初めての別行動6

「ヴィオさん、あのこれは」

「魔石を拾い集めてくれた駄賃だ」


 魔石と棍棒とオークキングの肉とゴブリンの剣、そしてオークキングの剣。

 オークキングは棍棒しか使わないというのに、剣を落とす不思議な現象がたまにある。

 それは魔物素材の上位品と呼ばれる物で、オークキングの場合は剣だ。

 そんな上位品まで転がりまくって拾うのが嫌になる量のそれらを、こいつらは自主的に拾い集めだして、俺はそれをマジックバッグに仕舞うだけだった。


 そのお礼が五人に渡したゴブリンの剣とゴブリンの魔石だ。

 剣は各自一振ずつ、魔石は三つずつだ。全部渡してしまっても良かったが、さすがに渡しすぎも問題かとそれだけにした。

 オークキングの剣は、馬鹿みたいに重さがあるから扱えないだろうと渡すのを諦めた。

 俺は使えるが、こいつらが二人でやっと持てる剣なんて貰っても困るだろう。


「数が多いのは見てて分かってましたけど、なんであんなに魔石とか落ちてたんですか。ヴィオさんが狩った数より多い気がするんですが」

「良く分かったな」


 盾役からの質問に、よく見ていたなと感心する。

 安易に教えたらマズイんだが、目の前でどれだけ魔物が来るか見ていたから大丈夫だろうと口を開く。


「さっきの香は魔物寄せの香と言って、効果時間中魔物を引き寄せ続けるんだ」

「え、そんなの何の為に使うんですか」

「欲しい素材があるのに魔物が見つからない時の時間短縮用だな」


 真顔で言えば、五人は絶句した。

 香を使った結果、俺は四半刻近く魔物を一人で狩り続けたのだからそりゃ呆れるだろうと俺でも思う。


「で、なんで魔石や剣が大量に落ちていたかなんだが、迷宮に限って立て続けに一定数狩り続けると、素材の落ちる確率が上がるんだ。大体三十体狩ればその魔物が落とす素材全部と魔石が毎回落ちる様になり、五十体位から同じ素材二個とか三個落とす様になり、百体を超えると上位の素材も毎回落とす様になる」


 オークキングの剣は、オークキングが落とす素材の上位品だが、ゴブリンは上位品が無いから、魔石と剣だけだ。


「じゃあ、オークキングの剣は上位品なんですか、俺初めて見た」

「そうだな。あ、この連続魔物を狩るっていうのは一度でも攻撃を受けたらそこで連続が切れたことになる。剣がかすっても駄目だ」

「つまり、ヴィオさんは一度も攻撃を受けずに百体以上を狩り続けた」

「そういう事だな。弱い魔物だから出来ることだ」


 さすがに中級の迷宮に出る魔物相手には、単身で魔物寄せの香は使えない。

 ポール達と一緒には、昔何度も何度もやったな。

 あれは拠点を買う為の金を集めたかったから、皆で頑張ったんだ。

 理想的な家が見つかったまで良かったが、だけどもの凄く高かったんだよなあ。


「信じられない」

「目の前で見たのに夢かと思うよ」

「あんなの魔物に襲われてる様にしか見えなかったのに、魔物からの攻撃がかすりもしなかったなんて」

「腕に自信がない内は絶対にやるなよ。後、他のパーティーの迷惑にもなるからやる時は場所を選べよ」


 この分ならやらないだろうが、一応念押しは必要だよな。


「やりませんよ。そんな恐ろしいこと!」

「まあ、その方がいいな。よしじゃあ帰還の魔法陣まで戻るぞ」

「え」

「なんだ」


 五人とも、何故か驚いた顔で俺を見つめている。

 弓使いと魔法使いは剣が重そうだが、それでも手放そうとはしていない。


「ついて来てくれるんですか」

「当たり前だろ。この階層は付き合うって言っただろ。戻ることになってもそれは守るさ」


 さすがに口には出さないが、ここで置いて行ったら確実に死ぬだろうと分かっていて放置は出来ない。


「俺達に剣をくれたのは、俺達だけで帰れって意味じゃないんですか」

「なんだそれ、違う違う。それは純粋に駄賃だ。俺が頼んだのならともかくお前達自分から拾い始めたし、全部拾ってくれたからな。魔物寄せの香は便利なんだが、素材拾うのが面倒なんだ」


 なにせ大量に狩るから大量に素材が落ちる。面倒だからと捨てては行かないが、そうしたいくらいの量になるんだ。

 

「じゃあ、なんで」

「帰りに剣無しは辛いだろうし、ナイフや杖よりは剣の方がマシだろ。ほらこれ食いながら行くぞ」


 マジックバッグから魔物肉の串焼きを人数分取り出して配る。

 食い物の匂いも魔物を引き寄せるが、食っている間は威圧を周囲に放っていれば魔物は寄って来ない。


「いいんですか!!」

「魔物肉だから体力が少し戻るだろう、俺も動いて腹が減ったからな」


 疲れた様子のこいつらにポーションを配ってもいいんだが、与えすぎになって宜しくない。串焼きの方がポーションよりも安いからな。


「魔物肉!」

「うわああ」

「ありがとうございます!」


 ゴブリンの剣を渡した時よりも嬉しそうな顔に少し呆れるが、子供なんてこんなもんだろうと熱々の串焼きに齧りつきながら歩く。

 五人は、まだ熱いだの、美味しくてずっと噛んでたい、飲み込みたくないだの。騒ぎながら呑気に歩いている。

 

「はしゃいでないで警戒しろよ」

「はーい」


 はーい、じゃない。

 まあ、元気がないよりは良いが食って体力が回復したらしっかりゴブリンと戦って貰うつもりだから、今くらいはいいか。


「はあ、魔物肉美味かった」

「俺達買えないもんなあ」

「ヴィオさん、どうやったら稼げる様になりますか」


 串焼きを食い終わった五人は、未練がましく串を眺めた後地面に放った。

 どうやったら稼げる様になるか、それはこの頃は特に考える問題だろうなと懐かしい気持ちで五人を見つめる。俺も年を取ったもんだ。


「暫くは自分達が安全に魔物を狩れる階層に通い続けて、安い魔石でもいいから確実に集めるんだ。ポーション無しで挑もうとするなよ、最低でも各自一本は持て」

「はい」

「お前達は魔物を狩る為の技術もそうだが、そもそも体力がなさ過ぎる。体力作りを意識しているか? 素振りは? 弓の練習は? 詠唱を早く確実に唱える訓練は?」

「あの、迷宮から帰ると疲れて何も」

「朝もそんなに早くは目が開かなくて」


 言い訳をしながら、自分達が強くなるための努力を何もしていないと分かったのだろう、視線は一人も俺に向かない。


「稼げる様になりたいと焦るのは分かる。だがな、その前に努力して力を付けなければ冒険者は簡単に死ぬ。いいか、迷宮は遊び半分に来て無事に帰れる場所じゃない。確かに稼げるが、それはそれだけの力があるからだ。そして考える力も必要だ。例えば、攻撃力向上は効果的に使えるなら無駄に苦労せずに格上の魔物を狩れる。だがお前達は不要なところで無計画に使うから、必要な時に魔法を使えなくなるんだ。何をいつ使うか、誰がどう動けばいいのか常に考えるんだ」

「はい」

「死にたくないなら、そして稼ぎたいなら力をつける努力を怠るな」

「はいっ!」


 頷いたのを確認して、威圧を解く。

 するとすぐにゴブリンが現れる。


「剣を構えろ、ゴブリンだ」

「はいっ!」


 五人は先程とは違い、拙いながらも役割を意識した動きになっていた。


※※※※※※

「さてと、次が三十層だな。久しぶりの一つ目熊だぞ」


 五人と別れてから、駆け足でどの階層も走り抜けた。

 ゴブリン、オークキングの階層を通り抜け、トロールと灰色狼の階層も簡単に走り抜けていく。

 魔石や素材を拾うのは面倒だったが、途中で狩った魔物の素材は全部確実に拾う。

 どの階層も当たり前だが簡単過ぎて、これが名無しの下級迷宮だったと懐かしく思い出しながら、三十層へ続く階段を上った。

 今までの湿った様な薄暗く低い天井とは違い、守りの魔物がいる場所はごつごつした岩肌で天井が高く上からは何故か日の光が降り注いでいる。


「よろしくな、一つ目。何度も付き合って貰うぞ」

「ウォォォォッー!」


 現れた一つ目熊は俺の挨拶を無視して、叫び声を上げながら四つ足で突進してくる。

 一つ目熊の大きさはオークキングの倍だと記憶していたんだが、それは中級迷宮に出る方の一つ目熊だったらしい。

 俺の記憶よりだいぶ小さい一つ目熊は、たった一度剣を振っただけで真っ二つになり姿を消した。


「あれ? こんなに弱かったか?」


 さすがに一回目で熊の手は落ちなかった。

 ころりと転がった魔石を拾い、効率が悪いなと考える。


「試してみるか」


 一度下に下りるか、迷宮の外へと出て転移してくるかしないと守りの魔物は再度現れないというのが常識だが、もしかしたら使えないだろうか。


「一番短い魔物寄せの香は、あった」


 三十数える位の短い間だけ効果がある魔物寄せの香に火を点け、剣を構える。


「現れた」


 倒していないのに次々現れる一つ目熊を、間髪入れず狩っていく。

 

「一、二、三、四、五、六、七、八、九…………五十七、五十八、五十九!」


 五十九体狩ったところで、香の効果が切れた。


「はあ、中々骨が折れるな。でもこれはいいな」


 四半刻効果が続く魔物寄せの香は流石にきついだろうし、中級の一つ目熊にはこんなことは出来ないが、今と同じ香なら終われば休めるし一人でも狩り続けられる自信がある。


「キツイがいい訓練にはなる」


 昔の俺なら最初から四半刻の香を使っただろう。そして、それを使っても難なく狩り続けられただろう。頭の隅に過ったが、今それをする勇気は流石に無かった。

 それが全盛期の俺と今の俺の差だ。

 俺はそれだけ、衰えたんだ。


「クソッ、俺だってまだ戦える。まだ、戦いたいんだ。衰えたなんて認めたくないんだ!」


 誰も聞いていない。誰も見ていない。

 だから吐露できる。本当の気持ちを。

 香に火を点け、一つ目熊を呼ぶ。

 迷宮に久しぶりに入って分かったんだ、俺は迷宮攻略を止められない。

 冒険者でい続けて、迷宮攻略を続けたい。


「戦いたい。天空の迷宮に行きたいんだ。諦めたくないんだよ!! 諦められないんだよっ。なんで駄目なんだ、どうして動けないんだっ」


 香の効果が切れる度に新しい香を出して火を点け、一つ目熊を狩り続ける。

 それを繰り返して、床に落ちている魔石と熊の手を邪魔に感じ始めた頃やっと我に返った。


「やばい、時間。ユーナを迎えに行かないと」


 見ないふりをしていた本当の気持ちに、俺は情けなさで涙すら出そうにない。

 でも今はユーナだ、俺の気持ちより優先すべきもの。

 俺は慌てて魔石と熊の手をマジックバッグに仕舞いこむ。

 倒した数よりも落ちている魔石の数が多い気がするし、なんなら熊の手以外の素材も大量に落ちている。これはもしかして一つ目熊の上位品なんじゃないのか?


「これ、一つ目熊の毛皮だな。初めてみるぞこれ需要あるのか?」


 拾い漏れがないと確認していたら、ふと岩肌に変な文字が浮かんでいるのに気が付いた。


「なんだこれ。この文字、リナが書いていた文字に似てる?」


 急いで紙とインクとペンを出し、文字を書き移す。

 リナはいなくても、今はユーナがいるから読めるかどうか見て貰えばいい。


「よし、帰ろう」


 帰還の魔法陣に乗った途端、岩に浮かんだ文字が消えたなんて俺は知らずに迷宮を出たのだった。

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