第37話「イモータライザーpart1」

 トリノ號を捕らえた超巨大構造物、箱庭船コロニーアーク不死たらしめるものイモータライザー〉、その内部の甲板で待ち構えていたのは偽神アルコーンの、その雑兵たるサイクロップス級の集団だった。


 単眼の赤い瞳が、見た者におとぎ話で出てくるような悪鬼の印象を抱かせる。しかしこれはおとぎ話ではない。

 サイクロップス級たちは相手を敵だとひとたび認識すれば、容赦なく目標を破壊する、冷徹なマシーンに他ならないのだ。


 重力ビームに捕まったトリノ號が、宇宙空間とイモータライザーの内部を隔てる龍理ろんりバブルを通過すると、サイクロップス級たちは機械らしい息の合った動きで銃を構えた。


 エンジンが止まって甲板が静まり返り、静寂がおとずれる。

 聞こえるのは、サイクロップス級たちが時折姿勢制御のために鳴らす、カシャカシャという関節を動かす音のみだ。


 ハッチが開き、トリノ號の後部から炎の鳥が飛び出した。同時に、それを銃弾の雨が一気に襲う。


 一つの対象に向かって放たれた弾丸は、物理学による多少の誤差を含みつつも対象に向かって正確に飛んでいく。しかし鳥はそれを意に介す様子もなく、むしろ自らそこに突っ込むような形で飛んで行った。


 弾丸はその表面で弾け、さらに赤みを増した炎が、サイクロップス級の集団を焼き払っていく。


 格納庫の入口に向かって奥側の方へ、炎の鳥――シエラは飛んでいき、サイクロップス級たちがそれを追うように銃口を巡らす。そしてその背後を、リュウトの黒い刃が襲った。

 

 完全にシエラに気を取られていたサイクロップス級の首が、上半身が飛び、辺りに黒っぽい液体をまき散らす。リュウトは走りながら剣をサイクロップス級の首に突き刺して倒すと、左手を伸ばして展開した左手首の帯で敵を巻き付けて圧壊させた。


 後ろから迫る敵に対し、帯で掴んでいた残骸を投げつける。金属同士がぶつかり合う鈍い音がして、数体が地面を転がった。


 それを顧みることなく再び走り出し、目の前を塞ぐサイクロップス級たちをなぎ倒すように進む。


 シエラはリュウトの頭上で旋回して急降下すると、着地と同時に爆発を起こしてトリノ號に近づこうとしていたサイクロップス級を吹っ飛ばした。


 そして首に右腕を巻き付けるようにして剣を首の後ろに回すと、「しゃがめ!」と叫んだ。リュウトはすぐさまその場で腹ばいになると、その真上を放射状の熱戦が駆け抜けていった。

 横に振り抜かれたスカーレット・ムーンが赤熱し、甲板に集まっていた偽神アルコーンを薙ぎ払ったのだ。


 バラバラになったサイクロップス級が騒々しい音を立てて崩れていく中を、シエラが駆け抜けていく。まばらになったサイクロップス級たちがシエラを追う様子を見て、リュウトは彼女の作戦を理解した。


 出来るだけ派手に暴れて、トリノ號から注意を逸らそうというのである。


 ある程度引きつけたところで急に振り返り、勢いよく右掌を突き出す。熱と共に衝撃波が放出され、残りのサイクロップス級を一掃した。


 魔術を使えないリュウトは、ただそれを見ていることしかできず、その圧倒的な力量差になす術もなかった。


「これが魔導士……龍理ろんり魔術の力」


 その光景に心奪われた様子のリュウトに、シエラが小走りで近づいてくる。


「リュウト君、行こう。あの重力ビームを止めないと」

「どこにあるか分かるんですか?」

「……今から調べる」


 けたたましい警報が鳴り響く中、二人はドアの近くにコンソールに駆け寄った。リュウトの見たこともない字が流れるディスプレイを、シエラが慣れない手付きで操作する。

 しかしいくら画面を触っても、それらしいものが表示されることはなかった。


「ああもう!」


そして苛立たしげにディスプレイ叩くと、小さく悪態をついた。それからおもむろに右足で壁を押すように踏むと、ブーツからナイフを取り出した。


「一体何を……」

「こうするのさ!」


 ナイフを壁とコンソールの境目に突き刺し、てこの原理でコンソールのディスプレイを壁から引き剥がした。剥き出しになったコンソール内部には、リュウトが見たことのある深緑の基盤があるのではなく、半透明のケーブルが神経網のように張り巡らせていた。


「大丈夫なんですか?」


「任せなさいって」


 そう言うとポーチから棒状の何らかの装置を取り出して、神経の網に差し込んだ。それからシエラはディスプレイとにらめっこしつつ、欲しい情報を探し始めた。


『リュウト、少し気になることがある』


「ん、どうした?」


 剣を引き抜き、辺りを見回しながら答える。動くものの気配はなく、ゴトン、ゴトンという音が遠くから聞こえてくるだけだった。それはまるで、この船の心臓の鼓動のようだった。


『あの〈偽神アルコーン〉たちだが、あれはただのロボットじゃない。ある種の金属生命体なんだ。ヴァンガードの命令しか受け付けない』


「じゃあそいつが今回の黒幕ってこと?」


『まぁ順当に考えればそうだが、もしヴァンガードが黒幕だとして、何が目的なんだ? それが読めない。パンドラのことは、知らないはずなのに』


 あの怯えたような表情が、不安そうな顔が、頭から離れない。リュウトはこれが最善の方法だと知りつつも、それでも心配でならなかった。


「もし……知っていたら?」


『だが奪って何になる? 記憶もないのに』


 その時、誰もいないはず甲板のドアが開いた。

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