出発はたった一人で

「よし出発するか」


 部屋の中をざっと箒ではいてゴミを片付けた俺は、防具を身に纏いマジックバッグを腰のベルトに付けると剣を右手に部屋を出て、足音を立てない様にそっと階段を下りた。


「皆寝てるな、よし」


 テーブルの上に簡単な手紙と家の鍵を置いて、玄関のドアを開ける。

 昇ったばかりの太陽の眩しさに目を細め、今日は良い天気になりそうだと少し気分が浮上した。

 旅立つ日は晴れていた方が良い。依頼へ向かうにも、どこか当てのない旅を始めるにも、晴れている日の方がきっといい。

 ドアを閉めて、皆がまだ眠っている家に向かって深く頭を下げる。


「今までありがとう。楽しかったよ。皆の活躍を祈ってる、どこにいても」


 一緒に、ずっと一緒戦っていたかった。それは口にしなかった。

 未練はもう言葉にしないと、そう決めないと前に進めない。


「よし、行こう」


 太陽に向かって顔を上げ深呼吸をひとつして、冒険者ギルドに向かって歩き始めた。


「ヴィオさんおはようございます。今日はお一人ですか」

「おはよう、そうだよ一人だ。パーティ離脱の手続きを頼む」


 朝市に店を出している何件かのなじみの屋台の店主に別れの挨拶をしながら、これからの旅に向け食料を調達した俺は、冒険者ギルドでパーティ離脱の手続きをするべく受付カウンターに向かった。


「え、パーティ離脱ですか」

「うん。書類用意して貰えるかな」


 いつも来る時間より少しだけ早いせいか、仲の良かった職員はまだカウンター内には姿が見えない。

 眉を寄せ何か考えるようにしている職員は、話した事はあっても名前を知らない女性だったけど、確かポールとは仲が良かった覚えがある。


「あの、失礼ですがポールさん達は承諾されているのですか」

「それは勿論。俺が今日手続きするのも知ってるよ」


 パーティ内でもめて、仲間に話す事もせず離脱の手続きをする。なんて話はよくあるからそれを心配していたのだろう。俺の返事に職員は、納得したのか書類を用意し始めた。


「代筆は必要でしょうか」

「ああ、大丈夫だ」


 俺くらいの年齢でも文字が読めない奴はいる。俺は母親が雇って貰った食堂のおやじに文字と簡単な計算を習ったおかげで、冒険者ギルドの登録の時も代筆は不要だった。

 食堂のおやじは面倒見が良い人だった。

 優しくて頼りになる、俺が下級冒険者になって少し経った頃母親と結婚したいと言い出したのは、俺は丁度町を出ようかと考えていた時だった。

 冒険者は親元を離れて暮らす者は多い、それが分かっていても母親を一人にするのが気が引けていた俺は、食堂のおやじに母親を任せると決め町を出たんだ。


「ではこちらにパーティ名とパーティリーダーの名前、その下に離脱される方の名前のご記入をお願い致します」

「分った」

「パーティの口座からのお引きだしはございますか」

「それは不要だ」


 書類に記入して職員に手渡す。

 これで俺は、はやぶさの一員じゃ無くなる。あっけないものだ。


「これからはお一人で活動されるのでしょうか。それとも誰か他の方と」

「暫くは旅暮らしの予定だ。行った先で一人で受けられそうな依頼があったら受けるが、パーティを組む予定はないな」


 冒険者を続けるかどうかもまだ決めていない。どこに行くのかも決めてはいない。


「そうですか、旅はどちらか目的が」

「そうだな。まずは父親の墓参りをしにフォラボラに行くつもりだ。その後はまだ決めていないが」

「フォラボラのご出身でしたか。ここからはかなり遠いですね」

「住んでいたのは子供の頃だけだけどな」


 母親と一緒にフォラボラを出てから、一度も戻っていない。

 村を出るとき家も畑も売ったと母親が昔言っていたから、あるのは父親の墓だけだ。それも残っているのかすら怪しい。それでも一度戻ってみよう、幼い頃に見た景色をもう一度見て、今後どうやって生きていくのか考えてみよう、そう思ったんだ。


「手続きは完了致しました。ポールさん達がギルドにいっらっしゃったら、手続きは終わっている旨お伝え致します。フォラボラまでは、ここからだと馬車を乗り継いで一ヶ月程掛かりますね。どうぞお気をつけて」


 フォラボラまで行くには、まず隣町からヤロヨーズ行きの馬車に乗らないといけない。

 ヤロヨーズからは辻馬車に乗るか、商隊の護衛を受けながらフォラボラを目指すかだ。

 都合のいい護衛依頼がなければ辻馬車に乗るし、フォラボラまでは平坦な道が続くだけだからのんびりと歩いたっていい。

 どうせ目的などないのだ。急ぐ必要なんかない。


「ありがとう。ポール達はしっかりしてるから大丈夫だと思うが、あいつらの事今後もよろしくな」


 ギルドとの付き合いは馬鹿に出来ない。

 依頼達成のコツや魔物との戦い方、薬草の見分け方なんかを見習いに教えてくれるのはギルドの職員だ。

 先輩冒険者との繋がりが最初からある奴は少ないから、最初はギルドの職員が面倒みてくれる事が多い。

 見習いから下級に上がり、中級になってもギルドからの情報に助けられる事は多いのだ。

 迷宮の攻略しかり、旨味のある依頼の情報しかり、勿論こちらからギルドに情報を渡すこともある。持ちつ持たれつ、それがギルドと冒険者の関係なのだ。


「畏まりました」

「じゃあな。手続きありがとう」


 手を振りギルドを出た。

 顔見知りの冒険者に会えなかったのは残念だった。

 けれど、それで多分良かった。

 パーティを一人抜け、拠点にしていた街を出ていく。

 そんな事言うのも言われるのも気まずい事でしかない。

 俺が言わなくても、ポール達に聞くだろう。

 ポール達が言わなくても、誰かは話題にするだろう。

 はやぶさはそれなりに有名なパーティだ。

 パーティの動向は、多分すぐに噂になる。

 実力が無かった俺が、とうとう挫折したと。そう噂になるのはすぐだろう。


「そんでもって、噂なんてすぐに消えて、俺が居た事も忘れ去られると」


 自分で言って、ちょっと落ち込んだ。

 冒険者としての限界を感じ始めてから、ずっと考えていた。

 子供の頃から憧れていた天空の迷宮を諦める。

 パーティから抜けて、冒険者もやめる。

 上級にはなれなくても、冒険者としてならまだまだやれる。

 ポール達と離れても、ソロでもきっとやれる。

 そう考えながら、言い出せなかったのは未練があったからだ。


 天空の迷宮に行きたい。


 強い冒険者になれるなら、どんな努力だってしてきた。

 だから、諦められない。


 はやぶさの一員でいたい。


 ポール達が駆け出しの頃から、ずっと一緒にやって来たんだ。

 だから、一緒に天空の迷宮に行きたい。


「馬鹿だな俺、俺の諦めの悪さがポール達の足を引っ張ってたのに」


 あいつらを育てたのは俺だって、勘違いとかじゃなく事実だ。

 ポールの剣の師匠は俺だったんだから。

 出会った頃の、まだやっと下級冒険者になったばかりのポールが、天空の迷宮への憧れを話した時の目の輝き。

 その目を見て、こいつらと天空の迷宮を目指したいと思ったんだ。

 そしてパーティを組むことになった。

 あの頃の俺は、すでに中級の中で一番上級に近いと言われていた。

 あれから何年たっても上級になれていないんだから、ポール達にとっては騙されたのと同じかもしれない。


「もっと早く言えば良かった。もっと早く決心して、諦めてたら」


 とぼとぼと一人で歩く道のりは長い。

 今までなら、徒歩での移動も仲間と気楽な話をしながらだったから退屈する暇なんてなかった。

 依頼を受けていれば、どうすれば上手く効率良く片付けられるか。

 迷宮に潜る時は、今回はどんなお宝が手に入るか。

 昨日リナが作ってくれたグラタンは旨かったから、また食べたいとか。

 まじない横丁に最近店を構えた薬屋の回復薬は、物凄く不味いとか。

 思い付くままに話をしながら歩くのは、険しい道のりでも苦にはならなかった。


「未練がましいぞ、俺」


 一人で町をぶらつく時なんて、今まで数えきれないほどあったのに、それが淋しいと感じるなんて女々しすぎる。

 一人で歩くのが淋しいんじゃなく。

 仲間と別れたのが淋しいんだ。

 もうあいつらと一緒に戦えない。

 依頼を受けることも、迷宮に潜ったりすることもなく、拠点に戻ってリナの旨い飯を食って寛ぐことも出来ない。

 だけどそれは自分が決めた事だ。

 弱い自分を認めて、上級冒険者を目指すことを諦めたのは自分だ。


「情けねえの」


 頼れるのは自分だけ、そう考えると身に付けた剣がやけに重く感じた。


「情けないけど、それでもこれが今の俺だ」


 腰の剣に触れながら、軽く頭を振る。

 この町に来たときはリナが一緒だった。

 リナは俺が旅の途中で保護した女の子だった。

 行く宛がないというリナと旅をして、この町に流れ着いた。

 この町で暮らしはじめてポール達と出会い、パーティを組むようになった。


「リナ」


 一緒にとは誘えなかった。

 俺しか頼れる人間がいなかった昔とは違い、今はポール達がいる。

 リナに旅暮らしは似合わない。

 俺の都合に付き合う義理はないのだ。


「ぐずぐずしてたら町に着くのが遅くなるな」


 だらだら歩かず、もう行こう。


「おや、ヴィオじゃないか。一人かい」


 東門に立つ顔見知りの門番に声を掛けられた。


「ああ、この町を離れる事にしたんだ。暫くは気ままな旅暮らしさ」

「え。あ、あぁそうか。淋しくなるな」

「元気でな」

「ヴィオもな、体大事にしろよ」


 深く理由を聞かないのは、今まで何人もそういう奴を見送ってきたからだろう。

 手を振り笑顔で見送ってくれた。


「よし、行くぞ」


 門番に手を振り歩き始めた。

 一人だけど、元々はそうだった。

 元に戻っただけだ。

 一人は淋しい、だけど気楽だ。

 そう強がって、俺は歩き続けた。




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