第26話「フライ・トゥ・ザ・スペースpart2」

「簡単に説明するのは難しいけど……言うなれば、龍理ろんりというのはこの世界のことわりの力、かしら」


ことわりの、力……」


「そうよ。それをる者だけが行使できる力。世界のルールを書き換える力――」


 手に持った包み紙を放り投げると、それは船にかかっている重力に引かれることなく、宙に浮いた。


「――そして、最初の贈り物パンドラがもたらした力」


 こちらを見るその瞳は、今まで見たどんな瞳よりも、冷たかった。


「っ……気づいてたんですか」

「ええ。まぁ割と最初からね」


 クラークはシエラを睨んだまま何も言わないが、もしものことがあればすぐさま脱出するように命じるだろう。


 今まで感じたことのない緊張感に拳を震わせつつ、リュウトは生唾を飲み込んだ。分かっている。悪いのはこちらだ。今更何を言われようとも、言い返すことなんてできない。それだけのことをしでかしてしまったのだから。


「すいません……だますような真似をして……」


「正直最初は、少し傷ついたわ」


 それからシエラはため息をつくと、両手を後ろについて天井を仰いだ。


「でもね。理解はできるのよ。パンドラは、この世界の在り方を根底から覆してしまうほどの力を持ってる。それが周囲に知れれば何をされるか分からない。だから隠した……でももうそんなことを言ってられないわ。龍理ろんりを生み出した女神と、異世界からの転生者。これなら合点のいく話だわ」


 その時、部屋に備え付けられたスピーカーからイオの声が聞こえてきた。


『トリノ號は間もなくワープアウトして、惑星サキオンに到着します』


「さ、戻ろっか」


「あ……はい」


 シエラと共にコックピットに戻ると、正面に緑の星が見えた。あれが目的地の惑星サキオン。そこに〈ターコイズ·ディストリクト〉がある。


 答えに繋がる何かが。リュウトは思わず息を呑んだ。


「そうだ。リュウト君、これを」


 シエラはそばに立て掛けてあった黒い剣を差し出した。鍔のない、角ばった外観の片刃剣だ。


「元々父さんが使ってた剣で、名はシュエルヴ。父さんはこれに何回も命を救われたんだ」

「でもそれって……」


「えぇ、でも、誰かに使ってもらった方が、この剣も喜ぶでしょう。でも気を付けて。これは龍理ろんり剣。魔導衣ローブでさえも切断する強力な武器よ」


 最初に魔導衣ローブを纏った時、これが敵の銃撃をはじき返すのを見た。それすらも斬ってしまうこの剣は、確かに強力だ。


 剣を受け取ると、その予想外の重さに一瞬落としそうになる。改めてしっかりと握ると、鞘のひんやりとした冷たさに体が引き締まるような思いがした。


「それじゃあ、剣を出して」


 シエラは右手首の装置を操作して魔導衣ローブを纏うと、スカーレット·ムーンを引き抜いた。リュウトにその切っ先を向けると、赤い刀身が眩しく輝く。リュウトもそれに倣って、剣先をシエラに向けた。


 そしてシエラは目を瞑って、自らの剣をリュウトのそれに当てた。


 コーンという甲高い音と共に、シュエルヴが振動するのが伝わってくる。その振動は、まるでこちらに何かを語りかけようとしているかのようだった。


「これは……」

「君がご飯を食べる前にいただきますって言うように、初めてこの剣を握る人がする儀式。どう? 剣の声は聞こえた?」

「……たぶん」


 シエラはニコリと笑って、「なら良かった」と剣を納めた。


「席にお着き下さい。これより大気圏に突入します」


 シートに座ってパンドラを膝の上に座らせると、シートベルトを締めた。パンドラの長い髪が少々くすぐったい。


 そして大気圏に入ったトリノ號は、赤い断熱圧縮の炎に包まれた。防眩フィルター越しでもその強い光を弱めることはできなかった。

 それから揺れが収まり、地上が見えてくるとそこは、巨大な樹が乱立する森だった。翼竜のような動物と共にしばらく飛んでいると、


「そろそろ着陸します」


 コックピットのガラス越しに、森林の中に建つ黒い寺院が見えた。トリノ號が近づくと同時に、周囲の木にとまっていた鳥たちが一気に飛び立つ。

 周囲は森しか見えず、遠目に何か建造物のようなものが見えるだけだった。


 そして寺院の前の通路の囲まれた広場のような場所に、トリノ號は着陸した。


「イオ、装備A―2を準備して。もし私とリュウト君が戦闘するようなことがあれば、パンドラを守れるのはあなただけだから」

「了解しました」


 イオは頷くと、立ち上がって船後部に向かう。それに続くように、シエラたちも後部ハッチに向かった。イオは貨物室にあるウェポンラックを開くと、予備の弾倉が備えられたベストを着用し、ブラスターライフルを手に取って、その動作を確認した。


「準備完了です」


 すぐ横にあるボタンを押し、後部ハッチを開く。生暖かい風が船内を満たし、魔導衣ローブの裾を揺らした。


「さて、リュウト君、この先には何があるかは分からない。何せ大戦以前の建物だからね。準備はいい?」


 リュウトは頷き、パンドラの手を――そのすぐにでも壊れてしまいそうな手を――強く握った。

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