飽和する食傷

韮崎旭

飽和する食傷

 実在しない雨水で窒息するような晩だった。何にも関心を向けることが怖くて仕方がない私は、出来事を務めて見ないように心掛けたが、隙間、生活の隙間から侵入してくるたくさんの出来事の断片から逃れることはみなさんが想像しているよりずっと難しかった。列車の駅まで歩こうにも、それには4時間が徒歩で要されるような代物だった。私は鉄道の駅までのバス輸送が可能だろうかと考えたが、それは不可能だった。母がはちみつたっぷりのミルクティーを勧めてきたのでこのくそ暑いのに舌打ちしたいのをこらえながらやんわりと断った。実際、ミルクティーは机の上で徐々に、確かに気温は苛立ちを通り越してあらゆる、そうだった私は酒を買いに行く必要があった、だが食事は相変わらず私にとって忌まわしいものであり続けた、でも構わない、酩酊すればどうせ忘れられるだろう、ということを期待したいのだが、いまだ酩酊したことがなく、死ぬほどうんざりしているのもまた事実であり、しかもさっきフルボキサミンを飲んだところだったので吐き気がするかもしれないが私はこの医薬品で吐いたことはない、そうだ、酒を買いに行くのだった何か、甘いものとか……私が、確認したころには最寄り駅を行き先とする最終バスの停車・発車予定時刻は、バス停の時刻表によれば過ぎていたので落胆し、そうだ、ミルクティーは机の上で、室温ですらこのくそ暑いというのに、私ははちみつと母親が殊に嫌いだが、それは食事を強要する忌々しい健康・生存称揚スキームを彼らが有しているからだった、私には死ぬほどたくさんの仮想敵があり、それは社会などという漠然としたものから、私をブクブクと肥えさせようとする(彼らによればそれが健康であるそうだった)医療者(想定)、私自身の存命への意志、陽気にふるまうことが自然にできる十分に成獣である人間、肥え太った、しかもそのことを気にも留めずにまた実際厚生労働省の基準では標準体型の女、少女ならざる者共、など、あとゾンビ、など、があげられるが、私はそうか酒を買いに行かないとならない、別に酒を買いに行く必要はない、なぜなら酒はそこにあるし、しかし私は何か牛乳とかで割らないとアルコールの味が苦手で飲めないので的確な酒を買う必要があったが、そういえばさっきフルボキサミンを服用したのだった、隣接する台所からは植物死骸が焼かれ、またはほかの方法でほかほかふんわり、さくさく、に加熱されるおいしそうな、実に垂涎物の、だから忌まわしい匂いが漂ってきた、私の部屋の気密性の低さが、露見する出来事に今から私は掻き毟る皮膚を、そんなことはどうでもいいのだが、彼らは私に市販薬を飲ませようとしないから、私は市販薬を買いに市まで出なくてはならなかった、通販で注文し、コンビニ受け取りというのも考えたが、仮想敵の一種である家族に対して、足がついた場合を考えると憂鬱になり、ならば薬局薬店で買えばいいのだろう、と考えるほどに食事することは、人格形成は、生活は、灌漑用水の梗塞は、人倫は、関係念慮は、複雑に相補する。そうだだからミルクティーは机の上でさめるがままにするべきなんだ。私は驚くほど肥え太った私(152㎝、41㎏)を抱えて、机に面している椅子から立ち上がろうとして、立ちくらみに急速に見舞われ、それを誰にも目撃されていないことに……強制的な入院などへの恐怖から、……安堵した。向精神薬を飲んだ以上、酒を買いにいくのだ、この暑いのに、ああ、自傷痕だらけの腕もよるな目立たないし第一寄る以外に出歩いたら、よからぬ。ことになる。

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飽和する食傷 韮崎旭 @nakaimaizumi

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