第51話「ユグドラシルpart2」
「第十四波全滅、第十五波は接近中!」
しかしその瞬間、
「こんなバカなこと!?」
「ダメです! 回避間に合いません!」
シエラの全身から血の気が引け、顔がさっと青ざめるのが分かった。
ここでワープして離脱したら、恐らく次のチャンスはない。だがこのまま突っ込んでも無駄死にするだけだ。
思わず後ろに座っているリュウトの顔をみた。しかし彼の顔は、その目は、何も諦めてはいなかった。
そして、
『シエラッ!』
いよいよ
「先生!」
『行け! そして必ず、戻って――』
今度は〈オルフェウス〉の主砲が爆発し、通信が途切れる。
「――ッ!」
シエラは強く握った拳をコンソールに叩きつけ、がっくりとうなだれた。
犠牲が出るのは仕方がないと思っていた。しかし、これでは……
「シエラ様、
周囲に展開していた〈クレッセント〉部隊が散開して敵の追撃に備えている間、ポツンと取り残されたトリノ號は心細そうに、そして宇宙を漂うように飛んだ。
「先生、必ずやりとげてみせますから」
◇◆◇
その正面には石灰色の惑星がぽつりと浮かんでいた。それはかつてリュウトが居た星、今や死の星と成り果てた地球の姿だった。
「あれが、地球……」
その変わり果てた姿に、リュウトは悲しみを覚えた。
「そう。全てが始まり、終わった場所。あそこにシキがいる」
地球に近づいていくと、その地表に大きな白い球体があるのに気付いた。月ほどに大きくはないが、たんこぶのように大きく突き出たそれは、異様な雰囲気を放っていた。
「シエラさん、あの球体は?」
「あれがプラネットマシン〈ユグドラシル〉。その外殻よ。大戦以降、誰も中に入れなかったけど、今は違う」
今はもう感知できなくなっているが、パンドラに渡したデジコムの追跡信号はあそこで途切れていた。そして外殻に近づくにつれ、それはただの白い殻ではないことに気付いた。
無数の白い巨人が、互いに覆いかぶさるようにしてそれを構成していたのだ。遠目からだと米粒のように見えるそれは、何らかの芸術作品めいていた。
「なんですか……あれ」
「大戦で用いられた、自己増殖する人型の自律兵器。名前は分からないけど」
減速しつつ、ゆっくりとそれに近づいていくにつれて、その異様な外観に名状しがたい不快感に襲われた。背中をぞわぞわとした悪寒が駆け抜ける。この場の全員がそれを感じているのか、しばらく誰も言葉を発しなかった。
その時、イオが何かに気が付いたのか、身を前に乗り出した。
「シエラ様、あれを」
手元のコンソールを操作して、ホログラムの映像を表示する。イオが示した場所をズームすると、隙間なく敷き詰められていた巨人たちの間にちょっとした亀裂があるのを発見した。恐らくあそこからシキはこの内部に侵入したのだろう。
「よし、あそこから侵入しよう」
高さ二十メートルほどの高さの巨人にとって、それは小さな隙間でしかなかったが、トリノ號が通り過ぎるには十分な大きさだった。体にぶつからないように慎重にその横を通り過ぎ、外殻の内部へと侵入する。
そして、その正面にそれはそびえ立っていた。
プラネットマシン〈ユグドラシル〉。サンクチュアリの〈〉にも似た、細長くて白い尖塔。だがそれよりも巨大で、かつ威厳に満ち溢れていた。しかし、美しかったであろうその表面は、外殻から延びたツルツルとした白いツタによって浸食されていた。
ツタはユグドラシルに向かって伸び、巻き付き、成長していた。その表面を、ところどころに発生したサファイアの腫瘤が淡い光を放っていた。
「これが、あのユグドラシルの姿……」
「シエラ様、いかがしましょう?」
不安げにシエラを見るが、彼女は臆さず、
「このまま行くわ。今更引き返せない」
塔から突き出した離着陸プラットフォームには、すでにシキのものと思われる一隻の宇宙船が止まっていた。
その真横に止めるのはいささか躊躇われたが、ほかに場所が見当たらなさそうなので、そこに向かうことにした。
走査ビームでプラットフォームを一通りスキャンしてトラップの類がないことを確認して、プラットフォームに着陸する。
「イオ、あなたはここで船を守ってて」
「了解」
シエラは魔導衣を纏って立ち上がると、リュウトの方に向いた。
「準備はいいわね?」
リュウトが力強く首肯すると、クラークがそれに呼応するように全身を覆った。これで戦いの準備は整った。腰に佩いた剣、シュエルヴの柄を握り、シエラと共に後部ハッチへと向かう。
「ではお二人とも、ご武運を」
敬礼するイオに見送られて、二人はユグドラシルへと、シキの元へと向かった。
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