第2話「オン・ユア・マークpart2」


 薄暗い部屋の中、ガコンと音がして天井に取り付けられた空調ダクトの蓋が外され、大きな音を立てて床に落ちた。それから、ダクトから降りて猫のように着地したのは、赤いコートを纏った女性だった。


「……潜入した」

『シエラ様、今大きな音が――』

「うるさい」


 頭の中に響くナビゲーター――イオの声を一蹴すると、シエラと呼ばれた女性は腰のポーチから小さな棒状の端末を取り出して、部屋の中央にあるコンソールに繋いだ。


「早速始めましょう」


 コンソールの画面が点灯し、様々なファイルが高速でスクロールする。端末に保存されていたウィルスが解き放たれ、リンゴの皮を剥くように、次々と情報が明らかにされていっているのだ。


「容量にしては、まぁまぁの暗号化ね」


 情報を目で追いながら、イオの作業を見守った。目標は、五年前に失踪した妹の行方だ。

 〈ターコイズ·ディストリクト〉、古代人が遺した聖遺物レリックが眠るとされるその遺跡に、妹のシキと三人の仲間たちが調査に向かったのがちょうど五年前。

 しかし、調査団はいつまで経っても帰ってこず、しびれを切らしたシエラが遺跡で見たのは、シキの仲間たちの遺体だけだった。


 それから無断で教団を抜け出したシエラは、遺跡に残されたわずかな痕跡を頼りに、今日まで宇宙を飛び回って探し続けてきた。死にかけたのは一度や二度ではない。それでも探し続けたのは、ある意味償いの意味もあったのかもしれない。

 そしてこの船に、答えに近づくための手掛かりがあるはずなのだ。


「……ようやくここまでたどり着いたんだ……必ず見つけ出してみせる」

『シエラ様、やはりこれはただの輸送船ではありませんね。教団に報告しておくべきなのでは?』

「ここまで来て引き返せるもんか! 何を今更……」


 そう口ごもりながら情報を追う。目標のデータを果実だとすれば、ここは言わば果樹園のようなものだ。

 多種多様な果樹の中から、欲しい果実の成っている木を見つける。違いはそれらが遺伝子でできているのか、それとも数字でできているのかということだけだ。情報という意味では、どちらも同じようなものだが……

 その時、気がかりな情報が飛び込んできた。


「レリックの発掘計画……?」


 しかし、ここは〈教団〉の船ではない。つまり、レリックを発掘できるほどの力を持つ、教団以外の勢力がこの船の所有者であるということだ。

 もっとも、教団の通信網を傍受しただけ、という可能性もあるが……


「そんなこと、ありえない……」


 嫌な予感がする。


『シエラ様? どうかしましたか?』

「イオ、計画変更だ。今から――」


 その時、画面がホワイトアウトしたかと思うと、端末が火を噴いて爆発した。それと同時に赤色灯が点灯し、けたたましいサイレンが耳朶を打つ。


「ブービートラップ!」

『これは……マズいやつですね』


 シエラは急いで腰からリボルバーを引き抜くと――かなり古い代物で、旧世紀時代の地球オールド·アースにまで遡る骨とう品だ――コンソールに向かって全弾撃ち尽くした。


「クソっ……まったく、アナクロな連中だ」


 そう吐き捨てるように言うと、レンコン型の弾倉を引き出して空薬莢を床にばらまいた。床に落ちたそれが、この場に不釣り合いなカラカラという甲高い音を響かせる。


『人のこと言えませんね』

「うるさいなぁ」


 シエラは深く息を吐くと、ポケットからペンダントを取り出した。真鍮で作られたそれは、長い旅を経てあちこちがへこんでしまっているが、その表面に彫られた鳥の意匠は、昔と同じ光沢を放っていた。


「シキ……お前は今どこにいるんだ……?」


 愛おしそうに写真を親指の腹でなでる。そこには彼女の両親と、



 翡翠のような瞳を持つ、桃色の髪の少女が写っていた。


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