エレベーター殺人未遂事件

 その男の憧れの女性は、毎日Sデパートのエレベーターに乗って、いつもやさしく丁寧に買い物客を案内している。

 彼女の仕事は、エレベーターガールだった。

 別に買い物があるわけでもないのに、男は毎日のようにデパートにやってきて、エレベーターに乗った。始めは、彼女と一緒に狭い空間の中にいるだけで幸せだった。そこはかとなく流れてくる彼女の香に包まれているだけでうれしかった。

 しかしついに、男は彼女にこの愛を告白をしようと思いたった。

 告白して、はたして彼女を自分のものにできるかどうか、自信があるわけではない。でも愛してしまったのなら、どんなことをしても思いを伝えたい。男は絶え難い気持ちの昂ぶりと共にそう決心した。

 そして同時に、断られたら彼女を殺してしまうしかない、と考えた。

 どんなことがあっても彼女を自分のものにしたい。そんな強い思いから、きわめて自然にわいてきた結論だった。


 それからずいぶん長い間、男は彼女を殺す方法を考え続けていた。

 ある日、いつものようにやってきたデパートで、男はバーゲンに群がる女性の集団に弾き飛ばされ、壁に押し付けられたことがある。

 男は、その時にひらめいた。

 もっとも、安全で確実な殺人方法。それは圧殺である……と。


 その日から、男はひたすら食った。食っては寝て、寝ては食う生活の繰り返し。

 そのうち、腹がどんどん突き出てきて、体中がまん丸になり、三ヶ月もすると、何人分もの脂肪を蓄えた巨大なゾウのようになった。

 男の緻密な計画はこうだった。

 まず、エレベーターの中でふたりきりになる。そこで告白し、彼女の返事がダメだったとき、そのままこの体を彼女に思いっきりぶつけるのだ。華奢な彼女の体はあっという間に潰れてしまうだろう。エレベーターという狭い密室での出来事だ。警察に捕まっても、ついよろけてしまったのです、といえば、不慮の事故で片付けられるに決まっている。彼はそのまま解放され、完全犯罪が成立する。

 もちろんその告白のとき、彼女から最高の返事をもらえたなら、この計画は水の泡になる。その方がいいに決まっている。もしそうなったら、天にも上るような幸せに違いない。


 ある日、ついに男は意を決し、その巨体を引きずってエレベーターの前へ立った。手には一束の花を持っていた。

 いらっしゃいませ、と彼女がエレベーターの中で歌うようにいった。

 幸いなことに、他の客はいない。

 やっと、告白のときが来た。このどうしようもない焦がれるような胸のうちを、思いきりぶつけるときが来たのだ。

 ――あるいは、その時は同時に彼が人殺しになるときかもしれなかったが……。


 男は、狭い入り口を身をよじるようにしてエレベーターの中へ踏み込んだ。

 彼女は天使のような笑顔をしていた。

「実は……」

 ――男が花束を差出して、まさに気持ちを伝えようとしたときのことだ。

「もうしわけありません」

 と、彼女が頭を下げていった。

「重量オーバーでございます。エレベーターからお降り下さい」

 気がつくと、ブザーがやかましく鳴り続けていた。


 男の人生をかけた愛の告白は、このようにして無残な結果に終わった。

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