第7話「スター・コクーン part1」

 繭から解き放たれて漂うように落下する少女を受け止めると、その華奢な体に少し驚いた。

 少しでも大きな力を加えたら壊れしまいそうな、その細い身体。まだ幼い彼女が、どうしてこんな繭に閉じ込められていたのだろうか。クラークは何も言わないが、この少女を守ることが、この世界に呼び出された理由なのかもしれない。

 どうしてリュウトを選んだのかは分からないが。


 その時、何かに気づいたクラークが後ろを振り向いた。


「待て。何かいる」

 クラークが睨む方向に体を向きなおすと、神殿の入り口からぞろぞろとロボット兵たちが現れるのが見えた。機械らしい整然とした動きで横に並ぶと、一斉に冷たい銃口をこちらに向ける。頭部の赤く光る単眼が危機感を募らせ、向けられた銃口はこちらを飲み込むかのようにぽっかりと穴を空けていた。

 

 リュウトは半ば反射的に顔を強張らせたが、クラークは何も言わずただ浮いているだけだった。


「こいつらがこの子を?」

「そうだ」

「こんな小さな子相手に大人数で……!」


 その時、ロボット兵の一体がこちらに近いて、


「お前たちを連行する。抵抗は無意味だ」


 卑怯な奴、とリュウトは小さく毒づく。だが突き付けられた銃口に、なす術もなかった。

 背中をじっとりとした汗が流れるのを感じたリュウトは、救いを求めるようにクラークを見た。数秒の沈黙、重々しい雰囲気に息を呑む。


「断る」


 クラークの予想外の返答にギョッとしたのもつかの間、左腕にへばり付いたクラークは腕を覆うガントレットに姿を変える。そして次の瞬間、リュウトを弾丸の嵐が襲っていた。とっさに左腕で体と少女をかばうように掲げると、弾は貫通することなくガントレットで全て弾かれた。


「これは……!」

『オレに合わせろ。行けるな』

「当然!」


 リュウトはあのロボットたちに対して、強い怒りといら立ちを憶えていた。そしてその怒りは熱となり、体の中をじんわりと広がっていく。

 その怒りに呼応するかのように腕を覆っていたクラークの影が伸び、全身を飲み込む。黒地に水色のラインが入った魔導衣ローブ。それが飛来する弾を防ぎ、表面で火花を散らしていた。


 銃弾を浴びながらも少女を柱の後ろに隠すと、その陰から飛び出して一気に先頭のロボットに距離を詰める。

 そして腕を大きく振りかぶり、強烈なストレートを喰らわせた。


 ゴン、と殴られた頭部がグニャリとへしゃげ、首のジョイントが外れる。他のロボットたちは、その様子をあっけにとられたかのように眺めていた。

 すっ飛んでいった頭が地面に転がるのと、ブラスター弾の暴風が再び吹き荒れるのはほとんど同時だった。


 ロボット兵の銃を拾い上げると、見事な狙いで相手の頭を撃ち抜いていく。マズルフラッシュがリュウトと、そのローブを照らし、薄暗い聖堂の壁にその影を焼き付ける。


「弾切れ! なら!」


 銃身を握って走り出したリュウトは、弾が効かない事をいいことに、無理やり接近して銃を野球のバットよろしく振り回した。

 まず一体目の頭を吹き飛ばし、その勢いで一回転しながら次のロボットの足を払った。そして無様に転んだロボットの頭めがけて銃床を振り下ろす。


 どうしてこんなに動けるのかは分からない。だが、次にどうするべきなのかが直感的に分かった。こちらに向かってくる冷たい殺意、そして動きに対応して動く銃口。その流れと、向かう先がはっきりと見える。


 ようやく銃撃は無意味だと理解したロボット兵たちだったが、あらゆる攻撃を無効化するローブに対して勝ち目はなく、ついに最後の一体が倒れた。

 ボロボロになった銃を放り投げたリュウトは、その場にへなへなと座り込んだ。無造作に放り投げられたライフルが地面に落ちて音を立てたのを最後に、音を立てるものはいなかった。


「一体何なんだよこれ……」

魔導衣ローブだ。最強の盾であり、着用者に力を与える』

「まだ来ると思う?」

『恐らく、な』


 リュウトは息を吐くと、立ち上がって砂を払いのけた。正直なところ、今の戦闘の疲れがどっと押し寄せてきていた。複数の殺意にさらされ、心をすりつぶされたかのようだ。


「なら、急がないと」


 柱の後ろに隠しておいた少女を抱き上げると、機械の残骸だけを残して、リュウトは小走りで神殿を出た。背後では少女を擁していた繭が、その銀色の光を静かに神殿中に押し広げていた。


◇◆◇


 いつ次の攻撃が来るか分からないという焦燥感に駆られながら、リュウトは薄暗い廊下を走っていた。


「あそこまでしてこの子を狙うのには、何か理由があるんだろ?」

『パンドラだ』

「あぁ……パンドラはどうして狙われる?」



『彼女はな……この世界の女神なんだ』

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