ギルマスの名は
急いで帰還の魔法陣に乗り迷宮の外へと出ると、門番が驚いた顔で俺を出迎えた。
「あれ、早いですね。まだ夕方の鐘が鳴る前ですよ」
「今日は様子見だからな」
まだ夕方の鐘が鳴る前だと聞いて、そんなに遅くはなっていなかったとホッとした。
初日からユーナを待たせるのも可哀想だからな、依頼上手くやれてるといいんだが。
「そうですか、お疲れ様でした。成果は如何でしたか」
「途中予定外があったがそれなりには収穫はあったな」
最後の一つ目熊だけで、買い取りに出したらかなりの額になるだろう。そう思いながら門番に返事をすれば、羨ましそうな視線を向けられた。
「短時間でそれは羨ましいですね」
「まあ、転移の門のお陰だな。低い層を無視できるのは楽だからな」
「そうですね、下層は稼げませんから」
「じゃあ、俺はそろそろ戻る。数日通うかもしれないから、よろしくな」
一つ目熊の熊の手は、全部で四百五十三個だった。依頼に出ていたのは三百だからだいぶ多いが、もしかしたらもっと必要だと言われるかもしれない。
門番に手を振り町へと向かいながら、この素材を買い取り係へ頼んでいいものかと思案した。
「ギルマスってまだあいつなのかな」
俺が昔この町の迷宮を攻略していた頃ギルマスをしていたのは、若そうな外見のエルフの男だった。
金勘定が細かいやつで、油断するとすぐに値切ろうとする奴だったが、その分頭が切れる。
友人にはしたくない奴だが、ギルマスとしてはある意味信用は出来るとも言える。
「あいつだと話が早いんだがなあ」
何せ俺は噂すら知らない一つ目熊の皮、売らなくてもいいが価値位は知りたい。
あと熊の手、鬱憤払いに狩りまくった結果だが、もしこれ全部買い取るとなれば懐は潤ってもこれが必要な理由が知りたくなる。
「簡単に済めばいいが」
気にしながら駆け足でギルドまで戻ると、五人の子供達がギルドの前で待っていた。
「お前ら何してるんだ」
「ヴィオさん、この時間に戻ってくるってことは、三十層行かなかったんですか?」
「まさか、行ったに決まってるだろう。勿論熊の手も取ってきたぞ」
なんで行かなかったことにされてるのか分からないし、こいつらがここに居た理由も分からない。
こいつらいつからここにいたんだ? 暇なんだろうか。
「あの、魔石とゴブリンの剣、俺以外の分買い取りしてもらってギルドのツケ返せました。宿代も三日分は確保出来ました。ヴィオさんのお陰です。ありがとうございます」
「ありがとうございますっ」
礼を言うために待ってたのか、律儀なところもあるんだな。
「そうか、良かったな」
「俺達頑張って強くなります! そしていつかヴィオさんに名前呼んで貰えるように、頑張りますから」
突然始まった決意表明に、俺は首を傾げて思い出した。
「名前?」
「はい」
「ふっ、それは無理だな」
意図的に名前を呼ばなかったんじゃなく、呼べなかったんだが。あの時の状況を思い返す。成程なぁ、こいつらそれだけいっぱいいっぱいだったんだな。
礼儀知らずな奴らなんだと割り切っていたが、あいつらの心情推し量ってやれなかった俺もも駄目だったな。
なんてことを思いながら、意地が悪い大人はこうやって笑う。
「お、俺達が駄目駄目だからですか。俺が馬鹿で、ヴィオさんに八つ当たりしたからですか!!」
突き放した様に聞こえたんだろう。剣士の奴は泣きそうな、いやもう泣いてるなこれ。迷宮で俺に散々八つ当たりしていたのが悪かったと反省はしてるらしい顔がおかしいやら、可愛いやらでつい笑ってしまう。
迷宮で一緒に行動していた時よりも幼く見える。年齢を聞いてはいないが、十四、五歳かそれよりも下なのかもしれない。
そうだとしたら、考えなしな攻略をしていたとしても自力で二十層を攻略したこいつらは将来有望なのかもしれない。
「違うよ、馬鹿だなあ。お前ら名乗ってないって気がついて無かったのか? 知らないものは呼べないだろ」
俺も優しくないなと揶揄う様に笑いながらそう言えば、五人は顔を見合わせた。
俺は名乗ったが、こいつら誰一人名乗らず頭を下げるだけだったんだよな。
「す、すみません。俺達」
「まあ疲れ切ってたからしょうがないさ。だがな、あの場合名乗らないのは信用しされていないと受け取る奴もいる。これからは気をつけろよ」
まあ、名乗らなくていい場合もあるんだが、それは今言う話じゃないだろう。
こくこくと激しく頷いた後、闘うように自己紹介を始める五人に、子供の成長を見守る父親ってこんな気持ちなんだろうかと考えながら、一人ひとりの頭を撫でたのだった。
※※※※※
五人と別れた俺は一人ギルドの中へと入り、暇そうにしている買い取り係の前へと進んだ。
夕方の鐘が鳴る前だからなのか、まだ買い取りに並ぶ冒険者の姿は見えない。買い取り係はさっきの対応を考えたら手際が良さそうな奴だから、数人程度ならすぐに手続きが終わってしまうのかもしれない。
「お疲れ様、今ギルマスはいるか」
「え、は、あ、はいっ! おりますが、どのような用件でしょうか」
ぼんやりしていたのか、俺の呼びかけに動揺しまくりの男はそれでもすぐに取り繕い用件を聞いてきた。
こういう、仕事が出来なそうで出来る奴がギルドにいると話が早い。
迷宮帰りで疲労して居る時に無駄に話し掛ける奴よりも余程好感が持てる。
「熊の手の件で話がしたい」
「いくつお持ちですか」
こいつはやっぱり話が早いな、一つだとは思わないのか。
ついつい上がる広角に、俺は男が出してきた紙に熊の手の数を書く。
「え、は、あの、す、すぐに確認して参りますのでお待ち下さいっ!」
男が慌てて席を立ち、奥の部屋へと消えていく。
その後すぐに夕方の鐘が鳴り響いた。
ユーナの仕事はどうだったんだろうか、気にする話ではないのに気になる。
ギルドの見習いへの依頼は、面倒なのを除けば楽だし学べるし、安全な依頼だ。
それが分かっていても、心配になる。
変だよなあ、俺。
ユーナを泣かせたくない。
甘やかしは良くないと分かっていても、憂いなく過ごせるように手を尽くしたい。
昨日初めてあっただけの他人に、俺はなぜかそう思ってしまうんだ。
「お待たせしました! ギルマスがすぐにお会いしたいと申しております」
「そうか、それは助かるな」
「ギルマスの執務室へご案内致します!」
「あのさ」
「はい」
「資料室の整理の依頼を受けているユーナという女性に伝言頼めないか、迎えに行くまで資料室に居て欲しいと」
そう言うだけで男は状況を察した顔をした。
午前中に冒険者登録をした娘だと気が付いたのかもしれない、話が早くて助かる。
「畏まりました、ヴィオさんはギルマスとのお話が済んだ後に資料室にいらっしゃる?」
「そうだな」
「では、そのようにお伝え致します。ここがギルマスの執務室です、それでは私はこれで」
「案内ありがとう、伝言よろしくな」
無駄な話をしなくて済むのは本当に楽でいいなと、呑気なことを考えながら俺は扉を三回叩いた。
「あれ、君は昔この町の迷宮を攻略した?」
「よく覚えてるな」
記憶の中のギルマスと変わらない顔で出迎えたエルフの男は、にこやかにそう言うと椅子を勧めた。
名前、なんだったかな。
ええと、確か。
「覚えているかもしれないが、私はこの町の冒険者ギルドのギルドマスター、ギルだ。熊の手を大量に納品してくれると聞いたが」
「ああ、全部買い取って貰えるなら助かるな」
そうだギルだ。ごめんすっかり忘れてたよ。
※※※※※※※
五人は十二〜十四歳位で書いてます。
三十のヴィオからすれば、子供。
それなりに人気のあるヴィオは、受付嬢達からアプローチされまくってましたが、そのアプローチを内心肝心な話より無駄話が多い面倒な人位の認識でいたので、結構辛辣です。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。