オッサン冒険者は可愛い嫁さんとのんびり暮らしを満喫する

木嶋うめ香

人間諦めが肝心らしい

「さすがにもう駄目だよな」


 泊まりの討伐依頼を終え無事に拠点に戻った俺は、一人部屋で項垂れていた。

 中級冒険者パーティ「はやぶさ」の拠点であるこの家は、各々の個室の他に食堂と居間を兼ねた部屋と台所がありかなり広い。しかも魔道具付きの便所と風呂までついている豪華さだ。

 平民の家に風呂があるのはかなり珍しい、普通は殆の人間が使える生活魔法の一つである浄化で体を清めてしまうから、造るにも維持するにも大金が必要な風呂は裕福な商人か貴族でも無ければ態々つけたりしないのが普通だ。

 パーティの仲間であるリナの、拠点を持つなら風呂に毎日入りたいという希望を叶える為にこの家を選んだ様なものだ。


「ここを買った時はこんな気持ちになる日が来るとは思ってなかったな」


 パーティ資金として貯めた金でこの家を買うことにしたのは三年前、あの時の俺たちには希望しか無かった。いいや、俺以外の皆には今も未来も希望や輝かしい明日がある。

 俺だけが、そこから外れてしまったんだ。


「これ以上迷惑かけちゃ駄目だよな。うん、潮時って奴だ。今晩こそ言おう」


 安宿暮らしが長かったせいで私物を身に付けていないと落ち着かない俺は、俺専用に割り当てられた場所にもかかわらず部屋にあるのはベッドくらいなもので、残りはすべて腰のベルトに付けたマジックバッグに入れているから、今すぐにでも出ていける。

 そう、いますぐにでも。

 だけど、体が動かなかった。


「引き留めてはくれないよな。って、本当に未練がましいな、俺」


 決心したのに、引き留めて貰いたいなんて考えてしまう自分が情けない。

 しんみりした気持ちでベッドに座りこんでいると、階下からスープが煮える良い匂いが漂ってきて腹が鳴った。

 泣きたい気持ちなのに、それでも腹は減る。そうだ、どんな時だって腹は減るし満腹になれば元気も出てくる。

 人間は、俺は単純な生き物だ。


「良い匂いだなあ。晩飯が楽しみだ」


 この匂いは、留守を任されているリナの得意料理、腸詰めと根菜が沢山入ったミルクスープだろう。

 あれは俺の大好物だから、遠方の依頼から帰ってくるとリナが必ず作ってくれるんだ。


「最後の晩餐って奴だな」


 この家を出たら、もう食えない味だ。

 忘れないように、しっかりと味わおう。


「何があっても腹は減る、辛くても悲しくても生きるために腹が減る。腹一杯食ったら元気になれる」


 魔法の呪文の様に、自分に言い聞かせる様に呟く。

 これを教えてくれたのは、子供の頃に死んだ父親だった。俺の家は小さな畑を持っていて小麦と野菜を育てており、二頭の牛と数羽の鶏も飼っていた。

 裕福とは言えなかったが、日々の暮らしには十分で、祭りの日には晴れ着を仕立ててくれたし、屋台で旨い物を食べさせてもくれた。

 村長の息子みたいにいつも立派な服は着られないし、豪華な飯も食えないけれど腹一杯にはなれる。両親と一緒に畑仕事をして、牛と鶏の世話をして俺はそれで幸せだった。

 だが、そんな生活は父親の死で終わってしまった。

 流行り病であってなく父親が死んだ後、俺は生まれ育った村から離れ、母親と二人街に出て暮らし始めたのだ。

 その後俺は冒険者になった。

 金を稼げる様になって、母親を助けたいという思いともう一つ、冒険者の誰もが憧れる天空の迷宮に行きたいという夢を叶えるために。

 だけどその夢は、叶わないまま終わることになりそうだ。

 三十になって、俺は今までとは違い思うように動けなくなっていると気が付きつつもまだやれると自分自身に言い訳をしていた。

 だが今回の依頼で、俺の動きが悪いせいで仲間を失いそうになった。もう、まだやれるなんて言い訳は出来ないと悟ったんだ。


「美味いスープを腹一杯食ったら話そう」


 決心してもすぐに、その気持ちがぐらつきそうになる。

 見捨てないでくれと、みっともなく縋りたくなる。

 頭を抱えて、冷静になれと自分を叱咤しながらも俺の体は正直で、漂ってくるスープのいい匂いに腹が鳴った。

 

「食うって大事だよな。うん、俺は生きてて、飯を腹一杯食える状況で、ついでに健康だ。それだけで十分だ」


 くくっと笑いながら、ギシリと鳴くベッドに横になり、両手で目を塞ぐ。

 泣くほどの事じゃない。

 迷惑を掛けていたのは俺なんだから、だから笑おう。


「ヴィオさーん、ご飯ですよぉ。皆もう席に着いてますよ!」

「すぐに行くっ」


 階下から聞こえるリナの声に返事をして、勢い良く起き上がると部屋を出た。


「飯を食ったら、話をする。俺の未練で仲間を失う様な真似出来ない」


 未練だなあと自分を笑いながら、誰かが引き留めてくれないかとまだ心のどこかで願っていた。





「あのさ、ヴィオさん」

「悪い、先に俺に話をさせてくれないか」


 何となく気まずい雰囲気が漂う中食事が終わって、リーダーのポールが口を開きかけたのを俺が遮った。


「話?」

「うん。あのさ、今まで皆には迷惑を掛け続けたけど、俺は今日限りこのパーティを抜けようと思うんだ」


 決心が揺るがないように、一気に言い切ると皆が俺を見ていた。


「ヴィオさん、本気なんですか」

「ああ、俺はもう三十だ。お前達みたいなこれからの奴とは違うし、それに俺の力じゃこれから先お前達の足を引っ張る事になる。行きたいんだよな皆、天空の迷宮に。俺がいたらあそこを制覇するなんて無理だ」

「本当に抜けるつもりなんですか」


 天空の迷宮に行けるのは上級冒険者のみ、余程の腕がなければ死にに行くようなものだ。冒険者になる人間の殆どが天空の迷宮に憧れる様に、俺達もいつかあの迷宮に行くのだとそう誓っていたけれど、俺は憧れだけで終わるんだ。


「俺達ヴィオさんと一緒に行ける方法をずっと探してた。そのために少しでも早く俺達強くなろうって……少しでも早くって。ヴィオさんと一緒に天空の迷宮に行きたかったから、絶対にヴィオさんと一緒に行きたかったから。置いて行かれたくなかったから」


 ポールはそういう奴だ。

 面倒見が良くて優しくて、だから俺みたいな奴がずるずると甘えてしまう。

 二十代の前半は俺だって希望があった。優秀な将来の有望株、そうギルドで言われていた時だってあったのだ。

 けれど、俺が二十五を過ぎた辺り、ポール達と出会ってパーティを組み暫く経ってから気がついた。

 いいや、ポール達とパーティを組んだからこそ気がついたんだ。

 俺は上級にはなれない。いつまで経っても中の上、上級に近い者というだけ。成長していくポール達を見て、俺はやっと自分には上級になれるだけの才能が無いんだと認められたんだ。


「俺がいたら生存率が下がる。それじゃ駄目だって、分かってたんだ。だけど決心がつかなくて。ごめん」


 努力はした。ずっとしていた。

 母親と一緒に街に出て、小さな食堂で住み込みで働く母親と暮らし、俺自身も食堂の手伝いをしながら冒険者ギルドに登録したのは十歳の時、街に暮らし始めて三ヶ月たった頃だった。

 成人前でも冒険者にはなれる。

 新米見習い冒険者となった俺は、薬草採取や弱い魔物の討伐の依頼を繰り返して金を貯め、武器と防具を買った。

 金を貯めては街の道場にも通ったし、ギルドの先輩冒険者に指導を受けたりもした。剣がまともに扱える様になるまでゆうに三年かかった。

 依頼の後は食堂の手伝い、それが終わった後には必ず素振りをした。

 夜、食堂の裏庭で、闇の中ひたすら剣を振る。

 薪割りも水汲みも率先してやったのは、母親の仕事の負担を減らしたかったのと体力作りの為だった。

 成人になる前に下級冒険者になる。未成年は基本見習い冒険者としての依頼しか受けられないけれど、実力がつけば大人と見なされ下級冒険者になれる。俺は努力に努力を重ねて、十四歳の誕生日に下級冒険者になった。

 それからこの年までずっと俺は努力し続けた。毎日毎日剣を振り、魔物を狩り、依頼を受け続け力を付けてきた。


「もっと早く決心をつけられたら良かったんだが、俺は図々しいからさ。ポール達の優しさに甘えて、ずるずる今日まで皆の足を引っ張り続けちまったんだ。本当にごめん」


 泣きそうな顔で座る皆に俺は笑って、笑えてるよな、情けない顔なんかしてないよな、なんて内心不安になりながら必死に笑顔を作って話を続ける。


「俺は明日出ていくよ。今までありがとう。一緒にいられて幸せだった。皆が天空の迷宮を制覇したって知らせ、聞ける日を楽しみにしてるよ」


 なんとかそこまで言って、席をたつ。


「ヴィオさんっ」

「朝一でギルドでパーティ離脱の手続きするよ。共有財産はパーティのマジックバッグに入れたままだから、持っていったりしないから安心してくれ」


 ポールが泣きそうな顔で、俺の名前を呼ぶ。

 

「そんなのどうでもいいよ。ヴィオさん謝らないで。悪いのは俺達、俺……」

「ごめんなさいヴィオさん」

「一緒に迷宮目指したかった。あたし、ずっと一緒にって思ってた」

「ごめんなさいっ、俺達が駄目でごめんなさい」


 皆に謝られたら、その分だけ惨めになる。

 情けないなあ、俺は本当に情けない。


「謝るな、謝らないでくれ。はやぶさは強いパーティだ。強くて格好良い、そんなパーティの一員だったのは俺の誉れだよ、だから笑って送り出してくれないか」


 虚勢を張って、意地を張って笑う。優しい皆と一緒にいられて、ずっとずっと一緒に戦ってこられて幸せだった。

 だから惨めな気持ちで終わりたくない。


「明日は早いからもう寝るよ。おやすみ」


 だけどこれが精一杯。皆の顔を見続けるのが辛くて、俺は逃げるように階段を掛け上がった。

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