ドワーフのじいさんと最上位品取得条件

「ユーナ、待たせた」

「ヴィオさんおかえりなさい!」


 今日の迷宮で取った素材をギルに売りつけてから、資料室にいるユーナを迎えに行った。

 迷宮から帰ったのは早かったんだが、俺が持ってきた素材にチャールズが興奮してなかなか話が終わらず時間が掛かってしまったが、今日のユーナの顔色は悪くない様だった。


「ただいま。弁当美味かった、ありがとう」

「お口に合って良かったです」

「あんなに美味いもの、合わないわけないだろ。それより今日はどうだった、困ったことなかったか」

「大丈夫です。頑張りました」

「そうか、あんまり無理するなよ」


 笑顔で返事をするユーナの頭にうっかり手を伸ばし掛けて、内心慌てて手を止める。

 自分のこの無意識の行動が困る。


「ヴィオさん?」

「あ、ええと。ここの資料室のライっていうじいさんはもう帰ったか?」

「ライさんですか、隣の部屋でお仕事されていると思いますよ。呼んできますね」


 挙動不審な俺に首を傾げつつ、ユーナは隣の部屋にライを呼びに行った。


「なんなんだ、俺」


 右の手のひらをジィッと見つめ、ため息を付く。

 小さな子供じゃないんだから、頭を何度も撫でられるのは嫌だろう。

 どうもユーナの笑顔につられてしまうんだ、気をつけなければ。


「ワシを呼んどるっちゅうのは誰、おお、ヴィオじゃないか。大きくなったのお」


 ユーナと共にやってきた小柄な老人は、俺の顔を見るなり名前を呼んで大きくなったと言って笑う。


「じいさん、大きくなったっていうんじゃなくオッサンになったんだよ、俺は」


 大きくなったというのは、子供に言う言葉だ。

 俺がじいさんと会った頃は十代後半だったとは言え、今の俺は三十歳。

 大きくなったというには、ちょっと年が行き過ぎている。


「オッサンのお、人間は年にこだわり過ぎじゃな」

「そりゃ、ドワーフのじいさんにはそうだろうな」


 このギルドの資料室の主であるライはドワーフだ。

 昔の怪我で左手の指を三本失って鍛冶の仕事が出来なくなってから、ギルドに勤め出したのだと聞いたのは昔のことだ。

 最初は王都の資料室に勤務し、だいぶ年を取ってからこの町に流れてきたのだそうだ。


「それより、ヴィオお前さん一つ目熊とオークキングの上位品を取ったのか」

「え、ああ。それよりもな」

「なんだ」


 さっきのチャールズ程ではないにしろ、ライも興奮した顔で俺を見ている。

 これ、見せたらどうなるのか、楽しみな様な怖い様なだ。


「珍しものが取れたから、久しぶりに会うじいさんに土産だ。殆どは買い取りに出したから比較したいならチャールズに言ってくれ」

「なんじゃ、ワシはそんじょそこらのものじゃ驚かないぞ」

「大盾と鎧は売っちまったから、そっちは興味があるならチャールズに見せてもらってくれ。これはじいさんにやるよ」


 チャールズは珍しいを連発していたが、ライはどうなんだろう。

 俺が見たことなくても何でも揃うという王都のギルドにいたライは、もしかしたらそうでもないのかもしれない。


「これだよ」


 一つ目熊の手の骨と、ミスリル化した熊の手の骨をそれぞれテーブルの上に出すなり、ライは大声を上げた。


「ヴィオ、お前さん一つ目熊狩りすぎじゃな」

「狩りすぎ?」

「これは一つ目熊の最上位品じゃろ」

「そうだが」

「これが落ちる条件は知っとるか」


 呆れた様な顔で俺を見ながら、熊の手の骨とミスリル化した熊の手の骨を両手に持ってそれぞれの重さを確かめる様にしている。


「うーん、詳しくは分からないが連続で大量に狩るかなって思ってるんだが」


 というか、それ以外の条件が思いつかない。

 もしかすると一人で大量になのかもしれないし、攻撃を受けずに大量にかもしれないし、全部かもしれない。


「大量は合っておるな。一種類の魔物を続けて千体以上狩った場合に最上位品は落ちると言われておるんじゃが、お前さんまさか魔物寄せの香を使ったのかの」

「他に大量に狩る方法があるのか? あいつは三十層の守りの魔物だぞ」

「ないのぉ。じゃが一人でやる馬鹿がいるとは思わなんだ」


 ギルもさっきやっていたが、額に指先をつけ首を横に振るのをライも始めてしまった。


「まあ、名無しの下級迷宮だからな」

「それにしてもじゃ。まあお前さんもそれだけ強くなったんじゃろうが、今使っている剣を見せてみろ」

「ああ」


 ライはテーブルに熊の手の骨を置き、俺が出した剣を大切そうに両手で持つ。

 こういう姿を見ると、やっぱりこいつは鍛冶師なんだと思う。

 今は素材好きのただのドワーフのじいさんだが、昔はそれなりに名の知れた鍛冶師だったらしいから、剣や鎧には思いが強いんだろう。


「良い物を使っているな。これは迷宮産だな」

「ああ。森林の迷宮の」

「四十八層か」

「さすが良く知ってるな」


 一つ目熊がどの層に出るかも知らなかったチャールズとは違い、ライはしっかりと把握しているところが凄い。

 この年寄りの頭にはどれだけの知識が入っているか分からない。


「いい剣だ。手入れもいい。じゃが使い過ぎじゃな、少し鈍くなっておる」

「まあ、昨日今日と狩ったからなあ」

「一晩預ける気はあるか」

「研いでくれるのか」

「その程度なら、ワシでも出来るわ。これの礼にやってやる。明日も迷宮に潜るんじゃろ? 明日の朝ここに取りに来い。どうせ嬢ちゃんを送りにくるんじゃろ?」


 俺の近くで大人しくしているユーナに視線をやって、ライは意味ありげに笑う。

 この分だと、ライはリナの事も覚えているんだろう。


「勿論送るし迎えにも来る。まだ数日はユーナはここの依頼を受けるんだろ?」

「はい。いいですか?」

「ライが気に入るのは珍しいからな、ギルが都合がつく限り頼みたいってさ。ユーナはこの依頼続けて大丈夫か?」


 なんだかユーナが提案したのをライが気に入ったとかで、暫く依頼を継続したいとギルが話していた。

 それが完了したら特例で見習いを終了してもいいらしいが、これはまだユーナには内緒だそうだ。

 贔屓の様にも見えるが、それだけ資料室整理の依頼が難易度が高いっていう事でもある。


「そうなんですね。魔物や薬草の事も勉強になりますし、ライさんのお話も楽しいので依頼が続くのは嬉しいです」

「そうかそうか、嬢ちゃんは考えて仕事をしてくれるし、勉強熱心じゃからワシも楽しいのぉ」


 ライが嬉しそうに目を細めてユーナを見ている。

 余程ユーナを気に入ったんだろう。珍しいことだ。


「それならいいな。見習い卒業したらここの迷宮に入るから、ライに色々教えて貰うといい。魔物についてライ位知識を持っている奴はいないからな」

「ヴィオも言う様になったのぉ」

「事実だろ。俺も相当教えて貰ったからな」


 時間がある時は資料室にリナと一緒に籠っていた俺に、ライは資料に載っている以上の事を教えてくれた。

 七層の迷宮ネズミ対策を教えてくれたのは違う奴だったが、昔ライに教えられた知識は未だに俺を助けてくれているんだ。


「ふふふ、私も沢山習いましたよ。一層から十層まではバッチリです」

「それは凄いな。じゃあこれは何に使うか分かるか」


 十層まで出る魔物の種類は多くないとは言え、初心者には覚えるのは大変だろうと思いながらマジックバッグから笛を出す。


「ええと、笛。笛を使うのは、七層の迷宮ネズミですね」

「使う理由は」

「迷宮ネズミは仲間を呼ぶという能力を持っているので、笛を使ってその能力を阻止する……でしたよね?」


 段々自信が無くなって来たのか、最後の方はだいぶ小さな声になりライを見て答えの確認をしている。


「正解じゃ。ユーナ、見習いが終わったらワシの助手になるか」

「嬉しいお話ですけれど、私はヴィオさんと旅をするって決めてるんです」


 ライの申し出に、その方がいいのかもしれないと思った俺とは違い、ユーナはすぐに断ってしまった。


「そうか残念じゃな」

「依頼を受けている間、一生懸命頑張りますので引き続きよろしくお願いします」

「分かった。その間しっかり素材について教えてあげるとしようか。そういえばヴィオ大盾と鎧は売ったと言っておったが、十層のはどうしたんじゃ」

「十層のはそこまで狩ってないからな。欲しいのか?」

「出来れば欲しいのぉ」

「分かった明日取って来る」


 ライはチャールズの師匠らしいが、似た者同士って感じだ。


「どうした」

「いや、チャールズにも言われたからさ。同じだなって思っただけだ」

「ああ、あいつの素材好きにも困ったもんじゃな」


 困ったもんじゃって、ライも同じだろう。

 呆れる俺をユーナはただニコニコと笑って見ていたんだ。

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