場外ホームラン

 深夜の野球場の中、ひとりの選手が黙々とバットを振りつづけていた。

 晧々とライトに照らされた芝生の上に他には誰一人いないはずだった。

 だが、ふと肩口を後ろから人差し指で突付く者がいる。4番の背番号を背負ったその選手は、バットを下げて振り返った。

「最近すごく調子がいいようだね」

 アフロヘアーにサングラス。誰が見ても、町のチンピラだ。

「今日の試合もあんたの逆転ホームランで勝ったんだよね」

「……」

 そのチンピラは、彼の握っている赤いバットを舐めるように見ながら話を続けた。

「あんたこの前、A街のガード下で、占い師のばあさんから魔法のバットを買っただろう。あのばあさんは魔女なんだよなー。確か『必ずホームランになるバット』とか言ってたなあ。おかげで、あんたはその後の試合ではすべての打席でホームランを打つようになった」

 選手の目の奥に怯えたような色が浮かんだ。チンピラはその表情をけっして見逃さなかった。

「あんたは、そのバットで幸運を手にすることができたけど、残念なことに、たまたまそこに通りがかった俺にその秘密を知られてしまったというわけだ」

「で、いったい僕にどうしろというんだ」

「馬鹿か、鈍感な奴だな。これから一生、仲の良い友達になろうといっているだけだぜ。まあ、そうだな。とりあえず今日は百万円ほど用意してもらおうか」

 チンピラは片頬を歪めてにやりと笑った。

 

「カキーン」

 乾いた高音が、夜空に突き刺さるように響いた。まさに快心の一撃である。ただしこの時、場外を超え、さらに球場を超えて闇に消えていったのは、ボールよりも何倍も大きな塊だった。

 この魔法のバットがホームランにするのは、ボールだけに限らないようだ。

 空から落ちてきたサングラスを拾い上げながら、この4番バッターはしきりに感心していた。

居ながらにして、死体処理。

この調子で、ひとつづつの部分を時間をかけて場外ホームランにしていくことにしよう。

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