第36話「プレッシャーpart2」


「重力波を検知。シエラ様、このままではあの構造物に引っ張られます」

「こっちはワープ中だってのに!」

「そんな技術聞いた事ありませんが、相当アブナイ代物ってことは分かりますね。失敗すれば物質界にどれほどの被害が出たことか」


「もう一回ワープして抜け出せない?」

「ダメです。力が強すぎて、逆にこっちがオーバーロードで爆発します。華々しい最後だとは思いますが、推奨はできませんね」

「しかもスラスターのない龍理ろんり航法艦とは、恐れ入ったわね」


 シエラはうなだれた様子でしばらく考え込むと、椅子ごと回転してリュウトを正面に見据えた。


 やるしかない。彼らを無事に〈サンクチュアリ〉に送り届けるためにも。


「罠にかかったなら、壊して進む。いい気になってる奴らの鼻をへし折ってやるの。でも、それにはあなたの力が必要よ。できる?」


 リュウトはクラークを見、うなずいた。今のところ他に道はなさそうだった。

 そうこうしているうちにトリノ號はどんどんとあの巨大構造物に近づいていく。時間はあまり多く残されていなかった。


「まずはパンドラを隠そう」


 座席から立ち上がると、すでに彼女は魔導衣ローブを纏っていた。


「ワタクシはどうします?」

「宇宙船の運転しかできないアホなロボットでも演じておいて」


 リュウトがシエラに続いてコックピットを出ると、一人残されたイオは「宇宙船の運転って、アホにもできるのでしょうか……?」と呟いた。


◇◆◇


「隠すって……どこに隠すんです? クローゼットとかですか?」


 まだ寝ているパンドラを抱えながら尋ねる。するとシエラは気まずそうに言った。「実は昔、シキとちょっとした密輸のバイトしててさ……」


「密輸って!」

「別にそんなヤバいやつじゃないよ。ただちょっと、凶暴なやつさ」


 船の個室にあるテーブル、その裏側のボタンに触れると、床がパズルのように動いて小さな部屋が露わになった。

 そこの壁には何らかの爪痕が残されており、ここに閉じ込められた生物の凶暴さを物語っていた。


「一緒に連れて行くわけにもいかないし、かといって船の中にそのまま放っておくのも危険だし。だからこれが今考え得る最良のことなの」


 リュウトは抱えているパンドラを揺らして起こすと、ゆっくりと下ろした。パンドラは小さな隠し倉庫とリュウトの顔を見て、不安そうな表情を作った。片膝をついて視線を合わせると、大きく息を吐いた。


「パンドラ、少しの間、ここに隠れていてくれないか? 必ず戻るから、だからさ――」


 リュウトの言葉が通じたのか雰囲気で察したのか、パンドラはリュウトの首に抱きついた。リュウトもその小さな体を優しく、ぎゅっと抱いた。


 しばらくそうしていると、シエラがリュウトの右肩に手を置いた。


「さぁ、そろそろ行かないと……大丈夫、ここを知っているのはここにいる私たちと、シキだけだから」


 最初に出会ったシキのことがちらりと頭に浮かんだが、今はそんなことを心配している余裕はない。パンドラの手にデジコムを渡し、馬のホログラフを表示させる。パンドラはそれを見て「ウマ?」と首を傾げた。


「そうだ。当たってるよ」そのままそれを握らせ、立ち上がる。「すぐに帰ってくるから」


 隠し部屋にパンドラを入れ、床の扉を閉める。リュウトは、心細さげにこちらを見上げるパンドラを見て、心が締め付けられるようだった。その痛みに、思わず胸を押さえる。


 それと同時に、自分がどれほどパンドラという存在に救われてきたのかが、はっきりと、そして文字通り、痛いほど分かった。


「大丈夫。私たちならやれるさ」


 リュウトはうなずき、左手で剣の柄を握った。ひんやりと冷たい金属の感触が返ってくる。パンドラとは違う、破壊の感触。目をつむり、その感触を味わった。


自分はこれから、戦いに行くのだ。


「リュウト君、時間だ」


 クラークを纏い、シエラと並んで後部ハッチの前に立った。自分を落ち着かせるように、深く息を吐く。柄を握る手がじっとりと汗ばんだ。戦うのはこれが初めてではない。今までに何度か戦闘を経験した。

 だがこれは、何かがおかしい。胸にうずまくどろりとした不安感に、リュウトはなすすべもなかった。


 ハッチが開く。シエラは力強く一歩を踏み出すと、炎の鳥に変身して飛び出していった。リュウトもそれに続き、船から出る。


 そしてちらりと後ろを振り返ると、鞘から剣を引き抜いた。

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