第15話 そうだ 軽井沢、行こう。 ②
※内蔵助は男子校の設定でしたが共学に変更しました。他の話も修正します。すみません。
「こんなこところで会うなんて、そんな偶然もあるんだな」
軽井沢駅で、偶然に出会った浅倉楓は高校の先輩で、俺が所属していた文芸部の部長だった。
眉目秀麗で人望もあった先輩は生徒会長にも推薦されるほど人気があったが、「柄じゃないからな」と断り、3年間ずっと文芸部に所属し続けた。
「一人で本を読んでいる時が一番落ち着くんだ」
と言って、本を読んでいる先輩の姿を見るためだけに、文芸部に入った部員も多かった。
その一人が何を隠そう俺である。
俺たちは、どちらも一人で旅行に来ていることがわかり、駅前で自転車をレンタルし、万平ホテルという軽井沢で有名なホテルに入った。
昭和11年に建てられたという趣のある建物は、レトロな雰囲気に包まれていた。
入口のすぐ近くにあるカフェは、先輩が食べたかったアップルパイがあり、あのジョン・レノンも何度も来訪していた程美味だという。
少し待ってから、中に通されると、窓際に案内され、緑がすぐ近くに見えた。
俺はコーヒーを頼み、先輩はアイスつきのアップルパイと紅茶を頼んだ。
「三寿も食べればいいのに」と、先輩は言って「私の分はわけてあげないんだからな」と舌を出した。
「いいですよ。甘いのそんなに食べないんで」
「そうかー。だから、そんなに痩せてるんだな。もっと食べたほうがいいぞ」
「先輩に言われたくないです。めちゃめちゃ痩せてるじゃないですか」
「そんなことないぞ。日々、体重計に乗るのが恐怖でな。まさか、30を超えても、この恐怖が続くとは思わなかったが」
「でも、アップルパイは食べるんですね」
「そうだ!食べたいものは食べる!そうじゃなきゃ、逆にストレスで太るってこともあるんだぞ。女子はみんなそうだ!」
「そういうもんですか」
「そういうもんだ」
アップルパイがテーブルに届くと、先輩は「うわぁ」と声を出し、本当に美味しそうにナイフとフォークで切り分け、アイスを少しのせて食べた。
「あー、幸せ」
いつも凛とした表情の先輩が、美味しいものを食べて表情をゆるませる。
そんなところも、この人の魅力なのだと、俺は高校時代に戻ったような錯覚を覚える。
「なんだよ、ぼーっと人の顔見て」
「なんというか、変わってないな、って思って」
「おいおい。変わってないわけないだろ(笑)卒業して何年経ってると思ってるんだ。もう、すっかり「おばさん」って呼ばれる年齢になってしまった」
先輩から「おばさん」なんて単語が出てくることに、驚いて、俺はそれをなんとか打ち消したいと思ってしまう。
「いや、そんな、今でも、その、綺麗、です」
言ったそばから、恥ずかしくなり、下を向いてコーヒーを飲んだ。
「……はは。いつの間にそんなセリフを言うようになったんだ。そうやって、女の子を落とすんだろ。まったく悪い奴だ」
「そんなことないですよ!先輩が本当に変わってないから、そう思っただけで」
「わかった、わかった。いつから、そんなに悪い男になったんだか。……確か、結構前に結婚していたよな。ごめんな。せっかく、誘ってくれたのに式に行けなくて」
先輩は、窓の外を見ながら、話した。
「いいんです、そんな。先輩も、ご結婚されてましたよね」
先輩が結婚したことは、かなり前に風の噂で聞いていた。
たしか、一流商社の社員だとか、とてつもないイケメンだとか、そんな話だったような気がする。
「ああ。まあ、今は、もう、すっかり独身だけどな」
と、先輩があまりにも自然に答えるので、俺は、少し固まってしまった。
「……すみません俺」
「いいんだ。離婚してもう2年になる。今では、気をつかわれるほうが、逆に困るぐらいなんだ。三寿は夫婦円満なんだろ?」
妻とのことは話そうとは思っていなかったのだが、先輩の事情を知った今となっては、話したほうが逆にいいような気がした。
「……妻は3年前からどこかに行っちゃって」
「……どこか?どこかって場所はわからないのか?」
「はい。「探さないでください。」っていう書置きと離婚届だけ残して、いなくなりました」
「……それで。その離婚届は?」
「出してません。その、気が変わって、また戻ってくるかもしれませんし」
「それで、3年ずっと待っているっていうのか?」
「はい。待ってます」
先輩は、少しずつ身体をかがめ、お腹をおさえながら笑い始めた。
先輩がこんなに笑うところは、高校時代も見たことはなかった。
「な、なにかおかしいところありましたか?」
「いや、ごめんごめん。……やっぱり、三寿は、変わってないと思ってな」
先輩は、涙をぬぐいながら、そう言った。
……泣くほど笑う話だった?
「そうですか?」
「そうだ。お前は、高校の時も、こうと思ったら梃でも動かない頑固なところがあった。今も周りはみんな「早く離婚届を出して、次に進め」って助言するんだろうが、お前は、それを全く聞かないわけだろ。それは、なかなか普通、できることじゃないんだぞ」
「そうですかね……。ただ、踏ん切りがつかないとういか、未練がましいだけなんだと思うんですけど」
「自分が納得できるまで、待って、待って、それで、納得できる日がきたら、出せばいいんじゃないか?今は、誰もが早く、効率的に生きることばかりを目指している気がするけれど、私は、お前みたいに不器用な生き方のほうがずっと好きだ」
先輩の言葉が力強く心に響いた。
こんな駄目な俺の生き方を肯定してくれる人は今までいなかった。
この人には、かなわないな、と俺は心の底から思った。
今も変わらずに尊敬できる人。
高校時代、この人を好きだった俺は間違っていなかったとあらためて俺は思った。
そんな風に考えると急に涙がこぼれてきて、俺はあせってそれをぬぐった。
「おい、なんだよ。……どうした?」
「すいません。俺、ここで先輩に会えてよかったです……」
先輩は、ハンカチを俺に差し出し、「涙もろいなあ。そういうところも、全然変わってないんだな」と苦笑した。
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