4.屋敷編[一]
――某所。
あたしが目を覚ました時、目の前には見慣れない景色が広がっていた。
ここがどこかなんて、わからない。あたしが誰なのかもとても曖昧で……。とにかく記憶がはっきりしない。
手の平に柔らかな感触を覚えて、ベッドの上に寝かされていたのだと気付く。ふかふかのベッドはダブルサイズで、よく見れば、部屋も一般的な家庭のものにしては広い。立派な書き物机にスツール、サイドボードが設えられている。
ゆっくりと、重い体を起こした。強く頭が痛んだ。思わず手で押さえる。風邪の引き始めみたいな感覚に、体中が薄ぼんやりと包まれているみたいだった。やたらと喉が渇いている。
地に足を付ける。靴は脱がされていて、ベッドの側に揃えられている。見慣れたパンプスは、間違いなくあたしのものだ。
ふと体を見下ろすと、日頃から着ている、お気に入りの赤いブラウスと、膝丈のスカートが視界に入った。
見慣れたパンプスに、日頃から着ている服――自然にそう感じられたことに対して、あたしの日常、を少し思い出せた気がした。
パンプスを履く。そこで、あたしの寝ていたベッドに鞄が転がっていることに気付いた。ダークブラウンのショルダーバッグ。これも、あたしの持ち物だ。慌てて中身を確認すると、財布と化粧道具しか入っていなかった。
携帯電話が、なくなっている……。
大事な連絡ツールがなくなっていることに気付いた瞬間、ひっ、ひっ、と、過呼吸にも似た息が漏れた。
あたしは、さらわれたのだろうか。でも誰が、一体なんの為に。
残念なことにあたしは金持ちの令嬢なんかじゃない。ごく一般的な家庭に生まれた、とびきりの美人でもなんでもない、普通の女の子だ。
そんなあたしが、どうしてこんな場所に……。
とにかく、ここから出なければ。犯人がいるなら、近くに潜んでいる可能性は高いけれど、だからといってじっとなんてしていられない。
自由を封じられていないことは疑問だけれど、幸いなことである。このままじっとしていたら命がなくなるかもしれない。こんな、状況もわからない場所で死ぬのは納得できない。
携帯電話の抜かれた鞄を手に、ふらふらとドアに近付いた。また、頭が痛んだ。
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