第35話「プレッシャーpart1」

 シャワーヘッドから噴き出した水が、シエラの肢体を打つ。その肌にはいくつもの傷が刻まれていた。


「どうしてあんなこと……私にはそんな資格があるのかしら」


 リュウト、それからパンドラの事を思いながら、目を瞑る。ここで諦めて、彼らと一緒にあの家に住んでもよいと思ってしまった。


 大事な妹を諦めて、すぐそこにある幸せを享受しようとしてしまった。もちろん、表には出していないが。

 少なくとも彼らの前では、強い自分を演じていたかった。


 肩を抱くように、傷に触れる。


 長い間続いた訓練と、その後に起きたいくつもの戦争。それが心と体を大いに傷つけた。それが大切なものを奪ってしまった。

 シエラは失いすぎた。家族に友人、そして……


「あの子たちを、もうこれ以上は巻き込めないわね」


 自分に言い聞かせるように言うと、正面の鏡に寄りかかるように手を置いた。だが心の中では、彼らを必要としていた。答えが欲しい。それにはリュウトと、女神たるパンドラが必要だ。


 その考えを追い払うように頭を振って、鏡を叩いた。


「あなたのせいなんだから、あながたやらないとダメなのよ」


 それから、壁面に備え付けられたコンソールを操作して、偽神(アルコーン)のデータを呼び出した。

 今まで倒してきたのは雑兵であるサイクロップス級だ。その上位に位置するヴァンガード級が、どこかで指令を出しているはずだ。


「彼らの目的は何かしら……」


 最初の贈り物パンドラ。それを知りつつも、シエラは絶対安全であるサンクチュアリから連れ出した。多少の危険を冒してでも、そこで得られる情報に価値があると思ったからだ。


 それにトリノ號単機で出たのは、相手に動きを察知されないためだった。だが、それでもこちらの動きを知っていたかのように、あいつらは現れた。


 まるで未来を知っていたかのように……


 脳裏にちらりとシキのことが浮かぶ。しかし、それはありえない。五年も消息不明なのだ。死んでいたっておかしくない。

 そしてシエラは、はっと顔を上げた。


「そんなことって……なら私たちは――」


 罠にはまった。


 その時、シエラの予想を裏付けるように船が大きく揺れた。


「何事!」


 インコムを通して、コックピットのイオに通信を入れる。


『すいません、ワタクシにも何が起こったのかさっぱりで――』

「ワープドライブの故障?」

『こんな症状聞いたことも見たこともありません! とにかく……来てください!』


 シエラはああもう! とシャワールームを飛び出すと、必要最低限の衣服――下着だけで行こうかと思ったが、リュウトのことも考えてタンクトップも着ておいた――でコックピットに向かった。


 急いでコックピットに入ると、中はあらゆる計器がビープ音を叫び、イオはその対応に追われていた。こちらに気づいたリュウトは頬を赤らめ、思わず顔を背ける。


 それとも、体に刻まれた傷に驚いたのだろうか?


「シエラ様! その恰好は――」

「――緊急事態なんでしょ? 服着てるだけマシよ」


 イオは承服しかねるといった様子で首を振ると、自分の作業に戻った。シエラも副操縦席について、何が起こったのか理解しようとした。


 キャノピー越しに、船というにはあまりにも巨大な構造物がこちらに向かって迫ってきていた。捻じれたラグビーボールのような形をしたそれは、中央に穿たれた穴を威圧的にこちらに向けている。恐らく何らかの兵器であろうということは確かだ。


「これは……完全にしてやられたわね」

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