魔法を覚える方法
「わあ、美味しそうですね。あ、そのままお盆持っていて下さい。私並べますから」
ユーナの能力を確認している途中で宿の従業員が食事を運んで来たから、能力確認は終わってないが先に食べることにした。
夕食が乗った盆を部屋の入口で受け取り窓際にある机に運んでユーナに見せると、嬉しそうな声を上げながら机の上に皿を並べ始めた。
宿の食事なんて、こんなに喜ぶ様なもんじゃない。
俺は酒を付き合い以外殆ど飲まない。酒は弱い方じゃないと思うが飲んだ次の日の体の怠さが嫌で今まで飲まずにいた。
宿によっては食事に麦酒がついている場合があるが、この宿は麦酒じゃなくお茶がついていたから追加では頼まなかった。
「苦手なものはなさそうか」
リナは最初駄目なものが多かった覚えがある。
リナが生きていた世界とここでは、料理の内容が違い過ぎたのが原因だった。
あの頃俺がまだそんなに稼げる冒険者じゃなかったから、泊まる宿も安宿が多かったせいもあるのかもしれないし、そんなに食べるものにこだわりが無かったせいもあるだろう。
食べ物に金を掛けるより剣や防具を買う方を優先していて、リナと二人で旅する様になっても最初は考え方を変えずにいた。
リナ自身が冒険者になってやっと少し金を稼げる様になった頃、彼女が「そんなに上手じゃないけど自分で料理をしてもいい?」と言い始めた。
それで話を聞いて、初めて今まで我慢していたのだと知ったんだ。
あの頃の食事と比べたら、この宿の食事は立派な方なんだがユーナはどう思っているんだろう。
「パクチーっていう香草は苦手なんです。この中に香りが強い食材はありますか」
「いや、無さそうだな。この緑の野菜は少し苦みがあるが香りは強くない」
ざっと机の上を見渡しても、匂いがキツイものは無さそうに見える。
今日の食事は雑穀のパンと芋のスープ、ほろほろ鳥の焼き物と根菜の煮込みだ。
ほろほろ鳥の焼き物は皮の部分がこんがりと焼かれていて、鳥皮の焼き目とてらてらした脂が美味そうだ。
ここは鳥料理が評判の宿だが、その中でもこれは当たりかもしれない。
「苦みが強いのは大丈夫です」
「そうか、後は食べてみての好みだな」
見た感じ無理はしていない様に見える。
見えるだけで、内心は分からないがそこまで気遣うのは俺には無理だ。
「食べていいですか」
「ああ、食べよう」
「わあ、いただきます!」
いただきますというのは、リナも食事の度に言っていた。
食べる時の挨拶だというそれを、ユーナも当たり前に使っているのを見て彼女が異世界の人間だと改めて自覚した。
「パンが固いですね。これはナイフか何か?」
「あぁ、貸してみろ」
パンの固さにユーナが戸惑っているから、それを受け取り一口大に分けて皿に載せてやる。
雑穀パンは焼き立ては柔らかいんだが、冷えると石みたいになる。
一日に何度も焼けるものではないから、大抵は小さくパンを千切りながらスープに浸して食べるか、薄く切り分けて固いのを我慢して噛み砕く。
最初から全部一口大にしてしまうのは、小さな子の食卓だと思えばあり得る光景だった。
「スープに浸して食べればいい」
「ありがとうございます。あ、美味しいです。ヴィオさん。これ、美味しいです」
一口大に分けたパンを一切れスープに浸し食べた後、残りのパンをスープにすべて浸したユーナはスプーンでそれを掬い口へと運ぶ。
子供の様にパンを全部スープに浸しているというのに、ユーナは姿勢良く椅子に座り、一口一口をゆっくりと食べていく。
その様子に育ちがいいのだと、俺でも分かった。
分かってしまったから、悩んでしまう。
ユーナは、虫が苦手で野外で活動するには体力が無さすぎる。どう考えても家の中で大人しくしている方が似合いそうなんだが、彼女は本当に俺と旅暮らしでいいんだろうか。
「ヴィオさんがお昼に分けてくれた物も美味しかったですけれど、これも美味しいです。この世界のご飯が美味しくて良かった」
にこにこと笑いながらユーナが言っているのは、俺が昼飯として渡した屋台で買った飯のことだった。
手のひら位の大きさの薄いパンを上下に切り分けて、焼いた魔物肉と炒めた青物野菜を挟んだもの。
それに切り分けた果物が昼飯だった。
パンは俺が好きで良く買っていた屋台のもので、今までどれくらい食べたか分からない。あれはポールやニックも好きだった、迷宮攻略を終えて拠点に帰る道の途中、活動休みの日の町のそぞろ歩き、ポールやニックの望むままに買い食いして腹いっぱいになって帰り、ニナにもう夕飯なのにと怒られる。それが日常だった。
「ヴィオさん?」
「口にあって良かった。食事が合わないのは辛いからな」
「確かにそうですよね、ありがとうございます気遣って下さって。でも大丈夫です、私この世界の食べ物好きです。パンはちょっと固いですけど。発酵不足か水分不足なのかしら、それとも麦の種類かしら? でもよく噛むと甘みがあって美味しいです」
おっとりと笑いながら、ユーナはほろほろ鳥にフォークを突き刺す。
ほろほろ鳥は食べやすい大きさに予め切り分けられているから、ユーナでも食べやすそうだ。
豪快に食べる俺とは違い、ユーナは一口一口が小さい。
俺の感覚で小分けにしたパンも、ユーナには少し大きかったかもしれない。
「明日はユーナの服を買ってから、冒険者登録をしにいこう」
「服はこれでいいですよ」
「駄目だ、それは大きすぎるから着ていて落ち着かないだろ。それに今更だがそれは俺が着てたやつだぞ。洗濯してあるとはいえ、よく知りもしない男の服を着たままでいいなんて言うもんじゃない」
言ってから後悔する。
俺はもう少し優しい言い方は言えないのだろうか、これじゃユーナを責めているようだ。
後悔していると、ユーナはくすくすと笑いだした。
「ヴィオさんは優しいですね」
「優しくなんてない。キツイ言い方だったな、すまない」
「少しくらい強く言われても大丈夫ですよ。私そんなに弱くありませんから、気にしないでください」
「別に気にしてるわけじゃねぇよ」
恥ずかしくなり乱暴な口調でそう言えば、ユーナは笑顔のまま首を小さく横に振る。
「暴力的な人は見ていれば分かります。ヴィオさんがそういう人じゃない事も分かりますよ」
「あのさ」
「それにヴィオさんは十分気遣ってくれています。私はそこまで繊細なタイプじゃないけれど。気遣いは嬉しいです。ありがとうございます」
タイプってどういう意味なんだっけ、リナに昔教えられた覚えがあるけれど忘れてしまった。リナもユーナもこの国の言葉を話しているのに、時々分からない言葉が混じるのが不思議だ。
「気遣い云々はどうでもいいが、ユーナ約束してくれ」
「はい」
冒険者として俺達は一緒に行動するかどうかはまだ決まっていない。
ユーナはどう見ても冒険者向きじゃない。
安全地帯というユーナが言うところの雷魔法みたいなものは、ユーナの身を守れるとは思うがその効果を過信して、ユーナが魔法で戦える冒険者になれると思うのは少し無理がある気がする。
「これから俺と一緒に旅をする間、遠慮はせずに話をして欲しい」
「遠慮、ですか?」
「そうだ。危険な場所にいる時は俺の指示に従って貰わないといけない。命に関わるからな、でもそうでない時にユーナが無理だと感じることがあれば、素直にそう言って欲しいんだ。出来るか」
「虫が駄目です」
最初に出るのがそれなのは、ふざけてなのか真面目になのか。
でも笑ってるからふざてけるのかな。
「それは野営用の虫よけの香を買ってやるから、それで頑張ろうな」
香ばしく焼けている鳥を口にしながら、虫よけの香なんて最後に使ったのはいつだったかと考える。
虫よけの香は野営用に売られているとはいえ、あれは迷宮で昆虫型の魔物が出る場所で、大量の魔物が出てこない様に使うのが一般的で、わざわざ野営の時に使う冒険者って多分いないと思うが、それは今言う事じゃないな。
「そんなの無くても頑張れますよ。多分」
「なんだそれ」
「良い事も悪い事も我慢せずに言います。だから、ヴィオさんも私に話をして下さいね。何か気になることとか、そういうの隠して悩まれてたら辛いですから」
「辛い、そうだな」
それを言われると、ポール達に全く相談せずにパーティーを抜けると言って出てきた俺は最低な事をしてきたのかもしれないと、今更ながらに悔やんでしまう。
三十になって、少しずつ体の動きが鈍くなってきてると感じた。
寝ればなくなった疲れが、僅かでも翌朝に感じる様になった。
俺の体の不安が動きにも出ていて、怪我が増えた。
そういう諸々で、ポール達との連携が噛み合わなくなってきて、あいつらも動き難そうになってきていた。
それは俺のせいだと、悩んで、でも若いあいつらにそんな話をするのが怖かった。あいつらと活動をしたくて、もう年だからそろそろ……なんて言われるのが怖くて心の内を明かせなかった。
それが良かったのか悪かったのか分からない。
だけど、俺は俺自身で自分を責め続けて追い詰めた。
その結果、皆に言われる前に自分から出ていくと告げたんだ。
「ヴィオさん?」
「約束するよ。隠し事せずに話す。だからユーナも約束な」
「はい」
話はしなかった、俺が何に悩んでいたのか話さなかった。
でも、あいつらは俺を引き止めはしなかった。
結局それが答えなんだ。
「取り合えずの不安は、私みたいな軟弱者でも冒険者になれるのかってことですね」
「冒険者は十歳から登録できるぞ」
あいつらへの未練を無理矢理飲み込んで、笑顔を作りユーナと話す。
「そうなんですか。じゃあ魔物と戦えなくても大丈夫ですか」
「そうだなあ。冒険者全員が強いわけじゃないが、自分で自分を守る力は合った方がいいな。ユーナはその安全地帯ってのがあるから、少しは安心できる」
そう言いながらも、もう少し一般的な魔法が使えた方がいいんだよなと考える。
収納も安全地帯も珍しすぎるんだよな。
ああ、そうだ。
「ユーナ、これ開けるか」
殆ど食事が終わっていたから、空いた皿を脇に寄せてマジックバッグから魔導書を数冊取り出してテーブルの上に載せた。
「これは、回復魔法、火属性下級魔法、こっちは生活魔法?」
「まずはその生活魔法を開けるかやってみてくれ」
生活魔法の魔導書は、神殿で買える一番安い魔導書だ。
これは魔法使いの適性が無くても開けるし、覚えられる。
「開けました」
「よし、じゃあ魔導書を閉じて表紙に両手を置いて」
「はい。え、消えた」
「これで生活魔法は覚えた筈だ」
魔法は魔導書で覚える方法と、魔法を使い続けている内に自然に覚える方法がある。
魔導書は神殿で買えるし、迷宮の宝箱に入っている場合もある。
自然に覚える場合と魔導書で覚える場合の違いは、魔導書で覚えてもすぐに使えるとは限らないというところだ。
経験が無くても覚えられるからなのか、ちゃんと発動するまでだいぶ練習が必要なんだ。
「え、凄い」
「使えるかどうかは、明日ギルドの練習場でやってみよう」
「はい」
「残りも開けるか確認してみて、開けたら同じ様に」
「……あの」
「なんだ」
「一冊使ってから言うのもあれですけれど、これ高いんじゃ」
買ったら確かに高いな。
冒険者初心者じゃ生活魔法の魔導書すら買えない。
まあ、生活魔法は他の魔法を覚えれば何となく使える様になるから、買うのは魔法使い以外だが。
「これは迷宮の宝箱にあった奴だからいいんだ」
「でもそれなら売れるんじゃ」
「そうだな、でも数年マジックバッグの肥やしになってた奴だな」
ポール達に出会う前に迷宮で取った奴だ。
俺は魔法使いの適性が無くて使えなかったし、リナは回復魔法以外は駄目だった。パーティーの魔法使いのジョンも回復役のトリアもすでに覚えていた奴ばかりだったから、意味もなく取っていたものだった。
「じゃあ私が使っても良い?」
「だから、今そう言ってるんだが」
この遠慮の仕方はこの世界の人間じゃないからなのか。
俺が知っている奴らなら、出した時点で使おうとするんだが。
「じゃあ、使っちゃいますよ。駄目っていっても使いますよ」
魔導書をそれぞれ開いた後、ユーナは上目遣いで見ながら確認する。
「ユーナ」
「はい」
「楽しそうなところ悪いが、覚えてもすぐには使えないからな。かなり練習が必要なんだから。それに魔力が足りるかも分からないし」
それが魔導書の怖いところだ。
適性があれば覚えられるが、自分の魔力量を超える魔法も覚えられてしまう。
だから折角覚えても、魔力不足で発動しないなんて悲惨なことも起こるんだ。
「大丈夫です。練習します。こういうの覚えたらヴィオさんと一緒に旅しても足でまといにならずにすみますよね」
「そんな事考えてたのか」
「これから頑張って体力つけます。でもヴィオさんが持ってる様な重そうな剣なんて多分一生持てませんし、それでゴブリン? とかとても戦える気がしません。でも魔法だったら何とかなるかもしれません。だから遠慮せずに使わせて頂きます」
じいっと、俺の顔を見てそう言った後ユーナはそれぞれの魔導書を覚えて行った。
「ああ、不思議です。使える魔法が頭に浮かびます」
「今は使おうとするなよ。攻撃魔法なんて使った日には部屋が壊れるからな」
「はい。あ、これはいいですか、生活魔法の浄化」
「まあ、発動するかどうか分からないが、それ位なら」
出来ない奴は、何度も何度もやらないと生活魔法も使えない。
ユーナはすでに収納や安全地帯を使いこなしているから、大丈夫だろうか。
「ほわんとしたこれを使えばいいんですよね。ええと、浄化」
空になった皿の上に手をかざし、ユーナは浄化を初めて使った。
「あ、綺麗になった。ヴィオさん見て下さい。私使えちゃいました! 魔法、魔法を使っちゃいました!」
「良かったな。ちゃんと浄化出来てるじゃないか」
さっきまで収納も自在に使えていたっていうのに、なんで浄化で喜んでいるのか分からないが、無邪気に喜ぶユーナの顔がなんだか可愛くて俺はそう言うだけで精一杯だったんだ。
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