第4話「ベイルアウトpart2」
「ですが、これだけは言えます。あなたをここから逃がすわけにはいきません」
相手がただの人形なら、背中を向けて走り去っていただろう。しかしあの人形は、何かヤバい。そしてヤバい相手が敵に回った時、シエラの取るべき行動はただ一つだ。
「なら、押し通る!」
一息で接近し、袈裟懸けに剣を振り下ろす。しかし相手は一歩も動かず、手首から伸びた剣でそれを受け止めた。剣を纏うように展開する
「その剣……!」
しかし、それができるのはシエラのように魔術を操る魔導士のみのはずだった。やはりさっきの直感通り、相手はただの人形ではない。
ならばこいつは何だ?
「答える義理はないと、言ったでしょう!」
心を読んだかのような返答にぎょっとしたシエラは、押し切られてたたらを踏む。それから間髪入れずに放たれた突きを半身になって躱し、その回転の勢いのまま後ろ回し蹴りを繰り出して、相手の背中を蹴った。
その衝撃で人形は前によろめき、シエラは弾かれるようにして間合いを取って再び剣を構える。ここで時間をいたずらに消費していては脱出もままならなくなる。
勝つ必要はない。ただ逃げ出せればいい……
左手を後ろに回し、腰のポーチから小さな白い球体を取り出した。勝負は一瞬。これがラストチャンスだろう。
小さく息を吐いた後、走り出すと同時に不意打ちめいてその球体を正面に投げた。投げ出された球体は見事なコントロールで相手に向かって飛んでいくが、難なく避けられてしまう。
これでいい。シエラはマスクの奥でにやりと笑った。球体は廊下の突き当りの壁にぺたりと張り付くと、何かをカウントするように小さな光を発し始めた。
相手に接近したシエラは斬撃を躱すように斜めに屈んでからジャンプすると、壁を蹴ってその頭上を飛び越える。
そして振り返って、
「何かにつかまったほうがいいよ!」
瞬間、壁に張り付いていた爆弾が爆発し、外壁が吹き飛んで漆黒の宇宙が露わになった。急激な気圧変化により廊下には強風が吹き荒れ、シエラは中指を立てたまま吸い込まれるように外に飛び出していった。
音が消え、静寂が体を包み込む。布一枚が隔てる生と死の狭間で、シエラは大きく深呼吸した。
宇宙空間で慣性のまま流されるシエラの先で、無辺の漆黒の一部が歪んだかと思うと、光学迷彩を解除した母船〈トリノ號〉が後部ハッチを開けて待機していた。まるで夜道に我が家の明かりが見えたような感覚にホッとしつつ、コックピットにいる相棒、イオに通信を入れる。
「イオ、今から惑星ヤザックに向かうわ」
『了解しました。進路をセットします』
「……にしても、我ながら見事な脱出ね」
『二度とやらないでください。待つのは苦手です』
「ハイハイ。肝に銘じておくわ」
軽口を叩くシエラを収容し、ハッチを閉じると、眩い推進炎を放出しながらトリノ號は広大な宇宙の彼方へと消えていった。
◇◆◇
輸送船の内部では、破壊された外壁を塞ぐように、フィルムのようなバブルの膜が展開していた。人形はただ、両手の中指を立てて宇宙を漂うシエラを見ることしかできなかった。
今バブルの向こうに広がっているのは無辺の宇宙だ。冷たく、あらゆる生を拒む死の空間……
白い壁に縁取られた宇宙は、ずっと眺めていると吸い込まれてしまいそうな危険な魅力があった。
『逃げられたか』
囁きのような声に、人形は申し訳なさそうにうつむく。
「申し訳ありません」
『既に手は打ってある。あとは待つだけでいい。今から座標を送る……ここで合流しろ』
「……了解」
出来ることなら、この膜を突き破って宇宙空間で凍りついてしまいたかった。
そんなことを思ってしまうほど人形を縛る鎖はあまりにも強く、もがけばもがくほどその力は大きくなりその心を破壊していく。そんなひび割れた心を表すかのように、強く握りすぎた拳からパキパキという音と共に白い破片が落ちた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます