会社の後輩はちょっとエッチな天使で小悪魔
佐倉田家族
第1章•後輩との出会い編
第1話 現れた天使な小悪魔
会社に若い新人が入ってくる。それはありふれた毎年の行事だ。
けれど、その新人が誰なのか、みなが胸をわくわくさせるのも、なぜか毎年同じで。
特に、その新人が女子だったりすると、うちみたいな男ばっかりの職場は、戦場のように殺気だつ。
その新人のトレーナーが誰になるのか。どこに座るのか。
それは、その新人が可愛ければ可愛いほど、注目度が上がる。
そして、その任についたものは、会社中の嫉妬の対象となるのだ。
俺は、この会社に勤めて10年、その嫉妬の対象から免れてきた。そのおかげで、会社の女子との接点は、今に至るまでほとんどない。
だが、10年目にして、ついにその任が回ってきた。
しかも、その新人は、間違いなく10年に一度の天使で、そして悪魔だった。
小石川梓。18歳。
俺と一回り違う年齢の彼女は、会社に入るやいなや、職場中の男を魅了した。
誰にでも明るく挨拶し、笑顔で接し、そして、まるで気があるかのように話す。
会社中の男どもは、次々に目がハートマークとなり、貢物を献上する毎日。
小さなものではお菓子、飲み物。
大きなものでは、ブランド品の数々。
そして、トレーナー兼隣の席である俺には、当然のごとく、厳しい視線が集まるようになった。空気のように過ごしてきた俺の会社生活は一変したのである。
「おはようございますっ。先輩」
小石川の明るい声が響く。眩しすぎる笑顔に目がくらむが、「おはよう」といたって冷静に返す。
「先輩、昨日お休みでしたね」
「ああ。うん。ちょっと用事で」
「一日、先輩がいなくて寂しかったです」
始まった。小石川梓の「寂しかった」タイムである。
俺の休んだ次の日は必ずこれを言う。それが、たったの一日、いや、時間休であってもだ。
最初は、素直に喜んでいたこともあったが、この3か月、ずっと続くとさすがに、思うところもある。
「……いいからな、別に。そーゆうこと言わないで」
「?そーゆうことってなんですか?」
「なんっていうか。その、思ってないことっていうか」
「……ひどいです」
小石川は目に涙を浮かべる。
おいおい、マジかよ。
最近の若者、それで泣く?
「ちょっと、ちょっと。え。なんで、なんで」
小石川は涙を拭きながら、「私、思ってないことなんて言わないです。本当に寂しかったから言ったのに、ひどいです。先輩ひどい……」とかすれ声を振り絞る。
「おいおい、何、梓ちゃん泣かせんてんだよ」
「三寿ひでえ。何やってんの?謝れよ」
「殺す!!」
少なくとも3つの殺意ある視線とメッセージをニュータイプばりに直感した俺は、すかさず、小石川に頭を下げる。
「いや、違うって。その……。ごめん。悪かった。本当に寂しかったんだよな……。ありがとう。……寂しがってくれて」
「はい。でも、今日は、会社にいてくれて本当にうれしいです」
小石川の機嫌はすぐに直ったようで、俺は一安心する。
というか、絶対、今の嘘泣きだよね?いや、そんなことを言えば、またひと騒動。
命がいくつあっても足りはしない。
「まあ、今日もがんばろう」
「はいっ」
こんなかんじで丸くおさめとくのが一番無難な解決方法だ。
しかし、「はあ」というため息が思わず出る。
無駄に神経を使っている。それは、小石川だけのせいではないのだが。
「先輩、疲れてるんじゃないですか?」
心配そうな顔で顔を覗き込む小石川。
「お前のせいだけどな」とは間違っても言えず、「そんなことないって」と笑顔で返す。
「でも、なんか、顔色悪いっていうか」
「そう?寝不足だからかな」
「……それって」
「何?」
小石川は、俺の耳元で「エッチな動画とか見てるんでしょ」と小声で言う。
「ち、ちげえよ」
「あ、その反応。図星だ~」
「バカ言ってないで、仕事しろっての」
「ひどい……。バカなんて……」
やばい。さっきから殺気がぐんぐん上昇しているのを背中に感じているところなのだ。
この短時間に第二の「小石川梓の涙事件」を発生させるわけにはいかない。
「あー、あー、違う。ごめん。バカじゃない。バカは俺だった。泣くな。頼むから、泣くな」
俺は、頭を下げる。
後輩に朝から何度も謝って、俺は会社に何しに来ているのだろうか。
「じゃあ、お詫びしてください」
さすがに、むっとして、「……だから、今してるだろ」と俺は言い返す。
「言葉じゃ納得できません」
まさか、俺にまでたかりにくるとは……。
今のいままで、食べ物どころか、ジュースの一つも買ってやらなかったことが不服だというのだろうか。しかし、俺は、そんな圧力には負けない。
欲しいものがすぐに何でも手に入れられると思うのは社会人として、いや、人として間違っている。その誤ちを気づかせてやるのが、先輩としての役割である。
そう、俺は、こいつの先輩なのだから。
あんまり、高いものでなければ、この場を収めるために仕方なく買おうではないか。社会には妥協も必要だ。それを教えるのも、また先輩の役割であろう。
「なんだよ。何が欲しいんだよ。あんまり高いもんは無理だからな」
「ひどい。私、先輩にそんな風にみられてたんだ。すぐに高い品物を要求するみたいに」
おいおい。
「いやいや。っていうか、この前だってBさんとかCさんにブランドものもらってたじゃねえか」と小声で反論する。
「あれは、別に私がくださいなんて言ってないですよ。たまたま、こういうのって可愛いですよねって話をしてたら、次の日にプレゼントしてくれたってだけで」
「……このモンスターめ。いつか刺されるぞ」と、うっかり本音を言ってしまった。もう、だいぶ、疲れが頭に回ってきていたのだろう。
「ひどいひどい!先輩、なんでそんなひどいことばっかり言うんですか。私がまるでキャバ嬢みたいに高級品貢いでもらって、豪遊してるビッチのクソ女なんて」
「そこまで言ってねえ!……そんで、なんなんだよ。俺はブランドものなんて買う余裕はねえぞ。……一応、妻帯者、だし」
「知ってますよ。だから、そんなこと言ってないじゃないですか」
「じゃ、なんだよ」
小石川は、また俺の耳元で「今夜、ご飯つきあってください」と小声で言った。
「……いいけど」と俺も小声で言う。
「え!?いいんですか?やった!絶対ですよ」
「お、おう」
もちろん、殺気を背中どころか、全身に感じていたし、いくら隠したところで、小石川とご飯に行った事実もどこからかはもれてしまうだろう。
しかし、俺は、この時、もうあらゆることがどうでもよくなっていたのだ。
いや、それは3年前から始まっていたのだ。
あの日、妻がいなくなってから。
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