第50話「ユグドラシルpart1」

 ワープ中の〈オルフェウス〉が、青白い光を反射して輝く。その艦橋ブリッジには、第一種戦闘配備を宣言した艦長であるコリントと、その部下たちが緊張した面持ちで席についていた。

 純白の魔導衣ローブに身を包んだコリントが言った。


「オリジン太陽系システム方面の部隊からの報告は、確かにそう言っているんだな?」

「はい。現在、偽神アルコーンの戦闘艦が三隻、地球のプラネットマシン上空で待機しているとのことです」


 うむ、と呟くとフードを被り、マスクがその顔を覆った。それと同時にコリントの精神は艦のシステムと直接繋がれ、制御ウィザードたちの囁き声が頭の中を駆け巡った。


「総員、対艦戦闘用意。全砲門回路接続、龍理ろんり誘導弾を装填。ワープアウトと同時に一斉射だ。戦闘機クレッセント部隊は自律モードで待機させとけ。トリノ號は?」


 メインモニターにシエラの顔が大写しにされ、『応急修理、および補給は既に完了。いつでも発進できます』


「よし、我々がプラネットマシンまでの進路を何とか切り開いたら、君たちの出番だ。この宇宙の未来は、君たちにかかっている。任されてくれるか」


 シエラの視線が逡巡するように左右に振れるが、すぐに正面を見据えて頷いた。


『えぇ……任されました』


 通信ウィンドウが閉じ、青く輝く宇宙がモニターいっぱいに広がった。宇宙は星の海だとよく言われたものだが、現実は冷たい真空の空間が広がっているだけだ。

 しかしこう見てみると、一種の美しさすらも感じさせる。それはまるで、鋭く研がれた刃を眺めた時に美しいと感じることに近い。


「ワープアウトまで残り十、九……」


 副長のシュシュエがカウントを始める。これがゼロになったとき、人類の、この宇宙の命運をかけた戦いが始まるのだ。


 粛々とカウントダウンが進む中、コリントはただ正面だけを見つめ、備えた。


 全身が戦いの緊張感に打ち震えるのが分かる。このピリピリとした空気感もどこか懐かしさすら感じる。


 平和主義を貫いていながらも、やはりどこかで戦いを欲していたのだろう。でなければ……


「――ゼロ」


 同時に減速時のGがかかると同時にメインモニターには真っ白な惑星、地球を背景に三隻の四角錐状の黒い敵艦が大写しにされた。


 あれが敵だ。そう視覚情報が言語に置き換わるよりも早く、コリントは指示を出していた。


「撃てッ!」


 銀色の船体から突き出した計四基の二連装砲が火を噴き、ピンク色の光軸を瞬かせながら真空の宇宙を裂いた。


 一見でたらめな方向に発射されたかのように見えたが、その八本のラインは敵艦の龍理ろんりエンジンに誘引されていく。


 そしてそれぞれが回避行動を取ろうと船首を動かした瞬間、ビームが着弾した。誘導弾はその誘導性と引き換えに威力が少ないため外殻を破るまでには及ばない。


 が、陣形を崩すことはできた。


「トリノ號を出せ! 戦闘機クレッセント部隊も出撃させろ! トリノ號には傷一つ付けさせるな!」


 オペレーターがコリントの命令を復誦する間、頼んだぞと一人呟いた。


◇◆◇


「ランディングギア、解除」


 格納庫から船外に通じるドアが開き、漆黒の宇宙が露わになる。格納庫と外界を隔てるのはバブルの薄膜だ。


 エンジンの音が高まると、ガチャリと床のジョイントとの接続が解除されてトリノ號が浮遊した。


「こちらトリノ號、発進準備できました」

『了解。発進どうぞ』

「トリノ號、発進します」


 そしてイオはスロットルレバーを上げて、トリノ號を宇宙へと飛び出させた。それと同時に三日月のような形をした戦闘機、〈クレッセント〉がトリノ號を守るように周囲に取りついた。


「イオ、最大船速であの艦隊を突っ切るわ。準備はいいわね?」

「えぇ、いつでも大丈夫です」


 スラスターから光の柱のような噴射炎を猛然と吐き出しながら大きく旋回し、トリノ號を〈オルフェウス〉の船首と同じ方向に向けた。

正面を見れば偽神アルコーンの戦艦とオルフェウスが激しい砲撃船を繰り広げており、四隻の宇宙戦艦の間を色とりどりの光条が飛び交っていた。


「では、発進」


 イオがフットペダルを踏みこみ、トリノ號が急加速した。周囲に取りついた〈クレッセント〉もほとんど静止した状態から一気に加速し、包囲陣形を崩さない。


刺突船ブレードシップ接近!」

「構うな! トリノ號は最大船速を維持!」


 CGで補正された真っ黒な刺突船ブレードシップが一直線にこちらに向かってくるが、〈クレッセント〉がそれを迎撃した。そして完璧な連携を取るイワシの群れのように、激しい回避運動を繰り返しながら地球に向かって驀進ばくしんする。


「第二波全滅、続いて第三波来ます!」


 その時、偽神アルコーン艦の放った主砲が〈クレッセント〉の群れを掠め、数機がその熱量で爆散した。


「ええい! まだまだ止まるな!」


 群れの穴を別動隊の〈クレッセント〉が埋め、トリノ號は前進を続けた。その間にも刺突船ブレードシップの大群が常に押し寄せ、まるでトリノ號を中心に嵐ができているような有様だった。


「第十四波全滅、第十五波は接近中!」


 しかしその瞬間、刺突船ブレードシップの群れがパッと散開し、そこから偽神アルコーン艦がその鋭い四角錐の頂点をこちらに向けて突っ込んできていた。

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