に潜り始めて半月、毎日三千以上の肉を持ち込むのだから、さすがにギルドの買い取りも限界が来た。 

 ギルド内には特殊な魔法陣があり、品物だけを他のギルドに送ることが出来る。

 こんな田舎町で大量に肉を買い取れる理由はその魔法陣のお陰らしいが、それでも限度があるらしくチャールズが申し訳無さそうに肉は買い取り数を一日二百個までにして欲しいと言い出したのだ。

 お陰で俺のマジックバッグにも、ユーナの収納にも大量の肉が死蔵されることになってしまった。

 まあ、腐るわけでもなし他で嫌になるほど稼いでるからいいんだが、宿でユーナが料理するにしても熊肉ばかりは彼女も飽きるだろう。

 それで思いついたのが、この町にある小さな教会だった。

 この国で信仰されているイシュル神を奉る教会は、この小さな町にもある。

 イシュル神は慈愛の神と言われているためなのか、どの教会にも孤児院と治療院がある。

 孤児院に暮らす子供達の食事としても、月に何度かある炊き出しとしても、肉や野菜は必要だから適量を持ち込む分には迷惑になることはない。

 だからこれ幸いと肉を持ち込むついでに、在庫消費をしてもらうお礼に教会に通う道の途中で野菜も適当に買い込んで渡していたのだ。

 まあ、ここに持ってくる肉の量なんてたかが知れているから、在庫消費なんて誤差の範囲なんだが。


「そういえばユーナさん、回復魔法の方の調子はいかがですか」

「ああ、だいぶ上達してきたみたいだ。また治療院で修行させてもらえると助かるんだが」


 ユーナは資料室の仕事の後、薬草採取の依頼の他治療院の補助の仕事も受け始めた。

 治療院の方は、回復魔法を覚えている者だけが補助の仕事をしながら神官から指導を受けられる。

 回復魔法の場合、怪我している者がいなければ使いようがないから治療院で練習させてもらえるのは回復魔法を使いこなしたい人間も治療院側も双方利益があるのだ。


「ユーナさんは人当たりもいいですし、回復魔法も上手ですから、来て頂けるのはこちらも助かります」

「そう言って貰えるとユーナも喜ぶだろう」


 資料室の仕事の合間ギルがユーナに面白がって魔法を教えているらしいが、攻撃魔法はあまり上達していないらしく、今朝も落ち込みながらギルドに向かっていたのだ。


「あ、ヴィオおじちゃん!」

「こら、おじちゃんじゃないでしょヴィオさんと言いなさい」


 孤児院の方から走ってきた子供達が、俺の顔を見て歓声を上げる。

 俺はおじちゃんでもおっちゃんでも呼ばれ方に拘りはないんだが、神官は気を遣っているらしい。


「……おじちゃん、駄目?」

「いや、それでいいぞ」


 年齢一桁程度の子供には十分俺はおじさんだろう、困ったような顔をしている神官に笑い掛けた後、腰を屈めて子供に返事をする。


「おじちゃん、肩車して!」

「ぐるぐるどんして!」

「かくれんぼしよー!」

「ごめんな、今日は時間がないからまた今度来た時な」

「えぇーっ!」


 迷宮からの帰りだから、あまり時間は取れない。

 子供達が大好きな遊び、ぐるぐるどんは子供の脇の下あたりを両手で持ち、上下に持ち上げたり下げたりしながら走り回るというものだ。

 ユーナは人間ジェットコースターみたいだと、意味の分からない言葉を使いながら笑っていたが、子供達は高い位置に体を持ち上げられるのが楽しいらしく、一度始めると延々と要求されるんだ。

 孤児院に暮らす十四人の子供全員に最低一回はやるせいなのか、僅かだが体力作りに役立っている気がする。


「もう夕方だろ、また今度な」

「今度っていつー?」

「あなた達がいい子にしていたらすぐに来てくれますよ。それより、ヴィオさんからお肉とお野菜を頂きましたから、今日の夕食は具沢山のスープですよ。皆でお礼を言いましょうね」


 神官の言葉にぎょっとして、俺は引きつった笑顔で後退りし始めた。


「お肉!」

「スープ!」

「わーい、わーい!」

「おじちゃんありがと!」

「ありがとう!」


 ギュウギュウと四方八方から子供達が抱き着いてくる。

 初めてこの教会に来た時は遠巻きにされていたものだが、いつの間にかこんなに懐かれてしまった。


「今日は芋と人参も沢山持ってきたからちゃんと食うんだぞ」

「えええ、人参?」

「芋好き! 嬉しい」

「僕トマト好き。トマトある?」

「トマトは今日は無かったな、次持ってこよう」


 それぞれと会話して漸く解放されると、子供達に見送られ教会を後にした。


「ふう。あいつら元気だな」


 子供の元気な姿を見るのは楽しいんだが、ゆっくり会話するという感じじゃなく騒ぎまくる子供達の相手をし続ける感じだ。

 教会はさっき対応してくれた女性神官は教会と孤児院の仕事を掛け持ちしているらしいがその他に、治療を主に担当している女性神官が一人、教会の仕事を主に担当している男性神官が二人いる。

 男性神官は墓守を兼ねているらしく、朝と晩は墓場から彼らが歌う鎮魂の歌が聴こえてくるとギルから聞いた。


「ユーナは今日も薬草採取に行くのかね」


 資料室の整理もだいぶ進んで、後二日程度で仕事は終わるらしい。

 ユーナには知らせていないが、資料室の仕事が終わったらユーナは下級冒険者に上がる。

 元々は資料室の仕事だけで見習い卒業出来ることになっていたんだが、資料室の仕事の後薬草採取に行ったり、治療院の仕事を休みの日にしたりしていたから見習いの依頼としては短期間に数をこなしていたと思う。


「下級になったら次は迷宮か」


 この町に来てからユーナは魔物を一度も見ていないんだが、いきなり迷宮に入って大丈夫なんだろうか。

 ユーナの料理の能力は食材だと思えば魔物の死体は怖くないと、角兎を捌いた時に言っていたが、その能力を使ったとしても生きて動いている魔物は食材には見えないだろう。


「まあ、考えても仕方ないか」


 ギルにもラウリーレンにもチャールズにも俺は過保護だと言われている。

 彼らにしてみたら、ユーナは十分しっかりして見えるらしい。

 確かに、資料室や治療院で働くユーナはテキパキと仕事をしている様だし、薬草採取をしている姿を見る限り記憶力はいいし手際もいい。

 ギルドの中で仕事をしている分には心配は確かにないんだがなあ。


「まあ、一、二層程度で駄目ならそこで引き返せばいいか」


 夕暮れの町を歩きながら、今後の事を俺はぼんやりと考えていた。

 


 



 



 

 

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