ヴィオとユーナの新しい能力

「お待たせしました」


 何となく気まずい雰囲気になってきたところで、ギルがにこやかな顔で戻って来たてホッとした。

 ギルは小さな木箱の上に魔道具を載せていた。

 魔道具は分かるが木箱は何だろう。


「ヴィオ、魔物寄せの香です。一番短い効果のものと効果が四半刻続くものがそれぞれ三十入っています。足りなくなったら言って下さい」


 随分持ってきたものだと呆れるが、一番効果が短いものより四半刻続く者の方がどれくらい迷宮の中にいるか分かりやすいかと考える。

 この世界では日の出から日の入りまでを六刻、日の入りから日の出までの六刻で一日十二刻になる。リナが昔「一刻は二時間かあ、大雑把だなあ。時計がないって不便だね」と言っていた覚えがあるから、ユーナにはなじみがない言葉かもしれない。


「ああ、代金はさっきの買い取り額から引いてくれ」


 ギルドで用意すると言われているが、こういうのは借り作らない方がいい。


「おや、こちらで用意しますよ」

「いや、あまったら俺のものにするから払うよ」

「これでは足りないと思いますが」


 どれだけ狩らせるつもりなんだ。熊の手二千なんてすぐに集まるだろうに、何をふざけたことを言ってるんだか。


「さて、能力を確認しましょう。ヴィオからでいいですか」

「俺からか、分かった」


 能力を確認するのは久しぶりだ。

 昔は小さな迷宮だろうと完全攻略する度に、能力確認をしていた。

 能力というものは不思議なもので、魔物を大量に狩った後に急に増えている。

 だが、自然に能力が増えてはいてもそれがあると自覚して何度も使っていかなければ、使いこなすことはなかなか出来ない。

 だから効率的に覚えた能力を使いこなせる様になるには、魔道具で自分の能力を確認し覚えた能力が何か自覚する必要があった。


「ではここに手を載せて下さい」

「ああ」


 この魔道具は不思議だ。

 チャールズの鑑定という能力をそのまま魔道具にしたものらしいが、鑑定出来るのは人だけだという。チャールズの様に人も物も鑑定出来るわけではないらしい。


「ふうん、精霊と契約したと思われるものは、これでしょうか」

「あったのか」

「ええ、癒しの泉という能力があります。今までありましたか」

「なかったな。名前からすると回復の魔法の様だが」


 魔力が殆どない俺にあっても使えそうにないんだが、なんでそんなものが出たのか理由が分からない。

 能力はその者に適性があるものを覚える筈なんだが。

 俺の疑問というか不満が顔に出ていたんだろう、ギルは楽しそうに笑いながら魔道具に映し出されている結果を見ている。


「癒しの泉は魔法ですが、本人の魔力は必ずしも必要ではありません。周囲に存在している魔素を癒しの力に変えて回復するのです。これは精霊の能力なんですよ」

「つまりポポの能力なのか」

「そういうことです。ただポポはまだ幼いのでこの能力を持っているか分かりませんが、後でポポの能力も見てみましょう」


 魔素を癒しの力に変えるのなら、魔素が大量にある迷宮では使い放題なんだろうか。だが俺が本当にそんなものを使えるかどうかが分からない、試してみるしかないか。


「ヴィオ、癒しの泉の能力は兎も角として、この称号はなんですか」

「称号なんだそれは?」


 ギルの疑問に俺が聞き返す。

 称号なんて持っていた覚えはないんだが、どういうことだ。


「道を探す者という称号があります。何か覚えはありませんか」

「道?」

「覚えがない」

「ないな」


 言いながら頭の中に浮かんでいるのは、今日迷宮で見つけたユーナの世界の文字らしきものだ。あれに何か意味があるんだろうか。


「そうですか、知らずに取得したのかもしれませんね。迷宮は不思議な存在ですから何かそこであったのかもしれませんね」

「どうだろう、分からないな」


 文字の話をしてもいいんだが、それを見たユーナが反応するかもしれないから今は止めた方がいい。


「これは控えです。癒しの泉はユーナの能力を確認した後で使い方を教えますね」

「ああ、頼む」


 返事をしながら称号について考えていた。

 道、あの文字らしきものに意味があるのならユーナが帰る為の道、だけど本当にそうなんだろうか。


「次はユーナの能力です」

「はい」


 ユーナが魔道具に手を載せる。

 傷一つない綺麗な手、宿の女将が貴族の令嬢だと誤解してもおかしくない程に手入れが行き届いた指先は、爪がつるりとした光沢を放っている。

 旅を始めたら、あの手は荒れるだろう。

 きっとすぐにそうなるだろう。

 ふと、畑仕事や水仕事で荒れていた母親の手を思い出す。

 冬になると母親の手は、カサカサになりひび割れていた。

 外から帰ると、それでもその手で寒かっただろうと頬に触れ温めてくれたんだ。


「ヴィオ、どうしました」

「ああ、すまない。称号について考えていた」

「そうですか、ユーナの能力は精霊魔法が増えていました。精霊魔法師ではありませんので使える精霊魔法が弱いものだけになるかもしれませんが、隠蔽は覚えられると思いますよ」

「そうか、良かったなユーナ」


 頭の隅に残る、母の手の思い出を消してユーナへと視線を向ける。

 荒れてしまった手を見てユーナが悲しむだろろうと悲観するのは、まだ先の話だ。

 今出来ることをしなければ。


「ユーナはいいのですが、ヴィオは魔法の能力が増えただけなので隠蔽は覚えられるかどうか分からないのですが」

「ああ、俺は別に構わない。覚えられたとしても使えないだろうからな」

「まあ、そうですね。隠蔽には魔力が必要ですからヴィオが使うのは難しいでしょう」


 そう言いながら、ギルは書棚の前に移動すると二冊の魔導書を持ち戻ってきた。


「ヴィオ、これを開けますか」

「精霊魔法初級と隠蔽の魔導書です」


 受け取りそれぞれ表紙を開こうとするが、これ本じゃなく木を削り本の様に見せた何かなんじゃないかと思う程、何もできない。


「やはり無理でしたか。ではユーナ」

「私ですか、あの、ヴィオさん」

「ん、ああ。ギルこの魔導書代も魔物よけの香と一緒に請求してくれ」

「え、そうじゃなくて、ヴィオさん!」


 ユーナの慌てている理由が分からずに、じいっとユーナを見ていると、ギルが笑い始めた。


「ヴィオは、全くその辺り昔と変わっていませんね。すべて自分だけで解決しようとするのは君の悪い癖ですよ」

「何か問題が?」

「気が付かないのが問題ですが、それはユーナから直接聞いたほうがいいですね。ユーナ、これは私の精霊の迷惑料として受け取って頂きたいのです。本来、契約している精霊が契約者以外の魔力を欲しがるなどあってはならないものです。それを無視してあなたの魔力を欲しがっただけでなく、幼い精霊を騙した罪も重い。この程度ですませていいことではありませんが、今ここにある精霊魔法の魔導書はこの二冊だけなのです」

「それは謝って頂きましたから、それで」


 ユーナは戸惑って受け取ろうとしない。

 ギルはそれでも二冊の魔導書をユーナの前に置き、開くようにと促す。

 精霊魔法の魔導書なんて、殆ど外には出てこない。使えるのがエルフだけだからだ。


「精霊魔法は他の魔法と異なり、人間は自然に覚えられるものではありません。この機会を逃すと、ポポはただあなたの側にいるだけになりますよ。それはこの子の本意ではないと思いませんか」

「それは、そうかもしれません」

「では、謝罪として受け取って頂けますね。これはあの馬鹿を御せなかった私への罰なのですから」

「罰という程のものでは……」

「いいえ、私が側にいたからラウレーリンもあの程度で終わっていたのだと思いますが、精霊が本気を出せば、あなたを精霊の国に連れて行くくらい簡単なことなのですよ」


 ひっ、と息をのみながら、ユーナは俺の腕に縋った。


「おい、ユーナを脅すなよ」

「脅しではありません、事実です。ポポとの契約はポポの為だけではありません。ユーナの為でもあるのですよ。精霊と契約しているなら例え精霊王がユーナを気に入っても何もできませんからね」


 精霊王なんて会ったこともないが、精霊契約はそれ程まで強力なものなのか。


「ユーナの魔力はそれだけ精霊に魅力があるものなのですよ。ポポはそう力があるわけではありませんが、あなたをそういった災いから守るでしょう」

「ポポちゃんが」


 ユーナの肩にいつの間にか移動していたポポは、怯えているユーナを労るようにその小さな頭をユーナに擦り付けている。


「……守られてばかりじゃ駄目ですよね。ありがたく使わせて頂きます」


 俺に縋っていた手を離し、ユーナは魔導書に手を伸ばす。

 俺の時とは違って、魔導書は二冊とも簡単に開きそして、淡い光となってユーナの中に入って行ったんだ。


※※※※※※※

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