多少脚色のある日記のようなもの

mo_modoki

8/4



「ねえ、聞いてる?」


頭上から降ってきた声に、俺は顔を上げた。


「....体育会系の人とは波動が合わないって話?」


不機嫌そうだった彼女の顔がパッと綻ぶ。


「そう!なんか体育祭とかでさー。いるじゃん、みんなで頑張りましょう!みたいなさー」


ここで彼女は、さながら舞台女優のように熱血な女子生徒を演じてみせる。

胸の前で祈るように組まれた両手にキリッと吊り上がった眉。さしずめ真面目な学級委員といったところだろうか。


瞬時に手をほどいた彼女は、今度はうんざりしたような表情を浮かべ、続ける。


「ああいうの、自分らは頑張りたいんだろうし、頑張ればいいと思うの。頑張る分には応援もしてあげる。でもさ、こっちにその頑張りを共有しないでくれって感じしない?いいじゃん、クラス内でさ、すでに頑張る派と」


空中につうっと指で線を引く。


「頑張らない派が出来ちゃってるんだからさ。無理にその線引きを崩してまで一体になる必要なくない?そもそも、そんなの無理なんだしさ」


「その体育祭とやらを成功させたいんだろ」


彼女は不機嫌そうな顔で俺のおでこを指差し吐き捨てる。


「それがサムいって言ってんの」


不用意に近付いた指に俺は顔を顰めた。


「体育祭を成功させたいのは自分の勝手じゃない。なんでその為に私達まで頑張らないといけないわけ?」


やれやれというポーズを取った後、彼女は続ける。


「私の弟、今幼稚園児なんだけどさ。リレー大会があったわけ、この間ね。幼稚園児のリレー大会なんてリレーが成立すれば万々歳でしょ?みんなでゴールして、みんな頑張ったねーすごいねー、それで終わりでいいじゃん」


頑張ることを勝手に強要されるのは怒るのに、頑張らないことを勝手に潔しと決めてしまうのは許されるのか、と思ったが、俺は黙って話の続きを待った。


「でも」


苦虫を噛み潰したかのような表情で、一句一句区切るようにして彼女は続ける。


「一部のお母さんがまぁすごいわけよ。どうしても勝ちたいし練習しましょう!みたいな?そりゃあ、あんたんとこの子供は足が速いのかもしれないけどさ。こっちにお荷物にならないように頑張ってくれって言うわけ?傲慢じゃない?」


自分に能力的な至らなさがあるのならば、それを補完すべく努力するのは当然だし、それをよくわからない理由を付けて怠ることこそが傲慢なのではないのか。と思ったが、俺はやはり黙っていた。


無駄な諍いはしたくない。


俺は体育祭などは人並みに楽しむ側の人間なので、もし必要なのであればむしろ積極的に催す側に回るタイプだ。


アナーキズムを掲げることは結構なことだし、頑張りたくないという姿勢を一貫して取り続けるのならば、それは立派な一つの信念だ。

そういう考え方もあるだろうと思う。


まだ何かをグチグチと罵る彼女の言葉に当たり障りのない返答をしながら、ぼんやりと、こういう人は何が楽しくて生きているんだろうな、と思った。


学校行事に消極的な人間が学校行事に積極的な人間を異様に敵視する現象、結局はコンプレックスの歪みから来ているように感じるし、中途半端な学歴を持っている人間が、威張ったり、下を見下したり、上を馬鹿にしてみたりする様子に似た滑稽さがあってあまり見ていて心地のいいものではない。


取り組みたくないのならそれはそれで、ただ黙ってそっぽを向いていればいいものを、これみよがしに取り組む側の人間に対する悪態を吐き始めるのだから、たまったものではない。

暴力の種類でいうならより劣悪なものである気がする。


あちらが勝手に自分達にも頑張りを要求してくるからこちらもその強要に反抗していい、ということであるのだろうが、実際のところは逆らえずに従っている現状があるから俺のように完全に無関係な人間に愚痴を吐くのだろう。


結局一番損をする役回りは誰であるか。


なんとも言えない煮え切らなさを感じながら、そんなことを考えていた。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

多少脚色のある日記のようなもの mo_modoki @mo_modoki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る