ヴィオと下級冒険者たち2

「あれ、ヴィオさん今迷宮からの帰り?」

「おー、ヴィオ、今日はユーナちゃんは一緒じゃないのか?」

「ヴィオさん、今日は玉ねぎが安いよ」


 市場を通り過ぎる途中、あちこちから声を掛けられる。

 野菜を扱う店に、ユーナの好きな果物の店、香辛料を扱う店等様々だ。


「玉ねぎだけか、トマトは無いのか」

「トマトは売れちまったなあ」

「そうか、次はいつ入る」

「ユーナちゃんを連れてきてくれたら、明日には入るぞ。可愛い嫁ちゃん置いてくるなよ」

「何言ってる。嫁じゃないぞ」


 冗談好きな奴らは、ユーナがいてもいなくてもこうやってからかってくる。

 俺だけならともかく、ユーナをからかうのは気の毒だから止めて欲しいんだが、何度言っても変わらない。


「ヴィオ、お前さん剣士の腕は凄いって評判なのにヘタレなのか」

「あんな可愛い子と一緒にいるくせに、結婚しねえのは酷え話だぞ」

「あんたら、ユーナの前でそれ言ったら冗談にならないから止めてくれよ」


 げんなりとして抗議しても、どこ吹く風とばかりに笑い飛ばされるので何も買わずに通り過ぎる。

 たかだか半月程度だというのに、ユーナはすっかり市場の奴らに顔を覚えられてしまった。

 この辺りの人間じゃないのは、艶のある真っ直ぐな黒髪と顔立ちで分かるだろうが、ユーナはどこの店でも行儀よく振る舞っているせいなのか、宿の女将と同じ様にこの辺りでも貴族の令嬢だと勘違いしている奴らが多いらしい。

 こちらからはそんな話はしたことがないが、ユーナの立ち居振る舞いがきちんと教育を受けた人だと一見して分かるのと、半月経っても綺麗なままの髪と肌が平民とは違うように見せているらしい。


「定住するわけじゃないからいいんだが、からかうのもいい加減にして欲しいもんだな」


 まあ、好きな様に誤解しろとばかりに、俺達は人混みでは相変わらず手をつなぎ歩くし、そうじゃなければいつの間にかユーナが俺のマントの端を掴みながら歩いている。

 そんな様子に俺達の関係をどんどん勘違いしていった町の奴らは、どういう理由でそうなったのか分からないが、ユーナが俺にべた惚れしているという見当違いも甚だしい結論を導き出したらしい。

 宿の女将にそれを気かされた時は苦笑いしてしまった。 


「まったく、困ったもんだ」


 ユーナが俺にくっついてるのは、ユーナの事情を知っているのが俺だけだからだ。

 ユーナにとって俺は安心できる保護者で、それ以外の理由はない。

 町の奴らが喜ぶようなネタはないし、俺とユーナはそもそも十歳も年が離れているんだから、そんな感情互いに持つはずがないんだ。


「孤児院の子供達の認識と同じ様に、俺はおっちゃんでしかないんだぞ」


 例え今も同じ部屋の同じベッドで寝起きしていようと、俺達の関係があいつらが期待しているような方向に行く要素なんかない。

 そもそも冒険者なんて同じ場所で寝泊まりするのなんか、当たり前にやることだし、ついでに言えば俺にとってユーナは保護対象だし、ユーナにとって俺は保護者なだけだ。それを変なふうにからかわれたらユーナみたいな若い女性は嫌だろう。


「ちょっと気をつけよう」


 反省しつつギルドに向かうと、入り口には孤児院の子供達より少し年上の子供らがしゃがみ込んでいた。


「お前らそんなところにいたら、他の人の邪魔になるんじゃないか」


 呆れて言えば、それぞれが慌てた様に飛び退いてギルドの入り口までの道が出来上がる。


「お帰りなさいヴィオさん」

「ヴィオさん、俺ね今日はゴブリン五体も狩れたんだよ!」

「俺なんて、今日から迷宮に入ったんだよ。もう見習い卒業したんだから!」

「そんなの自慢になんねーよ、俺達なんか三層まで行ったんだぜぇ」


 少し孤児院の子達よりは年上でも、わちゃわちゃと煩いのは同じだ。


「そうか皆頑張ったな。依頼達成の報告と買い取りの手続きは終わったのか?」

「終わりましたっ!」


 なんで皆揃って、勢いよく手を上げてるんだろうか。

 疑問はそのままに中に入ろうとすれば、今日初めて迷宮に入ったと報告してきた子供が俺の前に魔石を出してきた。


「なんだ、初めての魔物の魔石か」

「はいっ! ヴィオさん、まじないお願いしてもいいですか」

「俺なんかでいいのか?」

「はい、ヴィオさんにお願いしたいです。駄目ですか」


 迷宮に入って初めて狩った魔物の魔石は、冒険者にとってのお守りになる。

 それは俺の子供の頃にはもう当たり前にあった願掛けだ。

 魔石自体が守りだが、強い冒険者から魔石にまじないをしてもらうとその守りはさらに強くなるとも言われていた。

 俺は誰にもしてもらわなかったが、そのまじないのやり方は知っている。


「仕方ねえな」


 縁起物だから頼まれたらまじないを断ってはいけないのが、決まりだ。

 俺は魔石を受け取り、入り口から少しズレて立つと両手で魔石を包み込むとそのまま両手を自分の額に付け目を閉じて、この子の守り石になるようにとイシュル神に願う。


「この石を身に着ける者、強くあれ、逞しくあれ、優しくあれ。その身を守り愛するものを守るため、心を強く逞しく育てよ。他者の痛みを知るための思いやりと優しさを育て続けよ。慈愛の神イシュル神よ。彼はあなたの愛しき子の一人、その身と心を幾久しく守りたまえ」


 俺の僅かな魔力を魔石に流し、祈る。

 こんな道端ですることじゃないんだがなと苦笑しながら目を開くと、子供達だけでなく通りを歩く大人達まで立ち止まってこちらを見ていた。


「ほら、無くすなよ」


 呆けた表情で俺を見上げている子に魔石を手渡すと、満面の笑みで受け取った。


「ありがとうございます!」

「うわぁ、お前いいなあ。俺なんか父ちゃんのまじないだったんだぞ!」

「俺もだよ!」

「俺じいちゃん」


 口々に言うのはそれぞれの守り石の話だ、まだ迷宮に入れない子供は羨ましそうにその話を聞いている。


「もういいか?」

「はい、ありがとうございました!」


 浮かれている子達を置いて、頭を掻きながらギルドの中へと入った。

 全くこんなの柄じゃない。


「あ、ヴィオさん。なんだ、外が騒がしかったのはあんたが原因か」

「俺じゃなく子供らだ」


 顔見知りになった何人かに声を掛けられながら、ギルドの奥へと進む。

 夕方のギルドはそれなりに混んでいる。

 半月っていう時間はあっという間だというのに、知り合いだけはどんどん増えていた。


「相変わらず懐かれてんなあ」

「なあ、子供相手じゃなく俺達にも指導してくれないか?」


 二十代になるかならないか位のこの男は、先日迷宮でオークに潰されそうになっていたところを助けてから親し気に声を掛けて来る様になった。

 その隣にいるのはこの男のパーティーの一員で、盾役をしている。


「これから鍛錬場は駄目だよなあ」

「うーん、今日は駄目だな」


 これからチャールズに買い取りさせて、資料室にユーナを迎えに行く。

 教会に行ってたから少し時間が掛かってるんだ、のろのろしてたらユーナが薬草採取に行けなくなる。


「じゃあ明日! 明日はどうだ? 指導してもらえるなら一日迷宮攻略休むから!」


 それはお前の都合だろとは俺は声には出さないが、周りは「お前いきなり図々しいぞ! 何が攻略休むだ、ヴィオさんの都合を考えろ!」と騒ぎ始める。

 まあ、もう熊の手も皮も骨も集めたから、一日位はサボってもいいんだが、そうなると一人を相手とはいかないだろうなあ。


「煩いぞ、騒ぐなら外に行け!」

「チャールズは黙っとけ、うるせえんだよ。俺達は今ヴィオさんと大事な話してんだよ! ったーーっ!」

「チャールズは悪くないだろ。無駄に大声出すお前が悪いよ。謝れ」


 軽く頭を叩くと、大袈裟に痛がる男に注意する。チャールズは飄々としている分舐められやすいんだろうなあ。


「ええぇ。チャールズですよぉ。謝る必要なんか無いんじゃねえかなぁ?」

「チャールズですよじゃないだろ。悪いのはどっちだ? チャールズはギルド職員として当然の注意をしただけだろうが」


 睨みつつそう言うと、外見の割に素直な男は「俺達です」と項垂れた。


「分かってるならいい。でも、誰彼構わずに突っかかるんじゃない」

「ううぅ、駄目っすか」

「無駄に口調が丁寧過ぎるのも舐められるがな、そうやって理由もなく突っかかる奴だって周囲に認識させるような行動は慎むべきだ。自分で自分の評価を下げる必要はないだろ」


 このギルドにいるのは、十代後半の奴らが殆どでこの男は年長の部類に入る。

 この町でずっと暮らすだけなら、ある程度人柄を知っている奴らしかいないからいいが、他所の町でこんな態度でいたら争いのもとになる


「そうなるん……ですか?」

「そうなんだよ。だから自分から損になる様な真似するなよ。分かるか?」

「分かる……かな? 」


 仲間達と一緒に首を傾げている様子は、なんというか幼い感じだ。

 この町で生まれ育ち、冒険者になったと聞いたから世間を良く知らないのだろう。この町の冒険者はやっぱり年齢層が低すぎて経験が足りていないんだ。

 そりゃ、人があちこちから集まってきても攻略が進まないわけだ。

 文字なんて読めるやつもあまりいないし、情報集めずに迷宮に入ってるのが多いんだってのも、最近分かってきた。


「ほら、騒がしくしてごめんなさいだろ」

「騒いで悪かったなっ」


 謝っているのにそうは聞こえないのが、子供だなあと呆れながら、よく出来たと肩を叩き褒めてやる。


「ヴィオさん、俺ちゃんと謝ったよ!」

「そうだな、次からは迷惑かけないように気をつけるんだぞ」

「はいっ」


 何故かこいつらに懐かれてしまった俺は、叱ろうが指導しようがくっついて来ようとする。

 こいつ以外にも迷宮の下層で、死にかけてたのを何人か助けたのが発端だったのかは分からないが、見えないしっぽをブンブン振っている様な幻影が見えそうなくらいの態度だ。

 ユーナを案内する時の参考にと、一層から入ったのが失敗だったのかもしれない、こいつら色んな意味で無邪気すぎて怖いんだ。


「それで、あの、指導」

「あぁ、考えておくから大人しく今日は自主練しておけ」

「はいっ! 俺毎日素振りしてるし走り込みもしてるから一日中でも指導ついていけるっすよっ!」

「俺だって、お前になんか負けねえしっ」

「俺も俺も俺も!」

「お前は魔法使いだろ!」

「っせえなぁっ! じゃあこれから誰が一番長く素振り出来るか競争だっ」

「望むところだっ! 勝ったやつがヴィオさんから指導受けられるんだからなっ!!」


 おい、そんなのいつ決まったんだ。

 俺を置いてギャーギャーと騒ぎながら、男達は鍛錬場へと向かっていった。


「ヴィオさん、なんであなたあんなに懐かれてるんですか? あいつら犬みたいにヴィオさんに懐いてるじゃないですか」

「さあな」


 あれが二十歳前後の男の言動かと、疲れたように言うチャールズに、俺は肩をすくめるだけだった。

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