買い取り担当は笑顔が引きつる(チャールズ視点)

「ギルマス、この指名依頼って昨日の今日で領主様からもぎ取って来たんですか?」


 朝ギルドに出勤した途端ギルマスに呼び止められて、ギルマスの部屋に連行されちゃったんだよねえ。

 ギルマスの悪っぽそうな笑顔と共に名前を呼ばれたら、ギルド内ではお説教だって認識になっているから受付のアリアとターニャなんてさあ、俺からそっと視線逸らしたんだよ。

 酷くない? 俺何にもまだやってないよ。

 あれ? やってないよね?

 昨日の自分の行動を振り返っても、何も悪い事はしてなかったと自信を持ってギルマスの後ろを歩き部屋に入ったら、ぴらりとギルマスが俺の目の前に指名依頼の紙を出してきたんだ。


「指名依頼。熊の手二千と、え、一つ目熊の皮三百!」


 ちょっとだけ眠かった俺だけど、しっかりこれで目が覚めた。

 昨日だって大量の熊の手を買い取ったばかりだっていうのに、更にこんな数なんて領主様の本気を見た思いだよ。


「熊の手はともかく皮三百はいくらヴィオさんでも難しいんじゃないですか?」

「上位品だからね。でもヴィオなら簡単に取って来るから君は買い取りの準備だけしておきなさい」

「はい」

「あ、後ね今日もユーナは資料室の整理を受けているから、手空きの時は気にかけてやって」


 ユーナって昨日ヴィオさんと一緒に来た可愛い系の美人だ。

 背が低くて華奢なんだけど、背の高いヴィオさんの隣にいると更に小さく見えて庇護欲をそそるって、彼女が冒険者登録をしている時に偶然居合わせた冒険者達が噂をしていた。

 なんていうか、あざとくない可愛さで放っておけない感じがするのは、俺も分かる気がする。

 昨日ヴィオさんの伝言を伝えに行った時、無茶苦茶それを感じたんだよねえ。


 ヴィオさんに言っていいのかどうか迷って、結局言わなかったんだけど。

 俺が資料室の扉を開いた時、嬉しそうに振り返って俺の顔を見てすぐにしょんぼりしたんだよ。でも慌てて笑顔になって会釈したんだ。

 あれ、ヴィオさんが来たんだって思ったのに、俺だったからがっかりしちゃったんだよね。でもそんなの失礼だって思って笑顔を作ったんだ。多分そう。


「資料室のライとは合わない感じですか?」

「いいや、むしろ気に入ってる感じだね。珍しいことだ」

「へええ。それは凄いですね」


 資料室係のライは気難しいおじいちゃんだ。

 俺が子供の頃から資料室を担当していて、俺は冒険者の父についてギルドに良く遊びに来てたんだけど、ライには魔物の事や素材の事を沢山教えて貰ったんだよ。

 俺は魔法の才能はないし、剣の才能はもっとなさそうだったけど鑑定の能力があるのは小さい頃から分かってたから、それを生かした仕事がしたいなって思ってたんだ。だからライは俺のお師匠さんみたいなもんなんだよ。


「ユーナの提案で少し資料の場所を変更するらしいよ」

「資料の場所ですか?」

「そう。ユーナは冒険者になったばかりだから、自分の知識目線で見ると資料の配置が分かりにくいと思ったらしくてね。ライにそう伝えたらしいよ」


 ギルマスの話に俺はただただ感心するばかりだった。

 ライは気難しいってのが顔に出まくってる人なんだけど、よくあの子そんな話出来たなと感心してしまう。


「じゃあ、今日はヴィオさんが迷宮でユーナちゃんは資料室なんですね」

「そういうこと」

「では時間があったら資料室に行く様にします」

「よろしくね。ああ、ヴィオが来たら私の部屋に来るよう伝えて」

「はい」


 指名依頼なんてこのギルドでは殆どない。

 下級の冒険者が殆どだし、今は特に星が多い人達ばかりだ。

 ちょっと稼げる様になると冒険者は皆他所の町に行ってしまう。

 この町にある迷宮は、そこそこ稼げる程度の魔物しか出ないし、ヴィオさんが恐ろしい方法でバカスカ狩ってしまう一つ目熊も下級冒険者には脅威でしかない。

 今は熊の手の件があるから他から冒険者が来てるけれど、彼らも下級なのは変わりないし、ここの迷宮は初めてって人達も多くて攻略は進んではいないみたいだ。

 そもそも熊の手が出るのが三十層だって、知らずに来てるみたいだからなあ。

 聞かれないから教えてはいないけど。


「ライが気に入るなんてなあ」


 珍しいこともあるもんだと、呑気に考えながらギルマスの部屋を出て、今日の仕事を準備を始めたんだ。

 まさかあんな大量素材を見るなんて、この時の俺は思ってもいなかった。

 昨日で学習しろよ、俺。


※※※※※※※※


「ヴィオさん、一日で集めちゃったどころか多すぎですよこれ」


 ヴィオさんが迷宮から帰ってきて、なんか困った顔してたからもしかして駄目だったのかなんて心配してたのに、結果は全くの逆だった。


「いらなければ死蔵しておくだけだから無理しなくていいぞ」

「死蔵って、そんな勿体無い!」


 俺とヴィオさんの会話をギルマスは面白そうに見てるけど、買い取りますよねギルマス!


「ヴィオ、何をしたらこんな数になるのかな」

「うーん、効率よく狩る方法を考えてみたら増えたとしか言えないんだが」


 ヴィオさん自身が困惑した様子で話しているけれど、昨日の段階で物凄く狩ったのはわすれてしまったのかな? あれ、俺の認識がおかしいのかな、昨日十分凄かったよね?

 自分の感覚に不安になりながらヴィオさんを呆れて見ているギルマスの顔を見て、俺はおかしくないんだと安心した。


「参考までにどう効率を上げたのか教えて貰えますか?」


 知りたいような、怖くて聞きたくないような気持ちで俺はギルマスの問いにコクコクと頷いた。


「簡単な話だ。魔物が出る速度を邪魔しない様に狩るんだよ。今のところ最大で十体一度に出るから、それをまとめて狩る。そうするとその間に次のが出るからそれを間髪入れずにまた狩るんだ」

「ヴィオ、君ね」


 珍しい、ギルマスが黙った。

 頭痛がするとでも言わんばかりに、眉間に人差し指を付けてブツブツ呟いている。


「十体が最大、ですか」

「ああ、多分それ以上多いとあの場所に出られないんだろうな」


 引きつった俺の顔なんて気にせずに、ヴィオさんは呑気に考察してくれる。けど、けどね!

 どうやったら、一度に十体なんて狩れるんですかぁっ! あんた剣士でしょうが!


「ヴィオは剣士だよね」

「ああ、だけど聖剣の舞って能力があるからまとめても行けるんだよ。ちょっと疲れるのが難点だけどな」


 もう、俺もギルマスも無言だよ。

 この人なんなの? 馬鹿なの?

 聖剣の舞って大きな魔物とか狩る時の能力だけど、決して広範囲の魔物を狩れるものじゃないよね? しかも聖剣の舞って連発出来ない大技なんじゃなかったかな? それがちょっと疲れる?


「それでなんで十体狩れるのか、私には分かりませんが、それで効率が良くなったのですね」

「そういうことだ。それで俺は知らないものが出たんだが、チャールズわかるか」

「は、はい。なんでしょう」


 一つ目熊の皮と毛皮も珍しいものだった。

 あの後資料室でライに聞きに行ったら、ライは王都のギルドで働いていた時に何度か見た程度だって言ってた。

 もしかして、それよりも貴重なものなんだろうか。そんなの、ワクワクなんですけど!


「骨なんだよなあ、こんなの貴重でもないよなあ、二種類あるみたいなんだが」


 テーブルに載せられたのは手の骨だった。

 しかも、爪までしっかりある骨。


「骨ですね」

「骨だろ」


 あれ、骨? ええと、骨って、まさかっ!


「か、かんて、鑑定しますっ! いいですよね鑑定して、いいですよね!」


 まさか、まさか、まさか!

 驚きすぎて息が苦しい。


「なんで骨なのか分からないから、好きなだけ見てくれ」

「ありがとうございますっ!!」


 最初は見た目がモロ骨、の方から鑑定する。


熊の手の骨

熊の爪の成分が凝縮されたもの。

爪及び骨を粉にして服用すると、半日程度石化防止出来る。


「ギルマス! 本物ですよこれっ! しかも半日石化防止ですって!」

「なんですって!」

「こっちも鑑定しますっ」


 心臓がバクバクしておかしくなりそうな程に大興奮しながら、ミスリルっぽい輝きの骨を鑑定する。


ミスリル化した熊の手の骨

熊の手の骨がミスリル化したもの、石化防止効果付きの防具及び石化効果の武器が作成できる。他のミスリルと混ぜると効果は落ちる。

推奨:石化防止の効果付きの盾、石化効果付きの剣。


「凄い、ギルマスこれ凄いです、凄いですよっおぉっ!」

「チャールズ興奮しすぎですよ」

「だってこれ、石化防止の防具と石化効果の武器が作成できるミスリルですよ! 無茶苦茶貴重なものですよ!」


 これ、一つ目熊の最上位品だ!

 凄いっ、本当に出るんだ。

 うわっー、うわっー、うわっー!


「ちなみに、オークキングの方で大盾と鎧も出たんだが、買い取り出来るか」

「出来ます! 出来ます勿論です!」


 それはオークキングの最上位品だ!

 何俺、今日死んじゃうのかな? この町のギルドでこんな凄いの見られる日が来るなんて!


「チャールズ興奮しすぎだ。たかだか大盾と鎧程度だ、見た感じそんな良いもんじゃなさそうだし」

「それ、取ってきたあなたが言いますか! 最上位品ですよ、凄いんですよ!」

「うーん、俺もユーナもこれ使わなそうだからなあ。こんなのあっても邪魔なだけだ」

「ちなみにこれもさっきの方法で?」

「ああ、半刻の効果の香を使ったが二十層だし聖剣の舞も使わなかったな」

「あの、なんでそんな無茶してるんですか」


 これ普通じゃないよね、無茶してるよね?


「自分をどこまで追い込めるかなって思ったらやってみたくなってさ、試したら出来たんだよ。まあ、オークキングは弱いからなぁこんなの話すのも恥ずかしいよ」


 爽やかに言いながら頭掻いてるけど、ヴィオさんそれおかしいでしょ!

 星三とかになる人って皆こんなに強いのか、そしてこんなに変なこと平気でするのか?

 目眩を感じながら俺は、珍しい素材達を鑑定をしまくったのだった。


「ギルマス、ヴィオさんのあれ真面目に言ってるんですかね」

「何がです?」

「オークキングは弱いからって」

「少し草臥れてきても、流石は星三ってところでしょうかねぇ。あれでも多分全盛期よりは力が落ちているのかもしれませんね」


 言われて俺は目を見開く。

 あれで弱くなってるの? じゃあ今迄どんだけ強かったって……。


「君にはヴィオは謙遜しているように聞こえているでしょうが、彼は本気で自分の衰えを感じているんですよ。元が優秀な者ほどそういったことに敏感なのかもしれませんね」

「そんな……」

「ただ、今ならまだ取り返せそうではありますが……」


 驚きすぎて俺は、ギルマスの呟きを聞き逃していたんだ。


※※※※※※※

レビューありがとうございます。

まだまだ、始まったばかりな感じですが続きも楽しんで頂けたら嬉しいです。

もうすぐ四十話だというのに、始まったばかりというのも……。


ヴィオさん無双に見えますが、ポールも無茶苦茶頑張ったら同じこと出来るかな程度の難易度です。

でも、ポールは腰が引けてチャレンジしないと思います。

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