第16話「サンクチュアリpart2」
「リュウト様、あなたはもしかしたら別世界ではなく、過去から来たのかもしれません」
イオの言葉に、リュウトは眉をひそめた。
「過去って、どういう……」
思わず困惑した。最初、クラークは転生した、と言っていた。しかしあれは別世界からではなく、過去からなのだろうか。
壁のディスプレイに灰色の惑星が映る。それは一見、見たことのない惑星だったが、この会話からして見当はついていた。
しかしこれは……
「いいですか。心して聞いてください。これが、現在の地球です」
その映し出された、死した星の映像にリュウトは言葉も出なかった。近くでその星を見てみると、確かに世界地図で見たような大陸の面影が残っているのが分かった。
「〈灰の大戦〉、黄金時代の終わりに起きた戦争。何と戦ったのは分からない。でもその影響でいくつもの星が失われ、文明の頂点に達していた古代人たちは滅びた。今の地球はもう、生命の存在を許さない、死の領域になってしまった……」
パンドラのおもちゃになっているクラークの方を見る。横に延ばされているクラークは、目の部分だけを背中側に移すと、
「なんとも言えんな。だが一つ言えるのは、黄金時代でさえ時間遡行の手段は確立されていなかったということだ。もっとも、オレの観測範囲内でだが」
リュウトは画面に映し出されているその星に、手を触れる。
灰色の地球を見ていると、何か大きなものを失ってしまったかのような感覚に襲われた。胸に穴が開いたような孤独感、だがその孤独がどこから来るのか、全く見当がつかなかった。
「気を落とさないでください、リュウト様。まだそうと決まったわけではありません。地球が存在する並行世界から来たのかもしれませんし。まぁ転生の仕組みが分からないのではなんとも言えませんけども」
部屋に気まずい沈黙が流れる。するとパンドラがリュウトに駆け寄って、抱きかかえていたクラークを差し出した。言葉はなかったが、これで元気を出せ、ということなのだろう。
「……ありがとう」
胸の中に温かいものが広がっていくような感覚に、リュウトは片膝をついてパンドラと同じ視線になると、クラークを受け取ってその頭を優しくなでた。
パンドラは嬉しそうに笑ったが、クラークは少し不服そうであった。
「その子だけどさ、本当に何も覚えてないの?」
「はい。そうだと、思います」
ならどうしてリュウトの名前を知っているのか、リュウト自身にもそれが分からなかった。恐らく彼女もそこを不思議がっているのだろう。
ふーん、とシエラは壁にある合成プリンターをいじりながら言った。
「あの遺跡で倒れてたっていうんだから、レリックに関係があるんだろうけど、何も覚えてないんじゃ、しょうがないか」
原子ビームの刷毛が、高速でスライドして形を作り上げていく。その様子を眺めながら続けた。
「今回の件に関しては、分からないことが多すぎる。謎のレリックに、。異世界人と、転生。何かが起ころうとしているのは確かね。でも何が起こるのか、皆目見当がつかない」
プリンターがチン、という古臭い、だが小気味よい音を鳴らして、プリントし終えたことを告げる。出来上がった三つの銀の包みを取ると、その二つをリュウトに放ってよこした。
「一個は彼女のね……これから先どうなるかは分からないけど、一つ言えることは、何か食べて力をつけておくってこと」
銀の包みを開けると、肉と野菜がパンのようなものに挟まれた食べ物だった。ケバブに似ているなと思い
つつ、それをパンドラに渡してもう一個自分のものを開けた。
「
一口食べると、確かにどこか馴染みのある味で少し驚いた。その様子を見て、パンドラも自分を食べると、驚いたように目を見開いてパクパクと食べ始めた。
「これ、なんていう食べ物なんですか?」
「これはシャラクィールって食べ物で、キハ語で『肉を巻いたもの』って意味」
「やっぱりそのままだ」
「そんなモンでしょ、食べ物って。そっちの世界じゃ食べ物はもっと複雑な名前なの?」
元の世界の食べ物の名前を思い出そうとしたが、思考が散乱としていて結局何も思い浮かばなかったので、「たぶん似たような感じですね」と返した。
「そこは異世界共通ってわけ」
最後に親指を舐めて、ディスプレイの方に向いた。
「そろそろサンクチュアリなんじゃない?」
「はい、シエラ様。今ちょうど破片区に入ったところです」
画面に映し出されたのは、大小様々な残骸が浮かぶ光景だった。しかしリュウトにはこれがだとは到底思えなかった。
「ここが……?」
肘でリュウトを小突くと、シエラは腕を組んでニヤリと笑った。
「まぁ見てなって」
すると目の前に『穴』が開き、オルフェウスはそこに侵入していった。そこは水の中のような場所で、視界の端で魚のようなものが泳いでいるのが見えた。
「バブルを通過。ガラノッド海に侵入します」
視界が完全に深い青に覆われ、光が生み出す青のグラデーションに思わず息を呑んだ。
「これって、海ですか?」
「ここは大昔の船の中なんだけど……驚くのはまだ早いさ」
艦が斜め上に上昇し、海面にその船体を浮上させた。白い水しぶきを上げ、水滴で濡れた銀色の外殻をきらめかせる。そしてその正面には、小さな島がぽつんと浮いていた。
「ようこそ。〈サンクチュアリ〉へ」
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