第86話 うひゃおううう


 キスをしてしまった。

 一瞬の出来事だった……でも確かにキスをした。

 柔らかい感触が、瑠の唇の感触だけが俺の唇に残っている。

 味? 匂い? そんなの一瞬過ぎて覚えていない、ほっぺたにキスをされ、つい……。

 この前、桜とトレーニングしていたからか? やられたらやり返す癖がついていたのか? 思わず……してしまった。


 瑠は呆然としていたが、嫌そうな顔はしていなかった。

 少し強引過ぎたと……俺は一瞬後悔した……。


 そこからは、何を話したか……あまり覚えていない……キスの話はお互いしなかった。たわいもない話……そう……今期の覇権アニメは何か? とか、最近一番面白かったコミックは何かとか? そんな話をしながら、夜景を見ていた……気がする……って……俺え……。


 その後はお互いボーッとしていた為か、久しぶりのデートはお開きになり、俺は瑠を家の近くまで送ってから家に帰った。

 

 家路につく道中……足元がフワフワしていて、何か宙に浮いている様なそんな気分だった。



「やっったあああぁぁ…………ああああ、あうわあああ……」

 俺は部屋に入るなりベットに飛び込み雄叫びの様な声を上げるが、直ぐに恥ずかしさがそれを上回り妙な奇声を上げてしまう。

 

 枕を抱きながらゴロゴロとベットを左右に転がった。


「あうわあああ……あああああ、やっちゃったやっちゃったやっちゃった……」

 あんな綺麗な人と……あんな美しい人と……あんな可愛い人と……キスしちゃった……ファーストキス……しちまった。


「やべえ、やべえ、やべええええええ」

 顔だけはいい……そう思っていた相手……今は性格も嫌いじゃない……むしろ好き……いや大好き……。

 そんな女子とクラスの女子とキス……「うひょおおおお」

 駄目だ、嬉しさが込み上げてくる……あああああ、好き、好き、好きだああああ!


「瑠……好きだあああああああ」

 ありがとう……マッチングシステムありがとう! 俺を彼女と結び付けてくれて……ありがとう……彼女と出会わせてくれて。

 色々あったけど……全部吹き飛んだ……全て許した。


「あふわああああああ……」

 ああ、駄目だ……この喜びを誰かに伝えたい……駄目だ、この喜びを全世界に言いふらしたい。

 

「ああ……もっと……もっと……」

 俺は枕をギュっと抱き締める……もっと瑠と……もっともっとキスしたい……もっと触れあいたい……もっと……。


「やべえ……」

 この先どうなってしまうのか……自分に歯止めが効かない……ブレーキがかからない……そんな気持ちになっている。

 駄目だ……あいつは元来男嫌いだったんだ……今日だって少し強引過ぎた……。


 でもあいつから来てくれたから……俺も勇気を出して行けた……。

 

 「瑠……」

 あいつはどう思っているんだろう……俺との今後の事をどう考えているんだろう?

 何か急に関係が進んでしまった事に一抹の不安が過る。

 マッチングされてもう半年だ。すぐに冬になり……そして春に期限が来る。


 俺達は、それまでに今後の事を決める必要がある。

 マッチングシステムの最終目的は結婚……。


 俺と瑠は、少し焦っているんだろうか? それとももっと焦らなくてはいけないんだろうか?

 でも……今日は……今日だけは……もう考えない……考えたくない……今日は……もう瑠の事だけを、今日の事だけを思い出して……。


「うへ、うへえ……」

 俺は気持ち悪い声を出し……瑠の事を考えながら、今日の事を反芻しながら、枕を抱きながら……布団の中にそっと……潜り込んだ……。

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