オヤジのサークル
メアリーは、一人息子のジョンの様子が朝からいつもと違う事に気づいていた。どこがどうとは指摘できないが、わずかな変化である。
ジョンは今年、ハイスクールの二年生になった。すでに親が立ち入ってはいけない悩みを抱えていても不思議ではない。だからメアリーはジョンに、どうしたの、とも聞かないし、必要以上に顔色をうかがうこともしないつもりだった。
夫のロイが畑仕事に出て行ったあとで、二人の親子は遅い食事をとった。メアリーはいつもどおり、パンを二切れ息子の目の前の皿にのせた。
見て見ない振りをする事も大切な事よ。と、メアリーはそう自分に言い聞かせていた。
最近、息子との食事は、お互いに寡黙になりがちである。メアリーがたまに話し掛けようとすると、ジョンはいつもうるさそうに顔をしかめた。ところが、今日その日、神妙な顔で口を開いたのはジョンのほうだった。
「オヤジの事なんだけど……」
「パパがどうかしたの?」
男の子もこのくらいの年齢になると、母親よりも父親とはさらに距離を開けようとするらしい。ジョンが父親の事を「オヤジ」と呼ぶようになって、もうずいぶん月日が経ったような気がする。それにしても、ジョンは突然なぜ父親の話など始めるのだろう。
「ママは、オヤジが毎晩どこかへ出かけているのを知ってるの?」
メアリーは思わず、うっと喉を鳴らした。実のところ、いつか息子の口からその質問を受けなければならない事を覚悟していたのである。
もちろん、ロイはメアリーと同じ寝室から出かけていく。夫婦の部屋だから、ロイの行動をメアリーが知らないはずはない。しかし、ジョンの言葉に不意打ちをくらって、メアリーは、次の言葉がすぐに見つからなかった。ジョンはそんな母親の表情を不審そうに眺めた。
「昨日もオヤジは真夜中に家を出た。僕はその後を付けて行ったんだ。するとオヤジは隣のジョージ叔父さんの家へ寄って、叔父さんと二人ですぐに出てきた。彼らは、なにやら楽しそうに話をしながら、今度は叔父さんのところの馬小屋に入っていった」
「馬小屋に何の用で?」
メアリーは動揺を隠すようにして、聞かなくてもいい質問をした。
「馬小屋の一番奥のわらの塊の中に、隠し戸があるんだ。その中から、二人が取り出したものがこれさ」
言いながら、ジョンは椅子から立ち上がり、キッチンの扉の向こうに立てかけてあった不思議な形をした木製の器具を引きずり出した。T型定規のようにもみえるし、農具のようにもみえる。
「どうしたのそれ!」
「今さっき、そこから持ってきたのさ。これ、何の道具だかわかる?」
メアリーは黙っている。
「これはね、ミステリーサークルを作る器械なんだよ。クラウンさんのところの麦畑を毎晩荒らして、ミステリーサークルを作っていたのは、なんと、うちのオヤジととなりのジョージ叔父さんだったんだ。彼らは僕が、その一部始終を見ているとも知らないで、この器具を使って、瞬く間に十メートルほどのサークルを二つも作り出したよ。まったく驚きさ。マスコミは面白がって、宇宙人の仕業だなんて今だにいいふらしているんだけどね」
実を言うと、すでに二人組みの老人(ダグ・パウワーとデビット・チョーリー)が「自分たちがミステリーサークルを作っていたのだ」という告白をトゥディ紙に発表し、その作成方法までもビデオで明らかにしている。板を踏んで、麦を倒していくという方式である。もともと彼らは芸術家で、麦畑をキャンパスにして自分の芸術を描き続けていたのかもしれない。そこで使用した器具が、今ジョンが手にしているものととてもよく似ていた。
さらに次の年、近くの畑で「ミステリーサークル偽造競技大会」(1992)が大々的に開催された。賞金をかけて誰が一番本物そっくりのサークルを作り出すかが争われたのだが、皮肉にもこの時に、本物と同じサークルが誰にでも簡単に作れるという事が証明されてしまったのである。
なんと、オヤジはこの大会に隣りのジョージ叔父さんと一緒に出場していた。ジョンも応援に行ったのだから、覚えていないはずはない。
「だいたい、ミステリーサークルがいたずらだということ、ここら周りの人はみんな知っている。誰もがそれを目撃して、黙っているんだからね。宇宙人のせいにしたほうが、ずっと面白いと思っているんだ」
「それならば、パパを攻める事はないじゃないの。そっとしておいてあげたら?」
「なに馬鹿を言っているんだ、ママ」
ジョンは顔色を変えた。興奮してつい声が大きくなった。
「いいかい、畑あらしは犯罪なんだぞ。いくらいたずらとはいえ、よその畑なんだ」
幼い正義感だった。しかし、怒気を含んだ息子の態度を、かえってメアリーは頼もしく見つめている。
ジョンはさらに大きな声を出した。
「それに、とっくにいたずらだとばれているミステリーサークルを、いつまでも作り続ける意味なんかないじゃないか。バカバカしいったらないよ」
「あら、ミステリーサークルって意味ないのかしら」
ジョンはそういうメアリーの顔を、怪訝そうに覗き込んだ。なんだか不思議な感じがした。母親が母親でないような気がする。
だが、メアリーの目は相変わらず優しく微笑んでいた。
「さ、早く食事を済ませて、学校へ行きなさい。パパには私から言っておくから、その器械を元のところに戻して…」
ジョンはちょっと肩をすくめて見せると、すぐに食卓を立った。メアリーは息子の姿を目で追いながら、心の中で呟いていた。
それがパパの使命なのよ、ジョン。
そろそろ、あなたも本当の事を知らなければならない年頃のようね。私たちが地球人ではないということ。
私たちの言葉と宇宙に送るサインの方法。
そして将来、パパたちの仕事を継ぐのは、あなたなのだという事を。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます