第20話「アムリタpart2」

「この先にアムリタ様がお待ちです」


 シエラは頷いて、思考の間の前にあったものと同じ、枝の模様が描かれたドアを開ける。するとそこは広い草原だった。中に入ると、後ろには入ってきたドアがあるだけで、ほかには何もなく、正面には台座と、そこに続く道があった。


 リュウトは混乱し始めていた。中に入ったと思ったら外に出るし、しかも池の後は、草原? あの建物は一体どういう構造なのだろうか。


「……直接会うのは初めてね。リュウト君」


 二本の木の間であぐらを組む人物――アムリタが言った。小さな風が吹くたびに、ひし形の銀色の葉が擦れて風鈴のような音を奏でる。


 直接会うのは初めて? リュウトはますます困惑した。


「あの、直接でなくとも会うのは初めてだと思うのですが」

「あぁ、私の悪い癖ね。あなたのことは見ていたわ。この世界に来た時から」


 アムリタの声は力強い女性のようだが、それと同時に耳元を駆け抜けていく風のようでもあった。


「プライバシーもお構いなしってワケですか」

「どう思うかは、あなたに任せるわ」


 奇妙な人だと、リュウトは思った。

 アムリタの身体は機械でできていて、赤い僧衣を纏っていた。そして白いフレームで構成された頭部を貫通するように、青く光る文字が書かれた円環が、ゆっくりと回転していた。


 だが奇妙だと感じたのは、体が機械というだけではない。彼女、もしくは彼が纏う雰囲気が、どこか超然としていて、まるで……生き物ではないようだった。あるいは、それ以上の何かだ。


「そしてあなたが、パンドラね?」


 アムリタは立ち上がるとゆっくりとした動きでパンドラに近づき、視線を合わせるように片膝をつくが、パンドラは怯えるようにリュウトの後ろに隠れてしまった。


 すいませんと言おうとしたリュウトを手で制し、アムリタは再び立ち上がる。


「こんな姿じゃ、怖がられても文句は言えないわね……さて、わざわざここに呼んだのは、リュウト君、あなたのことをもっと知りたいから。そしてあなたも、答えを知りたい。自分は何なのか、どうしてここにいるのか。そのヒントは君自身が持ってる」

「俺が、ですか……?」


 アムリタがゆっくりと頷き、ひし形の葉が一斉にこちらを向く。そこには幾千もの鏡像となったリュウトが写っていた。そして、あるイメージが頭をよぎった。


 捻じれた黒い六角形の柱、獣のような息遣い、血と狂気……


 パンドラに触れた時のイメージだが、そこがどこなのか分からない。これがアムリタの言う『ヒント』なのだろうか。


 なら、目の前の人物は、答えを持っているはずだ。


「ある、イメージを見たんです。パンドラに触れた時に……でもそこは見覚えがなくて、どうしてそんなことを知ってるのか分からないんです」

「……なるほど。ならそのイメージを見てみましょう。何か分かるかもしれないわ。よろしいかしら?」


 リュウトはクラークを見てから正面を向き、首肯した。


「では、始めましょう」


 アムリタは右手で側頭部を包むように覆うと、親指で額に触れた。金属の手は冷たく、その温度に体を一瞬震わせた。


「深呼吸して、頭にそのイメージを浮かべて」


 深く息を吸って、目を閉じる。アムリタの頭部を貫通する円環が輝き、ゆっくりと回転し始めた。

 しばらくの沈黙、風の吹く音と金属葉が擦れる音、そして僧衣の装飾がチャラチャラと鳴る音が部屋を満たした。


 頭の中を何かが泳いでいくような、むずがゆい感覚にもぞもぞと体を動かす。誰かに頭を覗かれるのは、気持ちのいいことではなかった。


「……〈ターコイズ·ディストリクト〉」


 唐突にアムリタが発した言葉に、シエラはびくりと肩を震わせた。


「彼が見たイメージ。そこに何かあるわ」


 シエラはリュウトを自分の方に振り返らせると、その両肩を掴んだ。


「あの遺跡に行ったことがあるの?」


 その険しい表情に、リュウトはたじろぐ。


「い、いや、ないですけど、一体何なんですか……」


 肩を掴んだまま顔をうつむけ、大きく息を吐いた。


「シキがいなくなった場所よ」


 その場がシンと静まり返り、鏡の葉ですらその動きを止めてしまったかのようだった。リュウトは肩に置かれた、少し震えているその手を取った。


 少しずつ、少しずつではあるが、真相のピースが集まろうとしていた。

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