第25話「フライ・トゥ・ザ・スペースpart1」
次の日の朝、ジャケットに着替えたリュウトがパンドラを伴って外に出ると、イオが家の隣に駐機しているトリノ號のメンテナンスを行っていた。
朝の空気はひんやりと冷たく、周囲は朝の霧がたちこめていた。側に立っていたパンドラが不思議そうに霧に手を伸ばすが、もちろん掴むことはできない。
それを面白がったのか、霧をどうにか捕まえようとしたパンドラは、目を輝かせて走り出した。それを追うようにクラークが飛ぶ。
リュウトはパンドラをクラークに任せ、船のメンテナンスに勤しんでいるイオに挨拶した。
「おはよう。イオ」
「おはようございます。リュウト様。よく眠れましたか?」
昨晩の出来事を思い出してリュウトは少し恥ずかし気に、「まぁ、なんとか」と答えた。
「それは何よりです。実は、あなたにお渡しするものがあります」
そう言って胸部を開き、そこに手を入れると黒い長方形の箱を取り出した。
「リュウト様専用の通信機『デジック・コミュニケーター』、まぁ、『デジコム』とでも呼びましょうか。側面についているボタンを押してみてください」
言われた通りにボタンを押すと、画面に光が灯り、馴染みのある画面が表示された。
「これは……スマホ?」
「はい。アーカイブの情報を元に作りました。こちらの方が使いやすいでしょう」
すごいな、と画面をスライドしてみると、すでにいくつかのアプリケーションが搭載されているようだった。これを一晩で作ってしまうのだから、この世界でスマホのようなものはおもちゃ扱いなのだろう。
「通信機能はもちろん、ホログラム表示機能や、カメラ機能などなど、いろいろ詰め込みました。ちなみに魔法は使えませんよ」
「当然でしょ。どうしてそんなことを?」
「いえ、分かっているならいいのです。ただちょっと、気になりまして」
目線を伏せがちにこちらを見るイオに、リュウトは片眉を上げた。
「……シエラさんは?」
「シエラ様なら、岬にいますよ。そろそろ出発準備が整いますので、ついでに呼びに行ってくれませんでしょうか?」
「分かった。でも、岬って?」
あちらです、と指さしたイオに礼を言うと、パンドラたちが追いかけっこするのを横目に、リュウトは霧の中を歩き始めた。
とぎ汁のように濃い霧の中、遠くに薄っすらと風車が回っているのが見える。
先に進んでいくと徐々に霧が晴れ始め、イオの言っていた岬が見えてきた。シエラはそこにある石碑のような物の前に座り込んでいる。近づいてみると、それが墓石だということが分かった。
誰のものかは明白だった。彼女の家族のものだ。
「シエラさん……」
水平線から朝日が昇り始め、その眩しさにリュウトは思わず顔を腕で覆った。
その時、体が何かに包まれた。突然のことにぎょっとしたリュウトは体をこわばらせる。何か言おうとしたが、恥ずかしさと思いっきり胸に抱きしめられているせいで、うまく言葉が出ない。
「何も言わないで」
シエラは静かに言った。その言葉には決意と、悲しみが入り混じっていた。
だからリュウトは足掻くのをやめて、おとなしくすることにした。これが何を意味するのかは分からないが、彼女にとっては大事なことなのだろうと思った。
その二人の背後で、三輪の小さい白い花が、風に揺られていた。
◇◆◇
ワープ開始から二時間、リュウトはトリノ號の空き部屋だった個室を借りて、パンドラに言葉を教えていた。
テーブルの上にデジコムを置き、ホログラムを表示する。今回表示されているのは走る馬の映像だ。
「これは、馬」
「う、ま?」とパンドラは首を傾げる。発音は完ぺきだった。
「そうそう。もう一度だ。う、ま」
「ウマー!」
「いいぞ!」
パンドラの頭を撫でて褒めてやると、もっとして欲しいと言わんばかりに頭を手に擦りつけた。
彼女については、未だに謎が多い。女神であったという情報以外、何も分からないのだ。
しかし今後のことを考えれば、円滑なコミュニケーションのために言葉を教える必要があった。
「親バカ、だな」
「なんだよ。文句あるのか? それとも……もしかして嫉妬?」
な、と目を見開くクラークをよそに、リュウトはこれみよがしにパンドラを抱いた。
「ほらほらぁ。抱きしめてもらえないから寂しいんだろー?」
「そ、そんなことはない!」
コンコン、とノックの音が聞こえ、その方向を見やると、そこには腕に銀紙で包まれた三つのシャラクィール――オルフェウスで食べたケバブのような食べ物だ――を抱えたシエラが立っていた。
「どうだい調子は?」
そう言って一個ずつシャラクィールを投げる。パンドラはそれをキャッチすると、器用に銀紙を剥がして食べ始めた。
「順調そうみたいね」
「はい。パンドラには、本当に驚かされます。あと一日でも経てば話せそうなくらいです」
シエラは自分食べていたシャラクィールを再び銀紙で包むと、リュウトの隣に座った。
「あの、シエラさん」
「なに?」
「
突然の質問に驚いたのか、シエラはしばし言葉を失った。
パンドラがもたらしたモノ。シエラたち魔導士が使うモノ。現象を引き起こすモノ。この先何が起ころうとも、その力がリュウトには必要だった。
パンドラを守るために。
そうね、とシエラは膝の上で組んだ両手に顎を乗せた。
「簡単に説明するのは難しいけど……言うなれば、
「
「そうよ。それを
手に持った包み紙を放り投げると、それは船にかかっている重力に引かれることなく、宙に浮いた。
「――そして、
こちらを見るその瞳は、今まで見たどんな瞳よりも、冷たかった。
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